先輩、それ絶対わざとじゃないですよね!?

naomikoryo

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第6話「かき乱す、文化祭」

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夏の空気が少しずつ秋に変わりはじめた頃。
校内は文化祭の準備に追われて、いつにも増してざわついていた。

 

教室、廊下、体育館、どこを歩いても誰かがハサミを持ち、ガムテープを持ち、笑っている。

 

サッカー部は模擬店担当になった。
定番の焼きそばを販売することになり、部員たちはそれなりにやる気を出している。

 

柚葉も、マネージャー業の傍ら、準備の補助をしていた。
そんななか、気になる出来事が起きたのは、準備三日目の放課後のことだった。

 

「風間先輩、あの飾りもうちょっと右で!」
「これ、どこに貼ればいいですか~?」

 

教室の窓際。
部員たちの作業の中心にいたのは、やはりキャプテンである風間だった。

誰にでも平等に、優しく声をかけ、手を動かす彼は、普段以上に“頼れる先輩”の雰囲気を纏っていた。

 

柚葉は、飲み物の買い出しメモを片手にその様子を眺めていた。
が、ある一人の女子部員の存在が目についた。

 

「風間先輩~、この蝶々の飾り見てくださいよ。めっちゃ可愛くないですか?」

 

「ほんとだ。すごい器用ですね。これ作ったんですか?」

 

「はい~。えへへ、先輩に褒められた~。」

 

風間は悪気なく、にこにこしながら返事をしていた。

その女子は、先輩の腕にわざとらしく近づいて会話を続けていた。

 

(……うわ……。)

 

嫌だった。

別に、風間先輩が悪いわけじゃない。
誰にでも優しいのは、ずっと前から知っている。
その人柄を尊敬しているし、惹かれているのも事実だった。

 

だけど。
今、自分が立っている場所と、その子がいる場所の違いが、妙にはっきりと見えてしまった。

 

「……柚葉、どうした?
 水、こぼれそうだぞ。」

 

肩を軽く叩かれ、我に返ると、風間がこちらを見ていた。
目が合った。

優しい、いつもと変わらない目。
でも、どうしてか。

その目に安心できない自分がいた。

 

「……いえ。なんでもないです。」

 

「……?」

 

風間は不思議そうな顔をしながらも、それ以上は何も言わなかった。

柚葉はその背中を見送りながら、胸の奥に、じんとした痛みが広がるのを感じていた。

 

(自分が何を感じてるのか、わかってる。
 でも、こんなことでモヤモヤするなんて。
 好きとか、そういうのじゃない……はず、なのに。)

 



 

その日の夜。
柚葉は真帆とファミレスで文化祭の話をしていた。

 

「で?その女子部員にちょっとムッときたんでしょ?」

 

「別にムッとは……。
 ちょっとだけ……目についただけ……。」

 

「それ、完全に焼きもちだよ。」

 

「……違うって。」

 

「違くないって。
 だってさ、あんた、風間先輩と話してるとき、声のトーン変わってるよ。
 気づいてないかもしれないけど、笑い方も柔らかくなる。」

 

「……うそ……。」

 

「マジ。
 てか、先輩の方もさ、ちょっとあんたにだけ甘くない?」

 

「え……。」

 

「ほら、他の子が“先輩~♡”って来たときって、ちょっと一歩引くじゃん。
 でも、柚葉にはずっとそのまんまって感じ。」

 

その言葉が、妙に胸に引っかかった。

自分だけに向けられているような態度。
もしそれが本当なら――
そう思った瞬間、胸が高鳴る。

 

(だめ。期待しちゃだめ。)

 

柚葉は、手元のコップの水を一気に飲み干した。

 

「でも……もし、先輩に他に好きな人がいたら、やっぱり嫌だな……。」

 

「それ、もう好きって言ってるようなもんじゃん。」

 

真帆がニヤリと笑う。

それを否定できない自分がいた。

 



 

文化祭当日。
焼きそばの屋台は朝から大盛況だった。

風間はというと、リーダーとして焼き場を仕切っていた。

熱気のなか、手際よく鉄板を操りながらも、誰かに話しかけられれば自然に笑い返す。
その姿は、まるで主人公のようだった。

 

(やっぱり、かっこいいな……。)

 

柚葉は、釣り銭の管理をしながら、ふと目を細めた。

そのとき。

 

「風間先輩!これ、あーん♡」

 

例の女子部員が、焼きそばを箸に取り、風間の口元へ突き出した。

 

「えっ?」
「ほら~、口開けて~」

 

風間は戸惑いながらも、断りきれずにひとくちだけ受け取った。

 

「おいしい!ありがとうございます。」

 

その瞬間。

柚葉の胸に、熱いものが湧き上がった。

自分でも驚くほど、ぐつぐつと、煮えたぎる感情。

焼きそばの湯気よりも熱くて、苦くて、泣きたくなるほどの気持ち。

 

(……もう、やだ。
 こんなふうに、ぐちゃぐちゃになるの。)

 

けれど、それを表に出すわけにはいかなかった。

私はマネージャー。
表情を崩すわけにはいかない。
そう言い聞かせて、唇を噛んだ。

 

「柚葉さん、ちょっといいですか?」

 

その声に振り返ると、風間がすぐ目の前にいた。

 

「買い出し、お願いしていいですか?
 たぶん15分くらいで戻れると思うんですけど。」

 

「……はい、わかりました。」

 

ぎこちなく答える自分に気づいて、余計に苦しくなった。

 

風間は、なにか言いたそうにしていた。
けれど、それ以上何も言わずに、後ろを振り返っていった。

その背中を見送りながら、柚葉はつぶやいた。

 

「もう……わかんないよ、先輩……。」

 



 

文化祭の夕方。
人混みが少しずつ引き始め、屋台の片付けが進むなか。

柚葉はずっと、風間と目を合わせられなかった。

けれど、心の奥でたしかに思っていた。

 

(あんなの、嫌に決まってる。
 誰かに、あーんされるのなんて、見たくなかった。
 ――だって、私が……)

 

胸の奥で、まだ名前のない感情がくすぶっていた。

それはたぶん、
この文化祭というイベントでは、整理しきれないものだった。
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