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8話:「心の声じゃなくて、君の言葉で」
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放課後の図書室。
窓際の席に座る陽菜の前で、親友・佐伯蒼は、そっとカバンを置いた。
「……なんとなく、陽菜が今日ちゃんと来てくれる気がしてた」
蒼の言葉に、陽菜は小さく笑った。
「ごめんね、ずっと言えなくて」
「ううん。いいの。言ってくれるまで、待とうって思ってたから」
静かな沈黙が二人を包む。けれど、それは優しい時間だった。
そして——陽菜は口を開く。
「私ね、人の“心の声”が聞こえるの」
「……え?」
蒼の目が一瞬、大きく開いた。
「声っていうか……心の中で思ってることが、ふと頭に入ってくるの。全部じゃないし、誰にでもじゃない。でも、ある日突然……聞こえるようになったの」
蒼は、言葉を飲み込んだまま、陽菜の顔を見つめている。
「最初は、自分でも信じられなかった。でも……一ノ瀬くんの声を聞いたとき、怖くて、でも嬉しくて……気づいたら、彼のことを知りたくなってた」
陽菜の声は震えていた。
「でも……それってズルいよね。彼は何も言ってないのに、私は勝手に彼の気持ちを覗いて、安心して……好きになって」
「……ズルくないよ」
ぽつりと、蒼が呟いた。
「陽菜が、その声にどう向き合ったかが大事なんだよ。聞こえること自体は、陽菜のせいじゃない。でも、どう感じて、どう動いたかは……ちゃんと自分で選んでたでしょ?」
「……うん」
「だったら、それはズルくなんかない。ただ……伝えなきゃ、いけないかもね。ちゃんと、自分の気持ちを」
陽菜は頷いた。
(そうだ。もう“心の声”に甘えてちゃダメだ)
その翌日。昼休み。
陽菜は、教室を出た悠真を追いかけた。
向かったのは、ふたりが一度だけ一緒に昼食を取った、図書室の窓際の席。
「……一ノ瀬くん、話したいことがあるの」
悠真は少し驚いたような顔をしたが、黙って席をすすめた。
「ごめん。ずっと言えなかったことがあるの」
陽菜は手をぎゅっと握りしめる。
「……私、あなたの心の声が聞こえるの」
沈黙が落ちる。
それは、とても長く、そして重い沈黙だった。
悠真の目が見開かれ、口がわずかに動いた。
でも言葉は出てこなかった。
「……ある日、突然聞こえるようになったの。あなたの声だけ。いつも静かで、何を考えてるのか分からなかった。でも……“本当のあなた”の声を聞いたとき、私、救われたの」
「……」
「それからずっと、私、あなたの声を聞いてた。嬉しいときも、寂しいときも、全部。だから……好きになった。あなたのことが、本当に」
胸の奥に溜めていた想いが、全部こぼれていく。
「でも、それってフェアじゃないよね。あなたは何も知らないまま、私は一方的に全部を知ってた。……だから、ちゃんと伝えたくて」
「……それでも、俺のことが好きって思えたの?」
やっと出た彼の声は、静かで、でも確かだった。
陽菜は大きく頷いた。
「“声”だけじゃなくて……“言葉”で話せた今、もっと好きだって思った」
悠真の肩が、すこし震えた。
「……俺、最初は怖かった。なんでそんなに知ってるのか、どうしてそんなに分かってくれるのか。……でも、本当は……嬉しかったんだ」
「え?」
「誰にも言えなかったことを、誰かに気づいてもらえるなんて、思ってなかったから……」
彼の目には、ほんの少しだけ光がにじんでいた。
「ずっと、人に心を開けなかった。でも、白石には……俺の言葉を、ちゃんと伝えたいって思えた」
「……悠真くん」
「俺も——君が好きだよ」
それは、“心の声”ではなかった。
はっきりと、確かに届けられた、“言葉”。
陽菜の目から、自然と涙がこぼれた。
(やっと、聞けた……彼の、本当の声)
そしてそのとき、陽菜は気づいた。
——“心の声”が聞こえなくても、もう大丈夫。
ちゃんと、相手の目を見て、言葉を聞いて、想いを伝えれば。
それで、人は分かり合える。
図書室の窓の外で、春の光がやわらかく揺れていた。
ふたりの距離は、もう沈黙でできた壁を越えて、新しい言葉で繋がっていた。
窓際の席に座る陽菜の前で、親友・佐伯蒼は、そっとカバンを置いた。
「……なんとなく、陽菜が今日ちゃんと来てくれる気がしてた」
蒼の言葉に、陽菜は小さく笑った。
「ごめんね、ずっと言えなくて」
「ううん。いいの。言ってくれるまで、待とうって思ってたから」
静かな沈黙が二人を包む。けれど、それは優しい時間だった。
そして——陽菜は口を開く。
「私ね、人の“心の声”が聞こえるの」
「……え?」
蒼の目が一瞬、大きく開いた。
「声っていうか……心の中で思ってることが、ふと頭に入ってくるの。全部じゃないし、誰にでもじゃない。でも、ある日突然……聞こえるようになったの」
蒼は、言葉を飲み込んだまま、陽菜の顔を見つめている。
「最初は、自分でも信じられなかった。でも……一ノ瀬くんの声を聞いたとき、怖くて、でも嬉しくて……気づいたら、彼のことを知りたくなってた」
陽菜の声は震えていた。
「でも……それってズルいよね。彼は何も言ってないのに、私は勝手に彼の気持ちを覗いて、安心して……好きになって」
「……ズルくないよ」
ぽつりと、蒼が呟いた。
「陽菜が、その声にどう向き合ったかが大事なんだよ。聞こえること自体は、陽菜のせいじゃない。でも、どう感じて、どう動いたかは……ちゃんと自分で選んでたでしょ?」
「……うん」
「だったら、それはズルくなんかない。ただ……伝えなきゃ、いけないかもね。ちゃんと、自分の気持ちを」
陽菜は頷いた。
(そうだ。もう“心の声”に甘えてちゃダメだ)
その翌日。昼休み。
陽菜は、教室を出た悠真を追いかけた。
向かったのは、ふたりが一度だけ一緒に昼食を取った、図書室の窓際の席。
「……一ノ瀬くん、話したいことがあるの」
悠真は少し驚いたような顔をしたが、黙って席をすすめた。
「ごめん。ずっと言えなかったことがあるの」
陽菜は手をぎゅっと握りしめる。
「……私、あなたの心の声が聞こえるの」
沈黙が落ちる。
それは、とても長く、そして重い沈黙だった。
悠真の目が見開かれ、口がわずかに動いた。
でも言葉は出てこなかった。
「……ある日、突然聞こえるようになったの。あなたの声だけ。いつも静かで、何を考えてるのか分からなかった。でも……“本当のあなた”の声を聞いたとき、私、救われたの」
「……」
「それからずっと、私、あなたの声を聞いてた。嬉しいときも、寂しいときも、全部。だから……好きになった。あなたのことが、本当に」
胸の奥に溜めていた想いが、全部こぼれていく。
「でも、それってフェアじゃないよね。あなたは何も知らないまま、私は一方的に全部を知ってた。……だから、ちゃんと伝えたくて」
「……それでも、俺のことが好きって思えたの?」
やっと出た彼の声は、静かで、でも確かだった。
陽菜は大きく頷いた。
「“声”だけじゃなくて……“言葉”で話せた今、もっと好きだって思った」
悠真の肩が、すこし震えた。
「……俺、最初は怖かった。なんでそんなに知ってるのか、どうしてそんなに分かってくれるのか。……でも、本当は……嬉しかったんだ」
「え?」
「誰にも言えなかったことを、誰かに気づいてもらえるなんて、思ってなかったから……」
彼の目には、ほんの少しだけ光がにじんでいた。
「ずっと、人に心を開けなかった。でも、白石には……俺の言葉を、ちゃんと伝えたいって思えた」
「……悠真くん」
「俺も——君が好きだよ」
それは、“心の声”ではなかった。
はっきりと、確かに届けられた、“言葉”。
陽菜の目から、自然と涙がこぼれた。
(やっと、聞けた……彼の、本当の声)
そしてそのとき、陽菜は気づいた。
——“心の声”が聞こえなくても、もう大丈夫。
ちゃんと、相手の目を見て、言葉を聞いて、想いを伝えれば。
それで、人は分かり合える。
図書室の窓の外で、春の光がやわらかく揺れていた。
ふたりの距離は、もう沈黙でできた壁を越えて、新しい言葉で繋がっていた。
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