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5話:「知られたくなかった気持ち」
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6月の風が、少しだけ夏の匂いを運んできた。
昼休みの教室。
陽菜は窓際でお弁当を食べながら、ぼんやりと中庭を眺めていた。
最近、一ノ瀬悠真と会話をする時間が、自然と増えていた。
彼の言葉も、表情も、ほんの少しずつ柔らかくなっていて——
(……ううん、違う。私が“知ってしまっている”から、そう感じるだけかも)
胸の奥にずっと引っかかっている、“秘密”という小さな棘。
あの日からずっと抜けないまま、陽菜は自分を責めていた。
「悠真くん、私のこと……信じてくれてるよね」
ぽつりと呟いた声は、自分に対する問いだった。
でも——それは、思っていたより早く試されることになる。
放課後、昇降口で靴を履きながら、陽菜は悠真の姿を見かけた。
(今日も一緒に帰れるかな)
期待と不安を胸に、声をかけようとした、そのとき。
——ひゅう、と風の音と共に、何かが足元に落ちた。
スケッチブック。
表紙に貼られた、陽菜の名前。
(……え?)
それは、美術室に置きっぱなしにしていた“新しいスケッチブック”だった。
中身は見せていない。けれど——
悠真が、無言でそれを拾い上げる。
「……これ、白石の?」
「うん、あの……ごめん、美術室に忘れてたみたいで」
悠真は、表紙をなぞるように指で触れたあと、ゆっくりと表情を曇らせた。
「中、見たんだ」
心臓が止まりそうになる。
「……え?」
「偶然だけど、開いちゃった。……俺のこと、また描いてたんだな」
(最悪だ)
自分でも気づかないうちに描いていた、彼の横顔。
窓際でうたた寝する姿、本を読んでいる姿、そして——音楽室でピアノを弾く“想像”の彼。
(どうしよう、全部見られた……)
言い訳しようとしても、言葉が喉に詰まる。
そんな陽菜の沈黙を見て、悠真は目を伏せた。
「……なんで俺のこと、そんなに知ってるの?」
陽菜は、何も答えられなかった。
(“声が聞こえる”なんて言ったら、きっと……気味悪がられる)
「まるで、俺の心の中を……全部読んでるみたいだよ」
——その言葉に、陽菜は息を呑んだ。
気づかれてる。
いや、気づき始めている。
悠真は、どこか怯えたような目をしていた。
「……俺、誰かに心の中まで見透かされるのって、……正直、怖い」
陽菜の胸が締めつけられた。
「違う、違うの。そうじゃなくて……私、そんなつもりじゃなくて……!」
「じゃあ、どういうつもりだったの?」
彼の声が、ほんの少しだけ、鋭くなった。
怒っているわけではない。
でも、彼の心が今、距離を取ろうとしているのは、はっきり分かった。
「……ごめん」
それしか言えなかった。
「ごめんって言うってことは、やっぱり俺のこと……何か、知ってるんだよな?」
(言えない。今、ここで“心の声が聞こえる”なんて言えるわけがない)
「……怖いよ、白石」
ぽつりと落とされた言葉は、ナイフのように胸に突き刺さった。
「俺がやっと、誰かを信じてもいいかもしれないって思ったのに」
悠真はスケッチブックを静かに陽菜の腕に戻して、背を向けた。
「……しばらく、一人にしてほしい」
その背中に何も言えず、陽菜はただ、その場に立ち尽くすしかなかった。
その夜、陽菜は自分の部屋でスケッチブックを抱きしめていた。
中に描かれていたのは、彼の笑顔も、寂しげな横顔も、すべて——“心の声”をヒントにした絵だった。
(最低だ。私は、あの人の信頼を……裏切ったんだ)
涙が、じわりとにじむ。
(でも、どうしてこんな力、私にだけ……)
誰にも相談できない。
蒼にも、悠真にも。
そして気づく。
——こんなに好きになってたんだ、私。
彼の声を聞いて、彼の想いに触れて、彼の本音に救われて。
でも私は、その想いに“嘘”で応えてしまっていた。
陽菜はそっと涙を拭い、決意した。
(このままじゃ、絶対に終わらせたくない)
たとえ怖くても。嫌われても。
いつか必ず、ちゃんと話そう。
私のこの“声の秘密”を、彼に。
昼休みの教室。
陽菜は窓際でお弁当を食べながら、ぼんやりと中庭を眺めていた。
最近、一ノ瀬悠真と会話をする時間が、自然と増えていた。
彼の言葉も、表情も、ほんの少しずつ柔らかくなっていて——
(……ううん、違う。私が“知ってしまっている”から、そう感じるだけかも)
胸の奥にずっと引っかかっている、“秘密”という小さな棘。
あの日からずっと抜けないまま、陽菜は自分を責めていた。
「悠真くん、私のこと……信じてくれてるよね」
ぽつりと呟いた声は、自分に対する問いだった。
でも——それは、思っていたより早く試されることになる。
放課後、昇降口で靴を履きながら、陽菜は悠真の姿を見かけた。
(今日も一緒に帰れるかな)
期待と不安を胸に、声をかけようとした、そのとき。
——ひゅう、と風の音と共に、何かが足元に落ちた。
スケッチブック。
表紙に貼られた、陽菜の名前。
(……え?)
それは、美術室に置きっぱなしにしていた“新しいスケッチブック”だった。
中身は見せていない。けれど——
悠真が、無言でそれを拾い上げる。
「……これ、白石の?」
「うん、あの……ごめん、美術室に忘れてたみたいで」
悠真は、表紙をなぞるように指で触れたあと、ゆっくりと表情を曇らせた。
「中、見たんだ」
心臓が止まりそうになる。
「……え?」
「偶然だけど、開いちゃった。……俺のこと、また描いてたんだな」
(最悪だ)
自分でも気づかないうちに描いていた、彼の横顔。
窓際でうたた寝する姿、本を読んでいる姿、そして——音楽室でピアノを弾く“想像”の彼。
(どうしよう、全部見られた……)
言い訳しようとしても、言葉が喉に詰まる。
そんな陽菜の沈黙を見て、悠真は目を伏せた。
「……なんで俺のこと、そんなに知ってるの?」
陽菜は、何も答えられなかった。
(“声が聞こえる”なんて言ったら、きっと……気味悪がられる)
「まるで、俺の心の中を……全部読んでるみたいだよ」
——その言葉に、陽菜は息を呑んだ。
気づかれてる。
いや、気づき始めている。
悠真は、どこか怯えたような目をしていた。
「……俺、誰かに心の中まで見透かされるのって、……正直、怖い」
陽菜の胸が締めつけられた。
「違う、違うの。そうじゃなくて……私、そんなつもりじゃなくて……!」
「じゃあ、どういうつもりだったの?」
彼の声が、ほんの少しだけ、鋭くなった。
怒っているわけではない。
でも、彼の心が今、距離を取ろうとしているのは、はっきり分かった。
「……ごめん」
それしか言えなかった。
「ごめんって言うってことは、やっぱり俺のこと……何か、知ってるんだよな?」
(言えない。今、ここで“心の声が聞こえる”なんて言えるわけがない)
「……怖いよ、白石」
ぽつりと落とされた言葉は、ナイフのように胸に突き刺さった。
「俺がやっと、誰かを信じてもいいかもしれないって思ったのに」
悠真はスケッチブックを静かに陽菜の腕に戻して、背を向けた。
「……しばらく、一人にしてほしい」
その背中に何も言えず、陽菜はただ、その場に立ち尽くすしかなかった。
その夜、陽菜は自分の部屋でスケッチブックを抱きしめていた。
中に描かれていたのは、彼の笑顔も、寂しげな横顔も、すべて——“心の声”をヒントにした絵だった。
(最低だ。私は、あの人の信頼を……裏切ったんだ)
涙が、じわりとにじむ。
(でも、どうしてこんな力、私にだけ……)
誰にも相談できない。
蒼にも、悠真にも。
そして気づく。
——こんなに好きになってたんだ、私。
彼の声を聞いて、彼の想いに触れて、彼の本音に救われて。
でも私は、その想いに“嘘”で応えてしまっていた。
陽菜はそっと涙を拭い、決意した。
(このままじゃ、絶対に終わらせたくない)
たとえ怖くても。嫌われても。
いつか必ず、ちゃんと話そう。
私のこの“声の秘密”を、彼に。
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