私にだけ、聞こえる声

naomikoryo

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4話:「秘密と嘘の境界線」

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「陽菜、最近ちょっと変だよ」

放課後、美術室に向かう途中の廊下で、佐伯蒼がぴたりと足を止めた。

陽菜は思わず立ち止まり、曖昧に笑ってみせた。

「え、変って何が?」

「……ううん、うまく言えないんだけどね。たとえば、“人のことを妙に察してる”というか。なんか、言われる前から分かってるみたいなところあるし、最近は特に……」

(やっぱり、バレかけてる……?)

陽菜は一瞬、呼吸を飲み込む。

「それに、一ノ瀬くんのこと」

その名前が出た瞬間、心臓が跳ねた。

「……なにかあるでしょ。あの騒動のあと、あんた彼と……」

「な、なんにもないよ。ただのクラスメイトっていうか、たまたま話すようになっただけで」

「“だけで”ねぇ……?」

蒼はじっと陽菜を見つめた。責めるような目ではなかったけれど、逃げ場のない問いかけだった。

「……ごめん。言いたくないなら、無理に聞かない。でも、なにか辛いことがあるなら、ちゃんと言ってよ。私は陽菜の味方だから」

その言葉に、陽菜は胸がつまる。

(蒼にだけは、ちゃんと話したい。でも、“心の声が聞こえる”なんて、普通の人には信じられないよね……)

「ありがとう、蒼。でも、まだちょっと……うまく言えないや」

「そっか。じゃあ、言えるようになったらでいいよ」

蒼はにこっと笑い、陽菜の頭をポンと軽く叩いた。

「その代わり、隠し事しすぎると、あとで痛い目見るからねー?」

「はは……気をつけます」

言葉は軽くても、内心は揺れていた。
“秘密”と“嘘”の境界は、思っているよりもずっと曖昧で、陽菜の心を静かに蝕んでいく。

その翌日。

帰りの支度をしていると、悠真が陽菜の席にふらりとやって来た。

「……ちょっと、いいか?」

「え、うん」

誰もいない廊下を並んで歩く。教室を出て、屋上へと続く階段を上っていく。

「……珍しいね。悠真くんの方から誘ってくるなんて」

「……話しておきたいことがあって」

屋上に出ると、春の風がふたりの髪を揺らした。

鉄柵の向こうには、夕焼けに染まった街の輪郭。
時間がゆっくり流れる中で、悠真が小さく呟いた。

「……俺、母親がいないんだ」

陽菜は息をのんだ。

「小さい頃に家を出て、それっきり。父親とは……必要最低限の会話しかしない。だから、家ではほとんど一人だ」

「……そっか」

「誰かと話すのが、苦手なんだ。どうせ何言っても、空気が悪くなるだけって思ってたし……自分が何を思ってるのかすら、よくわからなかった」

陽菜は言葉を探しながら、ゆっくりと返した。

「……でも、ちゃんと自分の気持ちを考えてるんだね。悠真くんは」

「……そう思ってくれるのは、君だけかもな」

まただ。あの“声”じゃなくて、彼の“言葉”で伝えてくれた。
その事実が、何より嬉しかった。

でも同時に、陽菜の胸には小さな棘が刺さっていた。

(私は、彼の“心の声”を聞いて、彼のことを知っただけ。彼が自分から話してくれるようになったのは……それを利用してたから?)

「……なんで、私に話してくれるの?」

勇気を出して聞いてみると、悠真は少し目を伏せたまま言った。

「たぶん、君になら聞いてもらえるって思ったから。……不思議だけど」

(ごめん、それは——“不思議”じゃなくて、私が……)

言いかけて、陽菜は唇を噛んだ。

“心の声が聞こえる”ということを、今ここで打ち明けるか。
それとも、このまま秘密のまま進むか。

だけど、そのどちらも、彼の“本当の信頼”を裏切ってしまいそうで、胸が苦しくなった。

「……ありがとう。話してくれて」

「……こちらこそ。聞いてくれて」

沈黙が、少しだけ心地よくなった。

ふたりの距離は、確実に近づいている。

でもその背後には、陽菜が抱える“秘密”が静かに影を落としていた。

その夜、陽菜はスマホの画面を見つめていた。

「蒼に……話すべきかな」

親友であり、いちばん信頼している相手。
でも、自分の中でまだ“整理できてないこと”を、誰かに語るのは怖かった。

メッセージアプリを開いては閉じて、開いては閉じてを繰り返す。

——けれど、どこかで分かっていた。

いつか、誰かに話さなきゃいけない。

そしてそれは、悠真にも。

(“秘密”が“嘘”になる前に)

画面を閉じ、電気を消す。

心の奥に、どこか冷たい風が吹いていた。
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