私の部下 ~マザコンでしたが、今では恋人で、夫です。

naomikoryo

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第3話 「上司・黒瀬美月の観察眼と“この子、絶対ヤバいやつ”センサー発動」

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 月曜の朝、私はデスクに座って書類を整理しながら、横目で新人——真木陽翔の姿を見ていた。

 あいつは今日も当然のように完璧なスーツ姿で、女子社員の「今日もカッコいい!」という黄色い声援に、「ありがとうございます」とにこやかに応じている。
けれど、**その後ろ姿に漂う“母性依存臭”**に、私は気づかないふりをしていた。

 いや、正確には気づかないように努力していた。
 でないと、あのギャルママの幻影が脳裏にちらつくからだ。

 

***

 

 それにしても、この陽翔という新人、妙に手慣れている。

 資料作成は完璧、メール文も丁寧、電話対応もそつがない。
上司や先輩に対する礼儀も抜かりなく、外回りでも気配りができる。
……はっきり言って、新人としては異常なほどハイスペックなのだ。

 だけど、彼の一番の武器は人たらしスキルだ。

 特に年上女性に対しての甘え方がえげつない。たとえば、さっきの件。

「黒瀬主任、ここのグラフ、ピンクにしたのって、やっぱり女性視点を意識してですか?」

「え? あ、まあ……(そんな意図なかったけど)」

「やっぱりすごいなぁ……母も言ってたんですよ。“女性の感性って大事”って」

「また“母”かい……」

 なんなんだこの“母コメント”の多さは。まるで母の教えを語り継ぐ修道士みたいな頻度。

 でも、聞いていると不思議と説得力がある。
おそらくそれが、取引先のおばさまたちの心を掴む理由なのだろう。

 ……私にはただのマザコンにしか聞こえないけどな!

 

***

 

 午後、私は陽翔を連れて、新しく取り引きを始めるアパレル企業との顔合わせに出かけた。

 そこにいたのは、社長の榊原麗子(さかきばられいこ)——50代前半でパワフルな女性。
業界では“麗子ママ”と呼ばれ、辣腕ぶりが有名な人物だ。

「初めまして、榊原です。……まぁ、イケメンじゃない! 若いのに、礼儀もなってるのねぇ」

「ありがとうございます。母が、“第一印象は一生の財産”って、よく言ってまして」

 ……出た、また“母”。

 麗子ママは陽翔の“母格言”にめちゃくちゃウケていた。
 「そうそう! うちの息子にも聞かせたいわ~」と爆笑している。

 その横で私は冷ややかに考えていた。

 (これは……計算だな)

 真木陽翔、見た目は天然系・ゆるふわ系だが、その実、かなりの戦略家だ。
 年上の女性を攻略するには、"無害な男の子"という仮面が一番効く。
陽翔はそれを、意識せず使いこなしているように見えて、たぶん完全に自覚してる。

 しかも、ママエピソードを小出しにすることで、「この子ったら、ママ想いで優しいのねぇ」と相手に錯覚させるのだ。
まるで、母性本能を麻痺させるおふくろエフェクト。

 

***

 

 取引は大成功。
 会社に戻る途中、私は歩きながら陽翔に聞いてみた。

「さっきの、“母の格言”シリーズ、全部本当なの?」

「はい。ママ、名言マシンなんで」

「……言ってて恥ずかしくならない?」

「え? なんでですか? 僕にとってママは、人生の師匠ですし」

 師匠って言った、今この子“師匠”って言ったよ!?

「君ね……25歳でママを“師匠”扱いはちょっとアレだよ。普通、大学出たら多少は親離れするもんだよ?」

「えー、でも親って一番信用できるじゃないですか。僕、まだ“親離れ”の必要性感じないんですよね」

「……それは依存って言うんだよ」

「えっ、そうですか?」

 ――でた、この“そうですか?”攻撃。
 無邪気すぎて会話が成り立たない。

 

***

 

 会社に戻ると、社内はやけにざわついていた。
 どうやらまた誰かが「真木くんのLINEをゲットした」とか「休憩時間に話せた」とかで、女子社員たちがざわついているらしい。

 その中で、こっそりPC画面を見ていた新人OLの**森川紗英(もりかわさえ)**が、私を見てふと囁いた。

「主任って、真木さんと親しそうですよね……。羨ましいです」

「え、そんなことないよ。単に上司と部下だから」

「でも……真木さん、主任と話すとき、なんか特別な顔してます」

「……え?」

「他の人には見せない表情……っていうか。ああいう目で見られたら、女なら誰でも落ちちゃうと思います」

「……」

 ――それ、マジで言ってる?

 確かに、陽翔は誰にでも愛想はいい。でも、私にだけ特別な“何か”があるなんて、思ったこともなかった。

 ……いや、でも。
 思い返してみれば、彼はよく私に仕事以外の質問をしてくる。

「黒瀬主任って、料理します?」
「どんな音楽聴くんですか?」
「休みの日って、なにしてるんですか?」

 ただの興味? それとも——

 

 ……ないない。
 私は、彼の“母役”ってだけだ。下手すりゃ代理ママ。

 

 でも、私の中のセンサーがピコンと反応していた。

 (この子、絶対ヤバいやつだ)

 マザコンを隠さずに振る舞える人間には、普通にはない“狂気”がある。
 その無邪気さが逆に怖い。掴みどころがない。底が見えない。

 ――もしかして、これって、恋の始まりじゃなくて、恐怖の始まりじゃないか?

 

***

 

 その夜。
 帰り支度をしていたら、またしても陽翔が私の机にやってきた。

「黒瀬主任。今夜、時間あります?」

「え? ええと……どうして?」

「ママが、今度は唐揚げパーティしようって言ってまして。主任が好きそうだなーって」

「ちょっと待って、私のことどう思ってる?」

「えっ? すごく尊敬してます。安心するし、頼れるし、ママみたいで」

「…………は?」

 私は背筋に寒気を感じた。

 あ、これ、ヤバいやつだ。
 この子、マジで私を**“新ママ候補”**にカウントしてる。

 ――この距離感、完全に家族枠じゃん!

 

 そして私はその夜、あのギャルママから届いたLINEを眺めていた。

📩「あの子の唐揚げスイッチ入れといたよーん♡」
📩「次は主任に“おねだり”しちゃうかもね☆」

 ……ギャルママ、完全にこの状況を楽しんでる。

 

 私は、もう一度決意した。

 この子、育て直すしかない。
 マザコン、更生させてやる。
 たとえそれが、私の人生を狂わせる道でも——!

 

(つづく)
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