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第四話「菓子屋騒動とガキ大将の決断」
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町の子供たちの心の拠り所である、駄菓子屋「佐吉屋(さきちや)」。
その小さな木造の店は、山下町の十字路にぽつんと佇んでいる。
飴玉の瓶、駄菓子の木箱、くじ引きの回転台
――どれも時代に取り残されたような素朴さがあるが、毎日夕方には子供たちの賑やかな声が響き、笑顔が絶えなかった。
その日も変わらず、子供たちは集まっていた。けれど、どこか様子がおかしい。
「なあ、お絢さま。佐吉じい、元気ないんだよ。お店、明日で終わりかもって……」
そう漏らしたのは、八郎だった。
泥んこ顔の子供たちが、神妙な顔つきで絢子を囲む。
「えっ、終わるってどういうこと?」
「店の家賃が、払えないんだって。地主が急に『倍にする』って……。そしたら、やってけないって」
「そんな……!」
絢子の目が見開かれた。
佐吉屋は、子供たちの“もう一つの学校”だった。
お菓子の食べ方、遊び方、喧嘩の仲直りの仕方。
全部、ここで学んだ。
自分自身、町に初めて出たとき、この店の匂いにどれほど安心したか。
彼女は迷わなかった。
「私、佐吉さんと話してくる!」
「えっ、だめだよ! お絢さまが勝手に行ったら、また怒られる!」
「怒られてもいいの。子供たちの居場所がなくなるのは、もっといや!」
夕暮れの空の下、絢子は佐吉屋の扉を叩いた。
* * *
「……お嬢さん、わしにかまわんでくれ」
がらんとした店内。棚は半分空になり、窓から差す斜陽が埃を照らしていた。
佐吉はいつもの半纏姿のまま、黙って茶をすすっている。
「私、かまいたくて来たんです。だって、佐吉さんのお店、みんな大好きなんですから」
「……気持ちはありがたいがな。金の問題は、気持ちじゃ解決せん。地主が代替わりしてからというもの、どうにも話が通じんのよ」
「その地主って、どなたですか?」
「確か、越前屋の分家筋とか言ってたな。町の南の大きな蔵持ってる商家じゃ」
絢子は唇をかんだ。
土地の権利。家賃の値上げ。
町に流れる金と力の匂い。
そんなものが、子供たちの笑顔を奪おうとしている。
「……私、話してみます」
「無茶じゃよ、お嬢さん。あんたが動けば、親御さんに迷惑がかかるかもしれん」
「そのときは、私が叱られます。だから、教えてください。地主の屋号と、店の正式な契約書の写し」
「……本気かの?」
「はい、本気です!」
佐吉はしばらく黙っていたが、やがて静かに笑った。
「ならば、わしも最後のあがきに付き合うとするかい」
* * *
翌日。
役場では、牧野慎之介が机に向かい、各町の地主と賃貸物件の登記情報を整理していた。
そこへ、騒がしい足音とともに、知った顔が現れる。
「牧野さん! お願いがあって、来ました!」
「……桐原絢子嬢。あなたはなぜ、ここに来るたびに私を驚かせるのですか」
彼は顔を上げて軽く眉を上げた。
「今度は何を企んでいるのですか?」
「企んでません! お願いです、これを見てください!」
そう言って絢子が差し出したのは、佐吉屋の契約書の写しと、地主の名を記した書付だった。
「この越前屋分家、土地の登録は“共同所有”になっています。なら、強引な値上げは法に触れる可能性があると思います!」
「……よく、ここまで調べましたね」
慎之介は、思わず書類に見入った。
確かに、地主側が正式な改定通知を出していないとすれば、今回の家賃倍額要求には法的根拠が薄い。
「ただの思いつきでは、ここまで出来ません。……どなたかに助言を?」
「祖父の古い帳面と、書生さんです。でも、行動したのは私です」
「なるほど」
慎之介は、ふと微笑んだ。
それは彼にしては珍しい、柔らかな笑みだった。
「わかりました。正式な形で、役場から地主側に確認を入れましょう。私は“事務”として動きますが――」
その言葉に、絢子の顔が輝いた。
「やった……! ありがとうございます、牧野さん!」
「好きよ」と言ったあの日よりも、もっとまっすぐに、彼女は喜んだ。
慎之介は胸の奥に、柔らかな灯がともるのを感じていた。
この少女は、誰かを助けるために、ためらいなく自らを差し出す。
彼が持たなかったもの。手放したと思っていた“まっすぐさ”を、彼女は生まれたときから抱いているのだ。
「……まったく。あなたという人は、本当に“嵐”のようだ」
「えっ?」
「いいえ。なんでもありません」
* * *
数日後、佐吉屋は変わらぬ場所で、また開店していた。
子供たちは再び飴を買い、くじを引き、思い思いに笑っていた。
「お絢さま、すっげぇよ! 大人たちを相手に、町を守ったんだ!」
「違うわ、守ったのは佐吉さんのお店と、みんなの“居場所”。私は、ちょっと手伝っただけ」
でもその“ちょっと”が、大きな奇跡を呼んだ。
日が暮れるころ。絢子は、店先で見慣れた影を見つけた。
「牧野さん!」
「様子を見に来ただけです。……無事、解決して何よりでした」
「うん!」
絢子はほころぶ笑顔で、ふと何かを思い出したように言った。
「あ、ねえ、牧野さん。さっき子供たちと話してたんだけどね。私って、“おしとやかなガキ大将”なんですって」
「……実に的確な表現ですね」
「えっ、否定してくれないの?」
「むしろ、感心しました」
「もうっ!」
夕日が照らす町の小道。
笑う少女と、それを見守る青年
――その距離は、少しずつ、しかし確かに、近づいていた。
(第四話 完)
その小さな木造の店は、山下町の十字路にぽつんと佇んでいる。
飴玉の瓶、駄菓子の木箱、くじ引きの回転台
――どれも時代に取り残されたような素朴さがあるが、毎日夕方には子供たちの賑やかな声が響き、笑顔が絶えなかった。
その日も変わらず、子供たちは集まっていた。けれど、どこか様子がおかしい。
「なあ、お絢さま。佐吉じい、元気ないんだよ。お店、明日で終わりかもって……」
そう漏らしたのは、八郎だった。
泥んこ顔の子供たちが、神妙な顔つきで絢子を囲む。
「えっ、終わるってどういうこと?」
「店の家賃が、払えないんだって。地主が急に『倍にする』って……。そしたら、やってけないって」
「そんな……!」
絢子の目が見開かれた。
佐吉屋は、子供たちの“もう一つの学校”だった。
お菓子の食べ方、遊び方、喧嘩の仲直りの仕方。
全部、ここで学んだ。
自分自身、町に初めて出たとき、この店の匂いにどれほど安心したか。
彼女は迷わなかった。
「私、佐吉さんと話してくる!」
「えっ、だめだよ! お絢さまが勝手に行ったら、また怒られる!」
「怒られてもいいの。子供たちの居場所がなくなるのは、もっといや!」
夕暮れの空の下、絢子は佐吉屋の扉を叩いた。
* * *
「……お嬢さん、わしにかまわんでくれ」
がらんとした店内。棚は半分空になり、窓から差す斜陽が埃を照らしていた。
佐吉はいつもの半纏姿のまま、黙って茶をすすっている。
「私、かまいたくて来たんです。だって、佐吉さんのお店、みんな大好きなんですから」
「……気持ちはありがたいがな。金の問題は、気持ちじゃ解決せん。地主が代替わりしてからというもの、どうにも話が通じんのよ」
「その地主って、どなたですか?」
「確か、越前屋の分家筋とか言ってたな。町の南の大きな蔵持ってる商家じゃ」
絢子は唇をかんだ。
土地の権利。家賃の値上げ。
町に流れる金と力の匂い。
そんなものが、子供たちの笑顔を奪おうとしている。
「……私、話してみます」
「無茶じゃよ、お嬢さん。あんたが動けば、親御さんに迷惑がかかるかもしれん」
「そのときは、私が叱られます。だから、教えてください。地主の屋号と、店の正式な契約書の写し」
「……本気かの?」
「はい、本気です!」
佐吉はしばらく黙っていたが、やがて静かに笑った。
「ならば、わしも最後のあがきに付き合うとするかい」
* * *
翌日。
役場では、牧野慎之介が机に向かい、各町の地主と賃貸物件の登記情報を整理していた。
そこへ、騒がしい足音とともに、知った顔が現れる。
「牧野さん! お願いがあって、来ました!」
「……桐原絢子嬢。あなたはなぜ、ここに来るたびに私を驚かせるのですか」
彼は顔を上げて軽く眉を上げた。
「今度は何を企んでいるのですか?」
「企んでません! お願いです、これを見てください!」
そう言って絢子が差し出したのは、佐吉屋の契約書の写しと、地主の名を記した書付だった。
「この越前屋分家、土地の登録は“共同所有”になっています。なら、強引な値上げは法に触れる可能性があると思います!」
「……よく、ここまで調べましたね」
慎之介は、思わず書類に見入った。
確かに、地主側が正式な改定通知を出していないとすれば、今回の家賃倍額要求には法的根拠が薄い。
「ただの思いつきでは、ここまで出来ません。……どなたかに助言を?」
「祖父の古い帳面と、書生さんです。でも、行動したのは私です」
「なるほど」
慎之介は、ふと微笑んだ。
それは彼にしては珍しい、柔らかな笑みだった。
「わかりました。正式な形で、役場から地主側に確認を入れましょう。私は“事務”として動きますが――」
その言葉に、絢子の顔が輝いた。
「やった……! ありがとうございます、牧野さん!」
「好きよ」と言ったあの日よりも、もっとまっすぐに、彼女は喜んだ。
慎之介は胸の奥に、柔らかな灯がともるのを感じていた。
この少女は、誰かを助けるために、ためらいなく自らを差し出す。
彼が持たなかったもの。手放したと思っていた“まっすぐさ”を、彼女は生まれたときから抱いているのだ。
「……まったく。あなたという人は、本当に“嵐”のようだ」
「えっ?」
「いいえ。なんでもありません」
* * *
数日後、佐吉屋は変わらぬ場所で、また開店していた。
子供たちは再び飴を買い、くじを引き、思い思いに笑っていた。
「お絢さま、すっげぇよ! 大人たちを相手に、町を守ったんだ!」
「違うわ、守ったのは佐吉さんのお店と、みんなの“居場所”。私は、ちょっと手伝っただけ」
でもその“ちょっと”が、大きな奇跡を呼んだ。
日が暮れるころ。絢子は、店先で見慣れた影を見つけた。
「牧野さん!」
「様子を見に来ただけです。……無事、解決して何よりでした」
「うん!」
絢子はほころぶ笑顔で、ふと何かを思い出したように言った。
「あ、ねえ、牧野さん。さっき子供たちと話してたんだけどね。私って、“おしとやかなガキ大将”なんですって」
「……実に的確な表現ですね」
「えっ、否定してくれないの?」
「むしろ、感心しました」
「もうっ!」
夕日が照らす町の小道。
笑う少女と、それを見守る青年
――その距離は、少しずつ、しかし確かに、近づいていた。
(第四話 完)
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