7 / 31
第7話 「美月さん、母親ってどうあるべきですか?――爆弾発言」
しおりを挟む
土曜の朝。
いつもの休日なら、だらだらとYouTubeの旅に出て、11時くらいにやっと顔を洗う生活。
でも今日は違った。
リビングのソファでは、真木陽翔がまだ眠っていた。
ブランケットを胸まで引き上げ、うつ伏せに丸まっている。
寝息が静かで、子犬みたいだ。
昨夜は、まさかの告白で私の心臓が不整脈を起こしかけたが、あれ以降、特に深追いもせず「おやすみなさい」と言って眠ったあたり、やっぱり“ママ育ち男子”の良心なのかもしれない。
とはいえ、こっちはずっとモヤモヤしっぱなしだった。
(好きって……あれ、**恋の“好き”**だったよね?)
(それとも、甘えられる対象としての“好き”?)
朝の光が差し込む中、台所でコーヒーを淹れていたら、後ろから柔らかな声がした。
「……おはようございます、主任」
「おはよ。よく眠れた?」
「はい。主任の家、なんか……安心します。実家より静かで、落ち着くかも」
「そりゃどうも。でもうちにはママいないからね?」
「でも、“主任”がいます」
「……」
なにこの二重に気まずい朝会話。
***
朝食は、昨夜の残りとインスタントの味噌汁。
テーブルを挟んで向かい合い、無言でもぐもぐ。
しかし、それは長くは続かなかった。
「……主任。ちょっと聞いていいですか?」
「なに?」
「“母親”って、どうあるべきだと思いますか?」
「……は?」
目が点になるとはこのこと。
朝食の味噌汁を飲み込んだ瞬間に、いきなり“母親観”を問われるこの状況に、私は即座に身構えた。
「な、なにそれ……」
「僕、最近よく考えるんですよ。ママって、僕のことすごく大事にしてくれてるんですけど、たまに“依存されてる側”って気がして」
「……」
「主任を見てると、“母親的だけど依存しない女性”って感じがして。だから……どうしてそんな風にバランス取れるのかなって」
「……あー」
なにそれ。褒められてるのか試されてるのか分からない。
いや、というか、陽翔……もしかして、自分が依存してるって自覚してんのか?
「でもさ、そもそも“母親”って職業じゃないからね」
「はい」
「大人になったら、子どもが自立していくのが普通。でも、子どもの側が“ずっと甘えていたい”って思ってたら、親も引きずられるのよ。……お母さん、ちょっと疲れてるんじゃない?」
「……そうかもしれません」
「あなたも、どこかで線を引くべきなんじゃない?」
「……主任は、僕に“母親離れしろ”って言うんですか?」
低い声。
一瞬、目が据わった。
思わずドキリとしたけれど、私は真正面から彼を見返した。
「うん。言うよ。
だってそれ、あなたが“誰かとちゃんと向き合う”ために、絶対必要なことだから」
陽翔は、箸を置いて、じっと私を見つめた。
まるで何かを図っているかのように。
「……じゃあ主任は、僕が母親を超えるくらい好きな人に出会えたら、僕、ちゃんと変われると思いますか?」
「……そりゃまあ、出会えたらね」
「だったら、主任じゃダメですか?」
「……」
心臓が、また跳ねた。
「主任を見てると、ママみたいに安心するけど、ママに感じない“ドキドキ”があるんです。……それって、もしかして恋なのかなって、最近思ってます」
「……真木くん」
「もし……僕がもっとちゃんとした“大人の男”になったら、主任、僕のこと“男”として見てくれますか?」
その真剣な顔に、私は返す言葉を見失った。
これは、ただの“甘え”じゃない。
確かに、そこに“恋”の芽があるような気がした。
でも――
「……答えは、今すぐ出せない」
「……わかってます。
でも、“ママ”の代わりじゃなくて、“美月さん”にちゃんと好きになってもらえるように、頑張ってみてもいいですか?」
……本当に、何をこの朝から言ってるの、この子は。
けれど私は、なぜか断る言葉を、喉の奥に飲み込んでしまった。
***
昼前、陽翔が玄関で靴を履きながら、こちらを振り返った。
「……主任。今度は、ちゃんとしたデート、誘ってもいいですか?」
「え?」
「ママ公認じゃなくて、自分の意思で。
主任に、“俺が選んだ”って、言えるような誘いを」
「……ま、考えとく」
陽翔はそれで十分だとばかりに笑い、手を振って帰っていった。
ドアが閉まったあと、私はその場に座り込んだ。
(なんなのよ……あの子)
(なんであんな風に、真っ直ぐな目で……)
カップに残ったコーヒーは冷めていて、
私の気持ちだけが、ぽかぽかと、熱かった。
(つづく)
いつもの休日なら、だらだらとYouTubeの旅に出て、11時くらいにやっと顔を洗う生活。
でも今日は違った。
リビングのソファでは、真木陽翔がまだ眠っていた。
ブランケットを胸まで引き上げ、うつ伏せに丸まっている。
寝息が静かで、子犬みたいだ。
昨夜は、まさかの告白で私の心臓が不整脈を起こしかけたが、あれ以降、特に深追いもせず「おやすみなさい」と言って眠ったあたり、やっぱり“ママ育ち男子”の良心なのかもしれない。
とはいえ、こっちはずっとモヤモヤしっぱなしだった。
(好きって……あれ、**恋の“好き”**だったよね?)
(それとも、甘えられる対象としての“好き”?)
朝の光が差し込む中、台所でコーヒーを淹れていたら、後ろから柔らかな声がした。
「……おはようございます、主任」
「おはよ。よく眠れた?」
「はい。主任の家、なんか……安心します。実家より静かで、落ち着くかも」
「そりゃどうも。でもうちにはママいないからね?」
「でも、“主任”がいます」
「……」
なにこの二重に気まずい朝会話。
***
朝食は、昨夜の残りとインスタントの味噌汁。
テーブルを挟んで向かい合い、無言でもぐもぐ。
しかし、それは長くは続かなかった。
「……主任。ちょっと聞いていいですか?」
「なに?」
「“母親”って、どうあるべきだと思いますか?」
「……は?」
目が点になるとはこのこと。
朝食の味噌汁を飲み込んだ瞬間に、いきなり“母親観”を問われるこの状況に、私は即座に身構えた。
「な、なにそれ……」
「僕、最近よく考えるんですよ。ママって、僕のことすごく大事にしてくれてるんですけど、たまに“依存されてる側”って気がして」
「……」
「主任を見てると、“母親的だけど依存しない女性”って感じがして。だから……どうしてそんな風にバランス取れるのかなって」
「……あー」
なにそれ。褒められてるのか試されてるのか分からない。
いや、というか、陽翔……もしかして、自分が依存してるって自覚してんのか?
「でもさ、そもそも“母親”って職業じゃないからね」
「はい」
「大人になったら、子どもが自立していくのが普通。でも、子どもの側が“ずっと甘えていたい”って思ってたら、親も引きずられるのよ。……お母さん、ちょっと疲れてるんじゃない?」
「……そうかもしれません」
「あなたも、どこかで線を引くべきなんじゃない?」
「……主任は、僕に“母親離れしろ”って言うんですか?」
低い声。
一瞬、目が据わった。
思わずドキリとしたけれど、私は真正面から彼を見返した。
「うん。言うよ。
だってそれ、あなたが“誰かとちゃんと向き合う”ために、絶対必要なことだから」
陽翔は、箸を置いて、じっと私を見つめた。
まるで何かを図っているかのように。
「……じゃあ主任は、僕が母親を超えるくらい好きな人に出会えたら、僕、ちゃんと変われると思いますか?」
「……そりゃまあ、出会えたらね」
「だったら、主任じゃダメですか?」
「……」
心臓が、また跳ねた。
「主任を見てると、ママみたいに安心するけど、ママに感じない“ドキドキ”があるんです。……それって、もしかして恋なのかなって、最近思ってます」
「……真木くん」
「もし……僕がもっとちゃんとした“大人の男”になったら、主任、僕のこと“男”として見てくれますか?」
その真剣な顔に、私は返す言葉を見失った。
これは、ただの“甘え”じゃない。
確かに、そこに“恋”の芽があるような気がした。
でも――
「……答えは、今すぐ出せない」
「……わかってます。
でも、“ママ”の代わりじゃなくて、“美月さん”にちゃんと好きになってもらえるように、頑張ってみてもいいですか?」
……本当に、何をこの朝から言ってるの、この子は。
けれど私は、なぜか断る言葉を、喉の奥に飲み込んでしまった。
***
昼前、陽翔が玄関で靴を履きながら、こちらを振り返った。
「……主任。今度は、ちゃんとしたデート、誘ってもいいですか?」
「え?」
「ママ公認じゃなくて、自分の意思で。
主任に、“俺が選んだ”って、言えるような誘いを」
「……ま、考えとく」
陽翔はそれで十分だとばかりに笑い、手を振って帰っていった。
ドアが閉まったあと、私はその場に座り込んだ。
(なんなのよ……あの子)
(なんであんな風に、真っ直ぐな目で……)
カップに残ったコーヒーは冷めていて、
私の気持ちだけが、ぽかぽかと、熱かった。
(つづく)
0
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「結婚したらこっちのもんだ。
絶対に離婚届に判なんて押さないからな」
既婚マウントにキレて勢いで同期の紘希と結婚した純華。
まあ、悪い人ではないし、などと脳天気にかまえていたが。
紘希が我が社の御曹司だと知って、事態は一転!
純華の誰にも言えない事情で、紘希は絶対に結婚してはいけない相手だった。
離婚を申し出るが、紘希は取り合ってくれない。
それどころか紘希に溺愛され、惹かれていく。
このままでは紘希の弱点になる。
わかっているけれど……。
瑞木純華
みずきすみか
28
イベントデザイン部係長
姉御肌で面倒見がいいのが、長所であり弱点
おかげで、いつも多数の仕事を抱えがち
後輩女子からは慕われるが、男性とは縁がない
恋に関しては夢見がち
×
矢崎紘希
やざきひろき
28
営業部課長
一般社員に擬態してるが、会長は母方の祖父で次期社長
サバサバした爽やかくん
実体は押しが強くて粘着質
秘密を抱えたまま、あなたを好きになっていいですか……?
各務課長が「君の時間を十分ください」と言った結果
汐埼ゆたか
恋愛
実花子はカフェで恋人と待ち合わせしているが、彼はなかなか来ない。
あと十分でカフェを出ようとしたところで偶然上司の各務と会う。
各務から出し抜けに「君の時間を十分ください」と言われ、反射的に「はい」と返事をしたら、なぜか恋人役をすることになり――。
*☼*――――――――――*☼*
佐伯 実花子(さえき みかこ) 27歳
文具メーカー『株式会社MAO』企画部勤務
仕事人間で料理は苦手
×
各務 尊(かがみ たける) 30歳
実花子の上司で新人研修時代の指導担当
海外勤務から本社の最年少課長になったエリート
*☼*――――――――――*☼*
『十分』が実花子の運命を思わぬ方向へ変えていく。
――――――――――
※他サイトからの転載
※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
※無断転載禁止。
一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました
由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。
ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。
遠い存在になったはずの彼。
けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。
冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。
苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」
母に紹介され、なにかの間違いだと思った。
だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。
それだけでもかなりな不安案件なのに。
私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。
「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」
なーんて義父になる人が言い出して。
結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。
前途多難な同居生活。
相変わらず専務はなに考えているかわからない。
……かと思えば。
「兄妹ならするだろ、これくらい」
当たり前のように落とされる、額へのキス。
いったい、どうなってんのー!?
三ツ森涼夏
24歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務
背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。
小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。
たまにその頑張りが空回りすることも?
恋愛、苦手というより、嫌い。
淋しい、をちゃんと言えずにきた人。
×
八雲仁
30歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』専務
背が高く、眼鏡のイケメン。
ただし、いつも無表情。
集中すると周りが見えなくなる。
そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。
小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。
ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!?
*****
千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』
*****
表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる