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9話:「聞こえなくなった声」
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朝、目を覚ました瞬間、世界の音が違って感じた。
窓の外の風の音、鳥のさえずり、階下から響く食器の音——
すべてが、妙に遠く感じる。
(……なんだろう、この感覚)
支度をして学校へ向かう道すがら、いつものように思った。
(今日も、彼の声が……)
——けれど、何も聞こえなかった。
教室に入って、悠真の姿を見つけても。
彼が少し眠たげにあくびをしたときも、隣の席の男子と目を合わせて気まずそうに笑ったときも。
何も、聞こえなかった。
(……うそ)
ざわり、と背筋が冷たくなる。
「陽菜? 大丈夫?」
隣の蒼が心配そうに覗き込んでくる。
「あ、うん……ごめん、ちょっと考え事」
平然を装いながらも、心は動揺していた。
彼の声が、聞こえない。
昼休み。
陽菜は悠真と並んで、屋上のベンチに腰掛けていた。
風はやさしく、少しだけ夏の匂いが混じっている。
「なんか、静かだな」
ぽつりと悠真が呟く。
「……うん」
本当に、静かだった。
彼の心の声さえ、もう何も響いてこない。
(まるで、“普通の人”に戻ったみたい)
ほんの数日前までは、彼の不安も、嬉しさも、ため息さえも聞こえていたのに。
今は、ただの沈黙しかない。
でも、陽菜は気づいていた。
(これが、本来の“距離”なんだ)
誰かと関係を築くには、時間も、勇気も、言葉も必要。
あの声は、近道だっただけで、本当に信じ合うためには**“聞かなくても信じる”ことが必要だった**。
「……なに考えてる?」
悠真が笑いながら尋ねてくる。
それに対して、陽菜はそっと言葉を選んだ。
「……もし、私がもう、悠真くんの気持ちを分かれなくなったとしても、信じてもいい?」
悠真は少しだけ驚いた顔をして、それから真剣な目で陽菜を見た。
「俺は……君の言葉を信じたいよ。だから、俺もちゃんと、伝えていく」
(ああ、大丈夫だ)
聞こえなくなっても。
彼の“声”じゃなく、“言葉”で交わせるようになったなら。
きっと、それが本物の関係だ。
しかし、その日の放課後。
思いもしなかった知らせが、ふたりをまた引き離すことになる。
悠真が校門を出た瞬間、スマホが鳴った。
表示されたのは、父親の名前。
「……珍しいな」
出てみると、静かな、でもどこか沈んだ声が返ってきた。
『おまえの母親が、見つかった』
「……え?」
『施設にいたらしい。最近病気で倒れて、連絡が回ってきた。おまえの名前を呼んでいたって』
悠真の頭が真っ白になる。
「……ほんとに、母さんが……」
その日、悠真は連絡もせずに、姿を消した。
次の日。
悠真は学校を欠席した。
陽菜のスマホには何の連絡もない。
(……また、声が聞こえたら)
そう願ってみるけれど、何も聞こえない。
あの不思議な力は、本当に消えてしまったのだ。
(だけど、それでも……信じる)
陽菜は、スケッチブックを開いた。
そこには、悠真のいろんな表情が描かれている。
笑った顔、怒った顔、考えてる顔。
そして——「何も言わずにそばにいてくれた」あの図書室での表情。
(私も、今度は“言葉”で伝える。どんなことがあっても)
そう、陽菜は心に決めた。
窓の外の風の音、鳥のさえずり、階下から響く食器の音——
すべてが、妙に遠く感じる。
(……なんだろう、この感覚)
支度をして学校へ向かう道すがら、いつものように思った。
(今日も、彼の声が……)
——けれど、何も聞こえなかった。
教室に入って、悠真の姿を見つけても。
彼が少し眠たげにあくびをしたときも、隣の席の男子と目を合わせて気まずそうに笑ったときも。
何も、聞こえなかった。
(……うそ)
ざわり、と背筋が冷たくなる。
「陽菜? 大丈夫?」
隣の蒼が心配そうに覗き込んでくる。
「あ、うん……ごめん、ちょっと考え事」
平然を装いながらも、心は動揺していた。
彼の声が、聞こえない。
昼休み。
陽菜は悠真と並んで、屋上のベンチに腰掛けていた。
風はやさしく、少しだけ夏の匂いが混じっている。
「なんか、静かだな」
ぽつりと悠真が呟く。
「……うん」
本当に、静かだった。
彼の心の声さえ、もう何も響いてこない。
(まるで、“普通の人”に戻ったみたい)
ほんの数日前までは、彼の不安も、嬉しさも、ため息さえも聞こえていたのに。
今は、ただの沈黙しかない。
でも、陽菜は気づいていた。
(これが、本来の“距離”なんだ)
誰かと関係を築くには、時間も、勇気も、言葉も必要。
あの声は、近道だっただけで、本当に信じ合うためには**“聞かなくても信じる”ことが必要だった**。
「……なに考えてる?」
悠真が笑いながら尋ねてくる。
それに対して、陽菜はそっと言葉を選んだ。
「……もし、私がもう、悠真くんの気持ちを分かれなくなったとしても、信じてもいい?」
悠真は少しだけ驚いた顔をして、それから真剣な目で陽菜を見た。
「俺は……君の言葉を信じたいよ。だから、俺もちゃんと、伝えていく」
(ああ、大丈夫だ)
聞こえなくなっても。
彼の“声”じゃなく、“言葉”で交わせるようになったなら。
きっと、それが本物の関係だ。
しかし、その日の放課後。
思いもしなかった知らせが、ふたりをまた引き離すことになる。
悠真が校門を出た瞬間、スマホが鳴った。
表示されたのは、父親の名前。
「……珍しいな」
出てみると、静かな、でもどこか沈んだ声が返ってきた。
『おまえの母親が、見つかった』
「……え?」
『施設にいたらしい。最近病気で倒れて、連絡が回ってきた。おまえの名前を呼んでいたって』
悠真の頭が真っ白になる。
「……ほんとに、母さんが……」
その日、悠真は連絡もせずに、姿を消した。
次の日。
悠真は学校を欠席した。
陽菜のスマホには何の連絡もない。
(……また、声が聞こえたら)
そう願ってみるけれど、何も聞こえない。
あの不思議な力は、本当に消えてしまったのだ。
(だけど、それでも……信じる)
陽菜は、スケッチブックを開いた。
そこには、悠真のいろんな表情が描かれている。
笑った顔、怒った顔、考えてる顔。
そして——「何も言わずにそばにいてくれた」あの図書室での表情。
(私も、今度は“言葉”で伝える。どんなことがあっても)
そう、陽菜は心に決めた。
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