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03)星の下で、手をつないで
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1. 夏の始まり
七月の終わり。セミの声が朝から晩まで鳴り響く。都会の熱気を逃れるように、少年・陽翔(はると)は両親に連れられて、長野の山奥にある自然体験キャンプへとやってきた。
小学五年生。ゲームとYouTubeが友達の生活に突然舞い込んできた、「電波の届かない場所」での三泊四日。
「うわ、マジかよ……スマホ、圏外?」
最初の夜、山小屋に泊まる前、陽翔は小さくうなった。都会の灯りが届かない山は静かで、虫の声と風の音だけが耳に残る。けれど、彼の心はすぐにあるものに奪われた。
夕食のBBQを終えた後、スタッフが「夜の星を見に行こう」と誘ってきたときだった。
「……すげぇ」
山の上、開けた丘の上に出ると、そこには空を埋め尽くすほどの星が瞬いていた。街灯もビルの影もない場所で、空は本当に「満天」という言葉そのままだった。
「ね、東京じゃ見えないでしょ?」
その声に振り向くと、隣には彼と同じ年頃の女の子が立っていた。日焼けした頬に、少しだけ大人びた目。ポニーテールが揺れ、白いTシャツに浮かぶ汗の跡が、どこか生き生きとしていた。
「……え、ああ。うん、見えない。てか、初めて見た、こんなにいっぱいの星」
「ふふっ、私、こういうの好き。名前、なんて言うの?」
「は、はると。陽翔って書いて、はると」
「私は紬(つむぎ)。夏になると、毎年来てるの。いいでしょ?」
その夜、陽翔は星よりも、その少女の横顔に目を奪われていた。
2. 一緒にいる時間
翌日から、陽翔は紬と自然と一緒に行動するようになった。班が違っても、隙あらばどこかで会い、話した。虫取り、川遊び、カレー作り。いつもだったらすぐに飽きるはずの遊びが、彼女と一緒だといつまでも楽しくて、時間があっという間に過ぎた。
「陽翔って、普段あんまりしゃべらない子でしょ?」
「なんで分かるの?」
「ふふ、なんとなく。私もそうだから。けど、ここだと、しゃべりたくなるんだよね」
その言葉が、妙に胸に残った。陽翔は自分のことを分かってくれた気がして、顔が少し熱くなった。
夜になると、また星を見る時間が来る。二人は皆より少し離れた岩場に座り、空を見上げた。
「ね、織姫と彦星って、どれ?」
「たぶん、あれ……かな?」
陽翔は星座のことなんて何も知らなかったが、指をさしてみた。紬はくすっと笑って、「じゃあ、あれが織姫で、あれが陽翔ってことにしよう」と言った。
「え、なんで俺?」
「うーん、なんとなく。織姫って、きっと寂しがりやなんだよ。毎年一回しか会えないの。そういうときに、陽翔みたいに、静かでやさしい星がそばにいてくれたら、安心しそう」
そう言った紬の横顔が、星の光に照らされてとても綺麗だった。
3. 手をつないだ夜
キャンプ最後の夜。スタッフが「星空ハイク」と称して、参加者たちを二人一組にして、ライトを持って山道を歩くイベントを開催した。
当然、陽翔と紬はペアになった。夜の山は昼と違って、虫の音も、木々のざわめきも、どこか深くて不安を煽った。足元は暗く、ふとした拍子に紬がぴたりと立ち止まった。
「……怖いかも」
「え?」
「手、つないでいい?」
その瞬間、陽翔の胸が跳ねた。言葉が出ないまま、そっと差し出された紬の手に、自分の手を重ねた。
その手は、少し冷たくて、小さくて、けれど確かに温かかった。
「ありがとう」
紬が囁くように言ったその声は、風よりも小さかったけれど、陽翔の耳にははっきりと残った。
手をつないだまま、夜道を歩く。空には星、足元には道。そして、そのすべての中に「紬と自分」という関係が確かに存在していた。
4. さよならの朝
朝になり、キャンプが終わった。荷物をまとめ、バスに乗る時間が迫る。紬はすでに自分の荷物を片づけ終え、陽翔の前にやってきた。
「陽翔、はい。これ、あげる」
差し出されたのは、紐で結ばれた折り紙の星。中を開くと、「また会えるといいね」と書かれていた。
「……ありがとう。俺も、すっごく楽しかった」
「うん、私も」
それだけを言って、紬はバスの列に戻っていった。陽翔は、ずっとその背中を見送っていた。
手の中の星が、今にもこぼれ落ちそうだった。
5. 星は消えない
夏が終わっても、陽翔は時折夜空を見上げるようになった。スマホも、ゲームも変わらず好きだけど、ふとした瞬間に紬の横顔が浮かぶ。
あの手の温もり、星の下の時間。
「また、会えたらいいな」
願いごとのように、独り言のように、つぶやいては夜空を見上げる。
たった三日間。でも確かにそこにあった、初恋の時間。
それは今も、星のように、消えずに胸の中で光り続けている。
七月の終わり。セミの声が朝から晩まで鳴り響く。都会の熱気を逃れるように、少年・陽翔(はると)は両親に連れられて、長野の山奥にある自然体験キャンプへとやってきた。
小学五年生。ゲームとYouTubeが友達の生活に突然舞い込んできた、「電波の届かない場所」での三泊四日。
「うわ、マジかよ……スマホ、圏外?」
最初の夜、山小屋に泊まる前、陽翔は小さくうなった。都会の灯りが届かない山は静かで、虫の声と風の音だけが耳に残る。けれど、彼の心はすぐにあるものに奪われた。
夕食のBBQを終えた後、スタッフが「夜の星を見に行こう」と誘ってきたときだった。
「……すげぇ」
山の上、開けた丘の上に出ると、そこには空を埋め尽くすほどの星が瞬いていた。街灯もビルの影もない場所で、空は本当に「満天」という言葉そのままだった。
「ね、東京じゃ見えないでしょ?」
その声に振り向くと、隣には彼と同じ年頃の女の子が立っていた。日焼けした頬に、少しだけ大人びた目。ポニーテールが揺れ、白いTシャツに浮かぶ汗の跡が、どこか生き生きとしていた。
「……え、ああ。うん、見えない。てか、初めて見た、こんなにいっぱいの星」
「ふふっ、私、こういうの好き。名前、なんて言うの?」
「は、はると。陽翔って書いて、はると」
「私は紬(つむぎ)。夏になると、毎年来てるの。いいでしょ?」
その夜、陽翔は星よりも、その少女の横顔に目を奪われていた。
2. 一緒にいる時間
翌日から、陽翔は紬と自然と一緒に行動するようになった。班が違っても、隙あらばどこかで会い、話した。虫取り、川遊び、カレー作り。いつもだったらすぐに飽きるはずの遊びが、彼女と一緒だといつまでも楽しくて、時間があっという間に過ぎた。
「陽翔って、普段あんまりしゃべらない子でしょ?」
「なんで分かるの?」
「ふふ、なんとなく。私もそうだから。けど、ここだと、しゃべりたくなるんだよね」
その言葉が、妙に胸に残った。陽翔は自分のことを分かってくれた気がして、顔が少し熱くなった。
夜になると、また星を見る時間が来る。二人は皆より少し離れた岩場に座り、空を見上げた。
「ね、織姫と彦星って、どれ?」
「たぶん、あれ……かな?」
陽翔は星座のことなんて何も知らなかったが、指をさしてみた。紬はくすっと笑って、「じゃあ、あれが織姫で、あれが陽翔ってことにしよう」と言った。
「え、なんで俺?」
「うーん、なんとなく。織姫って、きっと寂しがりやなんだよ。毎年一回しか会えないの。そういうときに、陽翔みたいに、静かでやさしい星がそばにいてくれたら、安心しそう」
そう言った紬の横顔が、星の光に照らされてとても綺麗だった。
3. 手をつないだ夜
キャンプ最後の夜。スタッフが「星空ハイク」と称して、参加者たちを二人一組にして、ライトを持って山道を歩くイベントを開催した。
当然、陽翔と紬はペアになった。夜の山は昼と違って、虫の音も、木々のざわめきも、どこか深くて不安を煽った。足元は暗く、ふとした拍子に紬がぴたりと立ち止まった。
「……怖いかも」
「え?」
「手、つないでいい?」
その瞬間、陽翔の胸が跳ねた。言葉が出ないまま、そっと差し出された紬の手に、自分の手を重ねた。
その手は、少し冷たくて、小さくて、けれど確かに温かかった。
「ありがとう」
紬が囁くように言ったその声は、風よりも小さかったけれど、陽翔の耳にははっきりと残った。
手をつないだまま、夜道を歩く。空には星、足元には道。そして、そのすべての中に「紬と自分」という関係が確かに存在していた。
4. さよならの朝
朝になり、キャンプが終わった。荷物をまとめ、バスに乗る時間が迫る。紬はすでに自分の荷物を片づけ終え、陽翔の前にやってきた。
「陽翔、はい。これ、あげる」
差し出されたのは、紐で結ばれた折り紙の星。中を開くと、「また会えるといいね」と書かれていた。
「……ありがとう。俺も、すっごく楽しかった」
「うん、私も」
それだけを言って、紬はバスの列に戻っていった。陽翔は、ずっとその背中を見送っていた。
手の中の星が、今にもこぼれ落ちそうだった。
5. 星は消えない
夏が終わっても、陽翔は時折夜空を見上げるようになった。スマホも、ゲームも変わらず好きだけど、ふとした瞬間に紬の横顔が浮かぶ。
あの手の温もり、星の下の時間。
「また、会えたらいいな」
願いごとのように、独り言のように、つぶやいては夜空を見上げる。
たった三日間。でも確かにそこにあった、初恋の時間。
それは今も、星のように、消えずに胸の中で光り続けている。
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