4 / 11
4話:「秘密と嘘の境界線」
しおりを挟む
「陽菜、最近ちょっと変だよ」
放課後、美術室に向かう途中の廊下で、佐伯蒼がぴたりと足を止めた。
陽菜は思わず立ち止まり、曖昧に笑ってみせた。
「え、変って何が?」
「……ううん、うまく言えないんだけどね。たとえば、“人のことを妙に察してる”というか。なんか、言われる前から分かってるみたいなところあるし、最近は特に……」
(やっぱり、バレかけてる……?)
陽菜は一瞬、呼吸を飲み込む。
「それに、一ノ瀬くんのこと」
その名前が出た瞬間、心臓が跳ねた。
「……なにかあるでしょ。あの騒動のあと、あんた彼と……」
「な、なんにもないよ。ただのクラスメイトっていうか、たまたま話すようになっただけで」
「“だけで”ねぇ……?」
蒼はじっと陽菜を見つめた。責めるような目ではなかったけれど、逃げ場のない問いかけだった。
「……ごめん。言いたくないなら、無理に聞かない。でも、なにか辛いことがあるなら、ちゃんと言ってよ。私は陽菜の味方だから」
その言葉に、陽菜は胸がつまる。
(蒼にだけは、ちゃんと話したい。でも、“心の声が聞こえる”なんて、普通の人には信じられないよね……)
「ありがとう、蒼。でも、まだちょっと……うまく言えないや」
「そっか。じゃあ、言えるようになったらでいいよ」
蒼はにこっと笑い、陽菜の頭をポンと軽く叩いた。
「その代わり、隠し事しすぎると、あとで痛い目見るからねー?」
「はは……気をつけます」
言葉は軽くても、内心は揺れていた。
“秘密”と“嘘”の境界は、思っているよりもずっと曖昧で、陽菜の心を静かに蝕んでいく。
その翌日。
帰りの支度をしていると、悠真が陽菜の席にふらりとやって来た。
「……ちょっと、いいか?」
「え、うん」
誰もいない廊下を並んで歩く。教室を出て、屋上へと続く階段を上っていく。
「……珍しいね。悠真くんの方から誘ってくるなんて」
「……話しておきたいことがあって」
屋上に出ると、春の風がふたりの髪を揺らした。
鉄柵の向こうには、夕焼けに染まった街の輪郭。
時間がゆっくり流れる中で、悠真が小さく呟いた。
「……俺、母親がいないんだ」
陽菜は息をのんだ。
「小さい頃に家を出て、それっきり。父親とは……必要最低限の会話しかしない。だから、家ではほとんど一人だ」
「……そっか」
「誰かと話すのが、苦手なんだ。どうせ何言っても、空気が悪くなるだけって思ってたし……自分が何を思ってるのかすら、よくわからなかった」
陽菜は言葉を探しながら、ゆっくりと返した。
「……でも、ちゃんと自分の気持ちを考えてるんだね。悠真くんは」
「……そう思ってくれるのは、君だけかもな」
まただ。あの“声”じゃなくて、彼の“言葉”で伝えてくれた。
その事実が、何より嬉しかった。
でも同時に、陽菜の胸には小さな棘が刺さっていた。
(私は、彼の“心の声”を聞いて、彼のことを知っただけ。彼が自分から話してくれるようになったのは……それを利用してたから?)
「……なんで、私に話してくれるの?」
勇気を出して聞いてみると、悠真は少し目を伏せたまま言った。
「たぶん、君になら聞いてもらえるって思ったから。……不思議だけど」
(ごめん、それは——“不思議”じゃなくて、私が……)
言いかけて、陽菜は唇を噛んだ。
“心の声が聞こえる”ということを、今ここで打ち明けるか。
それとも、このまま秘密のまま進むか。
だけど、そのどちらも、彼の“本当の信頼”を裏切ってしまいそうで、胸が苦しくなった。
「……ありがとう。話してくれて」
「……こちらこそ。聞いてくれて」
沈黙が、少しだけ心地よくなった。
ふたりの距離は、確実に近づいている。
でもその背後には、陽菜が抱える“秘密”が静かに影を落としていた。
その夜、陽菜はスマホの画面を見つめていた。
「蒼に……話すべきかな」
親友であり、いちばん信頼している相手。
でも、自分の中でまだ“整理できてないこと”を、誰かに語るのは怖かった。
メッセージアプリを開いては閉じて、開いては閉じてを繰り返す。
——けれど、どこかで分かっていた。
いつか、誰かに話さなきゃいけない。
そしてそれは、悠真にも。
(“秘密”が“嘘”になる前に)
画面を閉じ、電気を消す。
心の奥に、どこか冷たい風が吹いていた。
放課後、美術室に向かう途中の廊下で、佐伯蒼がぴたりと足を止めた。
陽菜は思わず立ち止まり、曖昧に笑ってみせた。
「え、変って何が?」
「……ううん、うまく言えないんだけどね。たとえば、“人のことを妙に察してる”というか。なんか、言われる前から分かってるみたいなところあるし、最近は特に……」
(やっぱり、バレかけてる……?)
陽菜は一瞬、呼吸を飲み込む。
「それに、一ノ瀬くんのこと」
その名前が出た瞬間、心臓が跳ねた。
「……なにかあるでしょ。あの騒動のあと、あんた彼と……」
「な、なんにもないよ。ただのクラスメイトっていうか、たまたま話すようになっただけで」
「“だけで”ねぇ……?」
蒼はじっと陽菜を見つめた。責めるような目ではなかったけれど、逃げ場のない問いかけだった。
「……ごめん。言いたくないなら、無理に聞かない。でも、なにか辛いことがあるなら、ちゃんと言ってよ。私は陽菜の味方だから」
その言葉に、陽菜は胸がつまる。
(蒼にだけは、ちゃんと話したい。でも、“心の声が聞こえる”なんて、普通の人には信じられないよね……)
「ありがとう、蒼。でも、まだちょっと……うまく言えないや」
「そっか。じゃあ、言えるようになったらでいいよ」
蒼はにこっと笑い、陽菜の頭をポンと軽く叩いた。
「その代わり、隠し事しすぎると、あとで痛い目見るからねー?」
「はは……気をつけます」
言葉は軽くても、内心は揺れていた。
“秘密”と“嘘”の境界は、思っているよりもずっと曖昧で、陽菜の心を静かに蝕んでいく。
その翌日。
帰りの支度をしていると、悠真が陽菜の席にふらりとやって来た。
「……ちょっと、いいか?」
「え、うん」
誰もいない廊下を並んで歩く。教室を出て、屋上へと続く階段を上っていく。
「……珍しいね。悠真くんの方から誘ってくるなんて」
「……話しておきたいことがあって」
屋上に出ると、春の風がふたりの髪を揺らした。
鉄柵の向こうには、夕焼けに染まった街の輪郭。
時間がゆっくり流れる中で、悠真が小さく呟いた。
「……俺、母親がいないんだ」
陽菜は息をのんだ。
「小さい頃に家を出て、それっきり。父親とは……必要最低限の会話しかしない。だから、家ではほとんど一人だ」
「……そっか」
「誰かと話すのが、苦手なんだ。どうせ何言っても、空気が悪くなるだけって思ってたし……自分が何を思ってるのかすら、よくわからなかった」
陽菜は言葉を探しながら、ゆっくりと返した。
「……でも、ちゃんと自分の気持ちを考えてるんだね。悠真くんは」
「……そう思ってくれるのは、君だけかもな」
まただ。あの“声”じゃなくて、彼の“言葉”で伝えてくれた。
その事実が、何より嬉しかった。
でも同時に、陽菜の胸には小さな棘が刺さっていた。
(私は、彼の“心の声”を聞いて、彼のことを知っただけ。彼が自分から話してくれるようになったのは……それを利用してたから?)
「……なんで、私に話してくれるの?」
勇気を出して聞いてみると、悠真は少し目を伏せたまま言った。
「たぶん、君になら聞いてもらえるって思ったから。……不思議だけど」
(ごめん、それは——“不思議”じゃなくて、私が……)
言いかけて、陽菜は唇を噛んだ。
“心の声が聞こえる”ということを、今ここで打ち明けるか。
それとも、このまま秘密のまま進むか。
だけど、そのどちらも、彼の“本当の信頼”を裏切ってしまいそうで、胸が苦しくなった。
「……ありがとう。話してくれて」
「……こちらこそ。聞いてくれて」
沈黙が、少しだけ心地よくなった。
ふたりの距離は、確実に近づいている。
でもその背後には、陽菜が抱える“秘密”が静かに影を落としていた。
その夜、陽菜はスマホの画面を見つめていた。
「蒼に……話すべきかな」
親友であり、いちばん信頼している相手。
でも、自分の中でまだ“整理できてないこと”を、誰かに語るのは怖かった。
メッセージアプリを開いては閉じて、開いては閉じてを繰り返す。
——けれど、どこかで分かっていた。
いつか、誰かに話さなきゃいけない。
そしてそれは、悠真にも。
(“秘密”が“嘘”になる前に)
画面を閉じ、電気を消す。
心の奥に、どこか冷たい風が吹いていた。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??
元婚約者からの嫌がらせでわたくしと結婚させられた彼が、ざまぁしたら優しくなりました。ですが新婚時代に受けた扱いを忘れてはおりませんよ?
3333(トリささみ)
恋愛
貴族令嬢だが自他ともに認める醜女のマルフィナは、あるとき王命により結婚することになった。
相手は王女エンジェに婚約破棄をされたことで有名な、若き公爵テオバルト。
あまりにも不釣り合いなその結婚は、エンジェによるテオバルトへの嫌がらせだった。
それを知ったマルフィナはテオバルトに同情し、少しでも彼が報われるよう努力する。
だがテオバルトはそんなマルフィナを、徹底的に冷たくあしらった。
その後あるキッカケで美しくなったマルフィナによりエンジェは自滅。
その日からテオバルトは手のひらを返したように優しくなる。
だがマルフィナが新婚時代に受けた仕打ちを、忘れることはなかった。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる