未来から来た君

naomikoryo

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第5話:そして、未来へ

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朝が来た。

 丘の上でひとり目を覚ました春川直樹は、しばらくぼんやりと空を見上げていた。

 まるで何か、大切なものを失った気がする。
 けれど──何を失ったのかは、思い出せない。

 手のひらに残る微かな温もりだけが、確かにそこにあった。

 胸の奥には、小さな痛みと、消えることのない空白がぽっかりと開いている。

 それでも、太陽は昇る。
 世界は、何もなかったかのように、新しい一日を始めている。

 直樹は、ゆっくりと立ち上がった。

 ふらつく足を、しっかりと地面に踏みしめる。

 ──前に進まなくちゃいけない。

 そんな声が、どこからか聞こえた気がした。

 たとえ、何を忘れてしまったとしても。
 たとえ、何も思い出せなくなっても。

 この胸に残った、微かな温もりだけは信じていい。

 そう思えた。

 ***

 その日から、直樹は少しずつ日常を取り戻していった。

 大学に行き、レポートを書き、バイトに精を出す。
 特別なことは何もない、普通の日々。

 でも、心のどこかが変わっていた。

 誰かに優しくしたくなった。
 誰かの笑顔を守りたくなった。

 そして何より、
 自分自身の人生を、大切に歩きたくなった。

 それはまるで、誰かがそっと背中を押してくれているような、不思議な感覚だった。

 顔も、名前も、声も思い出せない。

 けれど──

 確かに、そこに誰かがいた。

 かけがえのない誰かが。

 直樹は、その存在を胸に抱きながら、一歩一歩、前へ進んでいった。

 ***

 季節は、また巡った。

 桜が咲き、夏が来て、秋風が街を駆け抜け、冬の白い息が空に溶ける。

 そして、また春が訪れた。

 直樹は、大学を卒業し、社会人として新たなスタートを切っていた。

 忙しく働きながら、それでも毎日、何かを忘れないように生きていた。

 ある休日の午後、
 直樹は何となく、かつて瑠璃と過ごした丘へ足を向けた。

 春の陽射しに包まれたその場所は、あの夜と何一つ変わらず、静かに広がっていた。

 草の匂い。
 暖かな風。
 遠くで笑い合う子供たちの声。

 直樹は、ベンチに腰を下ろし、空を見上げた。

 ──君は、今どこにいるんだろう。

 思い出せない「君」に、そっと問いかけた。

 何の答えも返ってこない。

 けれど、不思議と寂しくはなかった。

 心の中に、確かにいる。

 目を閉じれば、そこにいる気がした。

 たとえ、姿も、声も、すべてを忘れてしまっても。

 この想いだけは、ずっと消えない。

 ***

 その時だった。

 春の空を横切るように、
 一筋の流れ星が、すっと光った。

 昼間の空に浮かぶ、奇跡のような流星。

 直樹は、息を呑んだ。

 ──願いを、ひとつだけ。

 胸の中で、静かに願った。

 「また、君に会えますように」

 流れ星は、まるでその願いを聞き届けるかのように、柔らかく光りながら、空の彼方へ消えていった。

 直樹は、そっと目を閉じた。

 次に目を開けたとき──
 目の前に、誰かが立っていた。

 白いワンピース。
 淡い水色のカーディガン。
 長い黒髪が、春風に揺れている。

 どこかで、
 ずっと、
 探していた気がした。

 少女は、恥ずかしそうに微笑みながら、静かに言った。

「──はじめまして」

 直樹は、ゆっくりと立ち上がった。

 胸が、痛いほどに高鳴っていた。

 何も思い出せないはずなのに、
 心だけが、叫んでいた。

 「やっと、会えた」
 と。

 ***

 ふたりは、ぎこちなく笑い合った。

 言葉はなかった。
 けれど、それだけで十分だった。

 名前も、思い出も、何もなくても。

 ふたりの間には、確かに何かがあった。

 時間も、距離も、すべてを超えて──
 魂が再び巡り逢った瞬間だった。

 ──未来は、これから作るものだ。

 たとえ何度でも、
 どれだけ離れ離れになっても、
 また出会える。

 そう信じられるから、
 人は歩き続けられる。

 直樹は、そっと手を差し出した。

 少女は、驚いたように一瞬目を丸くしたあと、照れくさそうにその手を取った。

 柔らかな、小さな手。

 あの日と同じ、温もりだった。

 そして、ふたりは歩き出した。

 春の光の中を、
 新しい未来へ向かって──

 もう二度と、離れないように。

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