私の部下 ~マザコンでしたが、今では恋人で、夫です。

naomikoryo

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第4話 「取引先での陽翔の神対応と、社内女性陣の悲鳴」

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 水曜日、午前十時。
 私は、今日も同じような空気の中にいた。

「真木くーん、お菓子持ってきたんだけど、良かったら食べる?」
「真木くん、昨日の会議、めっちゃ良かったよ~!」
「今度、ランチ一緒に行こうね♡」

 うちの新人、真木陽翔。相変わらず社内モテの中心にいる。
 けれど、それを受けて照れるでもなく、調子に乗るでもなく、極めて冷静に“ありがとう”と返すだけ。
そして、一言。

「僕、お昼は“母”が作ったお弁当があるんで……」

 この「母弁」砲によって、女子社員たちは撃沈していく。
 毎回、それを横目で見ながらコーヒーをすすっている私は、もはや戦地の記者か何かか。

「……ご愁傷さまです」

 小声でつぶやくと、近くにいたOLの一人がちらりと私を見る。

「主任、最近ちょっと冷たくないですか?」

「ん?」

「真木くんのことですよ。なんか、主任だけいつも素っ気ないような……」

 ドキッとした。
 いや、意識してるわけじゃない。
でも、確かに最近、私は陽翔との距離を微妙に測っている。
距離が近すぎると、ママ代行になりそうで怖いし、でも遠すぎても放置したみたいで嫌だ。

 ほんと、あいつの存在そのものが地雷。

 

***

 

 午後は、私と陽翔で外回り。
 今日は、都内の某老舗和菓子メーカーとの新規提携の打ち合わせだ。

「真木くん、先方はちょっと厳しい方らしいから、気を抜かずにね」

「了解です。……ママもそういう時、“背筋伸ばして行け”って言ってました」

「ママママうるさいわ」

 

 訪問先は、築60年以上の和風建築が本社になっている、株式会社芦野屋本舗。
取引相手の代表は、**芦野節子(あしのせつこ)**社長。
60歳手前、バリバリの職人気質で知られる女性だ。

「初めまして、黒瀬と申します。こちらは弊社の営業担当、真木です」

「どうも……真木陽翔です。あの……母が“初対面のご挨拶は三拍子で決まる”って言ってまして、今日はよろしくお願いします。まっすぐ、丁寧に、笑顔で」

「……ふふ。お母さん、いいこと言うじゃない」

 ――え、ウケてる!?

 さっきまで眉間にシワを寄せていた節子社長の表情が、ほんのり緩んだ。
 その後も、陽翔は抜群のコミュ力を発揮していく。

「“おはぎ”って、実は母の大好物なんです。特に、あんこの粒感にこだわるタイプで……」

「それは素敵なお母さんねぇ」

「母曰く、“食べ物には人生が詰まってる”そうです」

「そうそう! 私も“餅米は根性”って思ってるのよ!」

 ――通じ合ってる! ママ魂が!

 気づけば、芦野社長はすっかり陽翔に心を開いていた。
 私が用意した資料を出すまでもなく、契約の話はトントン拍子に進む。

「黒瀬さん、今回はこの子に免じて、うちとやってみるわ。感じが良すぎるもん。……あんたも、えらい子を部下に持ったわね」

「……ええ、ほんとに」

 ――どんな気持ちで今それを言ってるか、分かってくれますか、社長。

 

***

 

 帰社後。

「え、黒瀬主任、また真木くんと契約取ってきたの?」
「えぐ。これで三件連続じゃん。マジエース」
「真木くん、まさかの社長ルートで出世しそう」
「……うちの部署、女子全滅してない?」

 そんな声が社内に飛び交う。
 けれど、ある女子社員がポツリとつぶやいた。

「でもさ……真木くん、私たちには興味なさそうじゃない?」

「え、なんで?」
「だって、いつも“母”の話ばっかだし。しかも、誰かと付き合ってる気配もないし……」
「まさか……マザコン?」

 ——その瞬間、社内の空気が凍りついた。

「え、ガチなの?」
「うそでしょ?」
「いや、たしかに“母が”“母が”ってめっちゃ言ってたわ」

 ざわつく女性陣。完全に情報が拡散されつつある。

 その様子を見て、私は思った。

 (ああ、やっと“呪い”がバレ始めた……)

 少しだけ、ホッとした。
だけどそれと同時に、“呪いが解けても、この子を放っておけるか?”という疑問が胸に浮かんだ。

 その答えは、まだ出ない。

 

***

 

 その夜。

 私は社を出ようとしたところで、陽翔に呼び止められた。

「黒瀬主任」

「なに?」

「……今日は、ありがとうございました」

 きちんと頭を下げてくる陽翔の姿に、私は一瞬、いつもより“年相応”な彼を見た気がした。

「いや、君が頑張ったからでしょ。お母さんに報告しときなよ」

「……はい。ママ、今日のこと、すごく喜ぶと思います」

 ——また“ママ”かよ。

「……でも」

「ん?」

「主任には、なんか……“母”とは違う感じがして。たぶん、ママには話せないことも、主任には話せる気がするんです」

 静かに、穏やかに、そんなことを言われて。

 私は、何も言えなかった。

 

(つづく)
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