初恋日記 ~恋が芽吹くその時を

naomikoryo

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06)記憶のポスター

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1. 目覚め
目を覚ましたとき、世界は白かった。

病院の天井。無機質なライト。心電図の音。自分が誰なのか、何をしていたのか、まるで思い出せなかった。

「お名前、わかりますか?」

看護師の問いに、何も答えられなかった。

身元不明。財布もスマホも持たず、郊外の線路近くで倒れていたという。事故か、自殺未遂か、警察の記録も曖昧だった。

数日後、退院の手続きをしながら言われたのは、「ご家族も見つからず、保護施設の利用をご検討ください」という冷たい現実だった。

「俺は……誰なんだ」

何度も自分の声でつぶやいた。だが、答えは返ってこなかった。


2. 街を彷徨う
名前のわからない男は、名札代わりに「カケル」と名乗った。名簿の欄に適当に思いついた名前だったが、どこか馴染む気がした。

カケルは都市の片隅を彷徨った。コインランドリーのベンチで夜を明かし、コンビニでパンを買い、橋の下で風をよけた。社会は、記憶のない人間に居場所をくれなかった。

ある日、彼は駅前の掲示板に貼られた一枚のポスターに目を奪われた。

「夜桜まつり」——4月7日 開催決定!

ピンク色の紙に描かれた桜と、笑顔の女性が描かれていた。その女性の姿を見た瞬間、頭の奥がきりきりと痛んだ。

そして、映像のように鮮やかな断片が脳裏をよぎった。

――夜桜。風に舞う花びら。君が笑った。名前は……七海。

「七海……?」

声に出したその瞬間、心が震えた。

「知ってる……あの子を、俺は知ってる」


3. 記憶の断片
ポスターの下には主催者の名前と、地元商店街の住所が書かれていた。

カケルは躊躇いもせず、指定された場所へ向かった。古い商店街。シャッターの降りた店が目立つなか、「七海写真館」の看板がかろうじて残っていた。

扉を開けると、小さなベルが鳴った。

「……いらっしゃいませ」

そこにいたのは、ポスターの女性だった。だが、どこか違った。少し年上に見える。落ち着いた眼差しに、記憶の中の「彼女」とはわずかな差がある。

「すみません……わたしのこと、覚えてませんか?」

彼女は驚いた顔をした。

「……誰、ですか?」

カケルは、自分の名も思い出せないこと、記憶の中に七海の姿だけが強く残っていたことを話した。彼女は黙ってそれを聞いていた。

「私に……双子の妹がいました」

カケルの心臓が跳ねた。

「妹の名前は、七海。私は凪沙(なぎさ)。七海は……3年前、夜桜まつりの日に、行方不明になったの」


4. 七海の秘密
凪沙は、姉妹が小さな写真館を継いで暮らしていたことを語った。だがある年、七海は突然消えた。携帯も財布も残したまま。

「事故とも、自殺とも、事件とも言われた。でも、決定的な証拠は何もなかった。あの日までは、普通に笑ってたのに」

カケルは、何かを知っている気がしてならなかった。

「七海は……夜桜の下で、俺と会ってた。たぶん、俺と……」

声が詰まる。胸の奥が締めつけられる。

「俺たち、きっと恋人だった」

凪沙は目を見開いた。

「それなら……あなたが七海の“最後に会った人”なのかもしれない」

カケルは、何かに追い詰められるような感覚を覚えた。自分が彼女を傷つけたのか? それとも……

その夜、彼は夜桜まつりの会場だった公園を訪れた。何かを思い出すために。

月の光。冷たい風。揺れる桜の花。

そして、記憶が一気に蘇った。


5. 真実と祈り
──夜桜の下、七海は泣いていた。

「カケル、お願い。逃げよう、遠くへ」

何かから、誰かから、彼女は追われていた。彼女は家業の写真館で撮ったある写真を見てしまった。それが“誰かの不都合な真実”だった。

「カケル、私を守ってくれる?」

「絶対に、俺が守る」

その言葉が、最後の記憶だった。

彼女の姿はその夜を境に消え、カケルはその写真の存在を知った誰かに襲われ、記憶を失ったのだ。

──七海は、いまどこに?

翌朝、カケルは凪沙に真実を話した。凪沙は震える手で、店の奥から一枚の古びた写真を取り出した。

「これが、七海が最後に撮った写真。……これのことかもしれない」

写っていたのは、夜桜の下で密会する男と、商店街の会長だった。

「七海は、たぶん……正義感が強かった。間違ったことを見過ごせなかった。……でも、そのせいで消されたのかもしれない」

カケルは、静かに目を閉じた。


6. それでも「はつこい」
春が過ぎ、夏が来ても、七海の行方はわからない。

だがカケルは、彼女の声と笑顔を胸に生きている。

写真館の手伝いを始めた。凪沙とともに、誰かの「記憶」を残す仕事。
時折、カメラのファインダー越しに、七海の姿を探している。

彼女の初恋は、きっと本物だった。
そして、自分にとっても、唯一の「はつこい」だったと、確信している。

──どこかで、生きていてくれ。
君が最後に見た夜桜を、俺はずっと覚えてる。
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