先輩、それ絶対わざとじゃないですよね!?

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奏翔編・第5話 「奏翔の初ケンカ」

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その日は、少し風が強かった。
空は明るくて、気温も過ごしやすい。
でも、奏翔の胸の中は、妙にざわざわしていた。

 

(なんで……あんな言い方、しちゃったんだろう)

 

それは、昼休みの出来事だった。

 

教室で、クラスメートの男の子・りくとくんが、
提出するプリントに落書きをして笑っていた。
「見て見て~!“国語”の“国”がスライムに見える!」
「わはは、顔描いたらマジでモンスターだわ!」

周りの男子たちは笑っていた。
でも、奏翔には――それが、なんだか落ち着かなく見えた。

 

「それ、先生に出すんでしょ?
 ふざけるの、やめたほうがいいよ」

 

その一言が、始まりだった。

 

「……は?なに、真面目かよ」

 

「真面目って、そんな悪いこと?」

 

「別にいいじゃん。誰も困ってないし。
 “先生に出すもの”とか、そんなガチガチ言うなよ」

 

その時、奏翔の中の何かが、弾けた。

 

「そういうの、
 “ふざける自由”って言わないよ。
 ただ“バカにしてるだけ”でしょ」

 

言い終わった瞬間、空気が変わった。
りくとくんの顔が、真っ赤になった。

 

「……は?
 じゃあ、もうお前とはしゃべんねーわ」

 

そう言い残して、プリントをぐしゃっと丸め、席を立った。

 

―― あ。言いすぎた。

 

でも、その時は謝れなかった。
「間違ってない」と思う自分もいた。
「僕は、正しいことを言っただけだ」と。

 

(でも……あれじゃあ、ただ“突き放した”だけじゃん)

 

放課後。
ランドセルを背負って歩く道。
風が、少し肌寒く感じるのは、気温のせいじゃなかった。

 

***

 

家に帰ると、柚葉が出迎えた。

 

「おかえり~。……ん?なんか、顔、暗い?」

 

奏翔は、靴を脱ぐ手を止めたまま、ぽつりと呟いた。

 

「今日、友達とケンカした」

 

「そっか。……話してくれる?」

 

そう聞かれたとき、彼は少しだけ躊躇したけれど、
全部話した。
昼休みにあったこと、言ったこと、言われたこと、そして後悔してること。

 

話し終えると、柚葉は少し考えてから言った。

 

「奏翔が言ったことは、間違ってないと思う。
 でも――たぶん、“言い方”が冷たかったのかもね」

 

「……そう、思う」

 

「正しいことでも、
 言い方を間違えると、
 相手には“怒られてる”って感じちゃうんだよ」

 

柚葉は続けた。

 

「私もね、お父さんに何度も“言い方”で怒られたよ」

 

「……父上には“言われ方”という概念がない気がする」

 

「それな……(遠い目)」

 

「でもね、奏翔。
 もし“悪気はなかった”って思うなら、
 それ、ちゃんと伝えてみたら?」

 

「……“謝る”ってこと?」

 

「うん。謝るって、
 “悪かったです”って意味だけじゃなくて、
 “仲直りしたいです”って気持ちも込められるんだよ」

 

それを聞いた奏翔は、しばらく黙って考えて、静かに言った。

 

「……明日、ちゃんと話してみる」

 

***

 

翌朝、学校。

 

奏翔は、教室の前で立ち止まった。
りくとくんは、すでに席についていて、筆箱の中身を並べている。

 

(いま言わないと、また言えなくなる)

 

勇気を出して、一歩踏み出す。

 

「……りくとくん」

 

りくとは、顔を上げた。
少し、警戒したような目。

 

「昨日、言い過ぎてごめん。
 プリントのこと、悪ふざけって思っちゃって。
 でも、言い方がきつかった。……ごめん」

 

りくとは黙っていた。
でも、視線は外さなかった。

 

数秒後、彼は小さく呟いた。

 

「……俺も、ごめん。
 ふざけすぎたのは、ちょっと自覚あった」

 

その言葉に、奏翔はようやく肩の力を抜いた。

 

「じゃあさ、今日の算数、ノート交換しようよ。
 わからないとこ、あったらお互い書いてさ」

 

「……いいよ。お前、字きれいだし」

 

「母上が習字にうるさいんだ」

 

二人の会話が、少しだけ笑い混じりになる。
その瞬間、クラスの空気が柔らかくなった。

 

***

 

家に帰ると、
リビングでは晴翔が筋トレ中だった。

 

「よっしゃー!腕立て300回いったぁぁぁ!!」

 

「父上、回数より“音量”が心配です」

 

柚葉「おかえり、奏翔。今日はどうだった?」

 

「うん。ちゃんと謝れた。仲直りできた」

 

柚葉はにっこり笑って、ハイタッチを差し出した。

 

「それが一番、えらいことだと思うよ」

 

パチン、と小さな手と大きな手が合わさる音が、
家の中に優しく響いた。

 

(“正しい”より、“伝える勇気”。
 それが、優しさになるときもある)

 

奏翔は、その日学んだことを胸に刻みながら、
明日もまた、ランドセルを背負うのだった。
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