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第六話:ラスト・イルミネーション
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夜の遊園地には、人の気配がまばらだった。
冬の冷たい風が、観覧車の鉄骨を震わせるように鳴いている。
目の前に広がる光の海――最後のイルミネーション。閉園が決まったこの遊園地では、今夜が本当に“最後の夜”だった。
私はスマートフォンの画面を見下ろして、深呼吸した。
「……来るわけないか」
そうつぶやいたそのとき、背後から声がした。
「……久しぶり」
振り向くと、そこにいたのは、**直哉(なおや)**だった。
黒いコートを着て、首元には以前私がプレゼントしたマフラーが巻かれていた。冬の空気に白く浮かぶ吐息と、あの日の記憶が重なる。
「……ほんとに、来たんだ」
「来るって言っただろ。約束は、まだ守れると思ってる」
その言葉に、胸の奥が少し痛んだ。
あれから一年。私たちは、恋人ではなくなった。
別れの理由は、はっきりとは覚えていない。
就職活動、価値観の違い、小さなすれ違い……それらが積み重なって、ある日ふたりは自然と「別れる」という選択をした。
泣かなかった。引き止めなかった。だけど、そのあと何度も、直哉のことを思い出した。
笑い方も、手の温度も、私のことを見てくれていたまなざしも。
忘れようと思えば思うほど、鮮やかに蘇った。
――そして今日。
一年前、直哉と最後に訪れたこの遊園地が、閉園するというニュースを偶然見つけた。
衝動的に送った、短いメッセージ。
「もし時間があったら、最後のイルミネーション、一緒に見ない?」
既読がついたまま、返信はなかった。けれど、こうして彼は来てくれた。
ふたりで並んで、観覧車を見上げる。
光がゆっくりと動き、空の中に浮かんでいく。
「……最後に乗ったのも、ここだったよね」
「ああ。あのとき、すげえ寒かったな」
「それは今もだけど」
ふたりして笑った。
こんなふうに笑い合うのは、何ヶ月ぶりだろう。
「観覧車、乗らない?」
「……いいの?」
「うん。最後に、もう一度くらいなら」
カゴの中は、ほんのり暖かかった。
ゆっくりと浮かび上がる光景を、ふたりは無言で眺めていた。
直哉が先に、口を開いた。
「……あのとき、ちゃんと話せてたらなって、何度も思ったよ」
「私も。ごめんね。うまく伝えられなかった。いつも、直哉が察してくれるのに甘えてた」
「いや……俺の方こそ。勝手に強がって、何でも一人でやろうとしてた」
互いの言葉が、冬の夜に溶けていく。
ここで何かを“やり直す”ことはできない。だけど、伝えることはできる。
「……もう新しい彼女とか、できた?」
私が冗談めかして訊くと、直哉は少し驚いてから首を振った。
「できてない。っていうか、作れなかった。……まだ、お前のこと引きずってたから」
「……ずるいな、それ」
私は少しだけ笑って、窓の外を見た。
遊園地の端に、小さなツリーが見える。白と青のイルミネーションが、静かに瞬いていた。
「私も……忘れられなかった。どこかで、また偶然会えたらって、ずっと思ってた」
直哉は、ゆっくりと私の方を向いた。
「偶然じゃなくても、会いに行けばよかったんだよな」
私は頷いた。
カゴが最上部に差しかかる。夜景がすべての光を吸い込み、そして煌めかせる場所。
そこは、願い事が一番届きそうな、高さだった。
「……また、付き合ってほしいなんて、今さら言えないけど」
「……言ってみたら?」
少しの沈黙のあと、直哉が言った。
「また付き合ってください。……今度は、ちゃんと向き合いたい」
私は、まっすぐに彼の目を見つめて、笑った。
「……もう、遅いって思ってた。でも、そう言ってくれて嬉しい」
「じゃあ、いいってこと?」
「……うん。いいよ。今度こそ、ちゃんと」
観覧車が地上に戻ると、アナウンスが流れた。
「まもなく、ラスト・イルミネーションが始まります」
ふたりは広場の真ん中まで戻り、灯りが消え、音楽とともに最後の光が舞い始めるのを見守った。
雪が、静かに降り始めた。
無数の光と雪の粒が、夜空に踊る。
最後の夜。最後の瞬間。けれど、ここから何かが始まるような、そんな気がしていた。
手を、そっと握る。彼の手は、変わらずあたたかかった。
終わる場所で、もう一度始まる恋がある。
ラスト・イルミネーションは、ふたりに新しい冬を照らしていた。
冬の冷たい風が、観覧車の鉄骨を震わせるように鳴いている。
目の前に広がる光の海――最後のイルミネーション。閉園が決まったこの遊園地では、今夜が本当に“最後の夜”だった。
私はスマートフォンの画面を見下ろして、深呼吸した。
「……来るわけないか」
そうつぶやいたそのとき、背後から声がした。
「……久しぶり」
振り向くと、そこにいたのは、**直哉(なおや)**だった。
黒いコートを着て、首元には以前私がプレゼントしたマフラーが巻かれていた。冬の空気に白く浮かぶ吐息と、あの日の記憶が重なる。
「……ほんとに、来たんだ」
「来るって言っただろ。約束は、まだ守れると思ってる」
その言葉に、胸の奥が少し痛んだ。
あれから一年。私たちは、恋人ではなくなった。
別れの理由は、はっきりとは覚えていない。
就職活動、価値観の違い、小さなすれ違い……それらが積み重なって、ある日ふたりは自然と「別れる」という選択をした。
泣かなかった。引き止めなかった。だけど、そのあと何度も、直哉のことを思い出した。
笑い方も、手の温度も、私のことを見てくれていたまなざしも。
忘れようと思えば思うほど、鮮やかに蘇った。
――そして今日。
一年前、直哉と最後に訪れたこの遊園地が、閉園するというニュースを偶然見つけた。
衝動的に送った、短いメッセージ。
「もし時間があったら、最後のイルミネーション、一緒に見ない?」
既読がついたまま、返信はなかった。けれど、こうして彼は来てくれた。
ふたりで並んで、観覧車を見上げる。
光がゆっくりと動き、空の中に浮かんでいく。
「……最後に乗ったのも、ここだったよね」
「ああ。あのとき、すげえ寒かったな」
「それは今もだけど」
ふたりして笑った。
こんなふうに笑い合うのは、何ヶ月ぶりだろう。
「観覧車、乗らない?」
「……いいの?」
「うん。最後に、もう一度くらいなら」
カゴの中は、ほんのり暖かかった。
ゆっくりと浮かび上がる光景を、ふたりは無言で眺めていた。
直哉が先に、口を開いた。
「……あのとき、ちゃんと話せてたらなって、何度も思ったよ」
「私も。ごめんね。うまく伝えられなかった。いつも、直哉が察してくれるのに甘えてた」
「いや……俺の方こそ。勝手に強がって、何でも一人でやろうとしてた」
互いの言葉が、冬の夜に溶けていく。
ここで何かを“やり直す”ことはできない。だけど、伝えることはできる。
「……もう新しい彼女とか、できた?」
私が冗談めかして訊くと、直哉は少し驚いてから首を振った。
「できてない。っていうか、作れなかった。……まだ、お前のこと引きずってたから」
「……ずるいな、それ」
私は少しだけ笑って、窓の外を見た。
遊園地の端に、小さなツリーが見える。白と青のイルミネーションが、静かに瞬いていた。
「私も……忘れられなかった。どこかで、また偶然会えたらって、ずっと思ってた」
直哉は、ゆっくりと私の方を向いた。
「偶然じゃなくても、会いに行けばよかったんだよな」
私は頷いた。
カゴが最上部に差しかかる。夜景がすべての光を吸い込み、そして煌めかせる場所。
そこは、願い事が一番届きそうな、高さだった。
「……また、付き合ってほしいなんて、今さら言えないけど」
「……言ってみたら?」
少しの沈黙のあと、直哉が言った。
「また付き合ってください。……今度は、ちゃんと向き合いたい」
私は、まっすぐに彼の目を見つめて、笑った。
「……もう、遅いって思ってた。でも、そう言ってくれて嬉しい」
「じゃあ、いいってこと?」
「……うん。いいよ。今度こそ、ちゃんと」
観覧車が地上に戻ると、アナウンスが流れた。
「まもなく、ラスト・イルミネーションが始まります」
ふたりは広場の真ん中まで戻り、灯りが消え、音楽とともに最後の光が舞い始めるのを見守った。
雪が、静かに降り始めた。
無数の光と雪の粒が、夜空に踊る。
最後の夜。最後の瞬間。けれど、ここから何かが始まるような、そんな気がしていた。
手を、そっと握る。彼の手は、変わらずあたたかかった。
終わる場所で、もう一度始まる恋がある。
ラスト・イルミネーションは、ふたりに新しい冬を照らしていた。
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