私にだけ、聞こえる声

naomikoryo

文字の大きさ
8 / 11

8話:「心の声じゃなくて、君の言葉で」

しおりを挟む
放課後の図書室。
窓際の席に座る陽菜の前で、親友・佐伯蒼は、そっとカバンを置いた。

「……なんとなく、陽菜が今日ちゃんと来てくれる気がしてた」

蒼の言葉に、陽菜は小さく笑った。

「ごめんね、ずっと言えなくて」

「ううん。いいの。言ってくれるまで、待とうって思ってたから」

静かな沈黙が二人を包む。けれど、それは優しい時間だった。

そして——陽菜は口を開く。

「私ね、人の“心の声”が聞こえるの」

「……え?」

蒼の目が一瞬、大きく開いた。

「声っていうか……心の中で思ってることが、ふと頭に入ってくるの。全部じゃないし、誰にでもじゃない。でも、ある日突然……聞こえるようになったの」

蒼は、言葉を飲み込んだまま、陽菜の顔を見つめている。

「最初は、自分でも信じられなかった。でも……一ノ瀬くんの声を聞いたとき、怖くて、でも嬉しくて……気づいたら、彼のことを知りたくなってた」

陽菜の声は震えていた。

「でも……それってズルいよね。彼は何も言ってないのに、私は勝手に彼の気持ちを覗いて、安心して……好きになって」

「……ズルくないよ」

ぽつりと、蒼が呟いた。

「陽菜が、その声にどう向き合ったかが大事なんだよ。聞こえること自体は、陽菜のせいじゃない。でも、どう感じて、どう動いたかは……ちゃんと自分で選んでたでしょ?」

「……うん」

「だったら、それはズルくなんかない。ただ……伝えなきゃ、いけないかもね。ちゃんと、自分の気持ちを」

陽菜は頷いた。

(そうだ。もう“心の声”に甘えてちゃダメだ)

その翌日。昼休み。
陽菜は、教室を出た悠真を追いかけた。

向かったのは、ふたりが一度だけ一緒に昼食を取った、図書室の窓際の席。

「……一ノ瀬くん、話したいことがあるの」

悠真は少し驚いたような顔をしたが、黙って席をすすめた。

「ごめん。ずっと言えなかったことがあるの」

陽菜は手をぎゅっと握りしめる。

「……私、あなたの心の声が聞こえるの」

沈黙が落ちる。

それは、とても長く、そして重い沈黙だった。

悠真の目が見開かれ、口がわずかに動いた。
でも言葉は出てこなかった。

「……ある日、突然聞こえるようになったの。あなたの声だけ。いつも静かで、何を考えてるのか分からなかった。でも……“本当のあなた”の声を聞いたとき、私、救われたの」

「……」

「それからずっと、私、あなたの声を聞いてた。嬉しいときも、寂しいときも、全部。だから……好きになった。あなたのことが、本当に」

胸の奥に溜めていた想いが、全部こぼれていく。

「でも、それってフェアじゃないよね。あなたは何も知らないまま、私は一方的に全部を知ってた。……だから、ちゃんと伝えたくて」

「……それでも、俺のことが好きって思えたの?」

やっと出た彼の声は、静かで、でも確かだった。

陽菜は大きく頷いた。

「“声”だけじゃなくて……“言葉”で話せた今、もっと好きだって思った」

悠真の肩が、すこし震えた。

「……俺、最初は怖かった。なんでそんなに知ってるのか、どうしてそんなに分かってくれるのか。……でも、本当は……嬉しかったんだ」

「え?」

「誰にも言えなかったことを、誰かに気づいてもらえるなんて、思ってなかったから……」

彼の目には、ほんの少しだけ光がにじんでいた。

「ずっと、人に心を開けなかった。でも、白石には……俺の言葉を、ちゃんと伝えたいって思えた」

「……悠真くん」

「俺も——君が好きだよ」

それは、“心の声”ではなかった。
はっきりと、確かに届けられた、“言葉”。

陽菜の目から、自然と涙がこぼれた。

(やっと、聞けた……彼の、本当の声)

そしてそのとき、陽菜は気づいた。

——“心の声”が聞こえなくても、もう大丈夫。

ちゃんと、相手の目を見て、言葉を聞いて、想いを伝えれば。
それで、人は分かり合える。

図書室の窓の外で、春の光がやわらかく揺れていた。

ふたりの距離は、もう沈黙でできた壁を越えて、新しい言葉で繋がっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

元婚約者からの嫌がらせでわたくしと結婚させられた彼が、ざまぁしたら優しくなりました。ですが新婚時代に受けた扱いを忘れてはおりませんよ?

3333(トリささみ)
恋愛
貴族令嬢だが自他ともに認める醜女のマルフィナは、あるとき王命により結婚することになった。 相手は王女エンジェに婚約破棄をされたことで有名な、若き公爵テオバルト。 あまりにも不釣り合いなその結婚は、エンジェによるテオバルトへの嫌がらせだった。 それを知ったマルフィナはテオバルトに同情し、少しでも彼が報われるよう努力する。 だがテオバルトはそんなマルフィナを、徹底的に冷たくあしらった。 その後あるキッカケで美しくなったマルフィナによりエンジェは自滅。 その日からテオバルトは手のひらを返したように優しくなる。 だがマルフィナが新婚時代に受けた仕打ちを、忘れることはなかった。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

処理中です...