窓際の彼女と、ポンコツ神様

naomikoryo

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第3話:『福の神ストライク!』

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激辛カレーせんべいブームは、地元ケーブルテレビという小さな追い風を受け、奇妙な熱気を帯び始めていた。
物珍しさから、隣町、またその隣町からと、噂を聞きつけた客がぽつりぽつりと「ふくや」を訪れるようになったのだ。

「へぇ、ここがあの神様がいるっていう……」
「意外と普通の駄菓子屋ね」

しかし、店の売上自体は、驚くほど伸び悩んでいた。
せんべいだけを大量に買っていく客。
店の前で車をこすり、それどころではなくなって帰る客。
買ったせんべいの袋を、店を出た瞬間にぶちまけて、カラスに全部持っていかれる客。

福永こがねは、日々の売上と、店周辺で起こる不運報告を帳簿につけながら、首を捻っていた。

「せんべいの売上はプラス。でも、客が支払う修理代や慰謝料を考えると、町全体の幸福度はマイナス……これって、プラマイ、ちょいプラ……なのか?」

複雑な計算に、こがねは溜息をつく。
その原因が、ソファで漫画を読みながらコーラを飲んでいる銀髪の美青年にあることは、言うまでもない。

そんなある日の昼下がり。
店の前に、場違いなほど静かに一台の黒塗りの高級車が停まった。
埃っぽい商店街には、あまりに不釣り合いな光沢を放つその車から、一人の青年が降り立つ。

光り輝くような、計算されつくした無造作ヘアの金髪。
イタリア製の高級ブランドで仕立てた、寸分の狂いもない白のスーツ。
歩くたびに、爽やかなシトラス系の香水が風に乗って店先まで届く。
少女漫画から抜け出してきた王子様、あるいはトップホスト。
そんな陳腐な言葉しか思い浮かばないほど、青年は完璧な好男子だった。

彼が店のガラス戸を開けた瞬間、ちりん、とドアベルが祝福のファンファーレのように高らかに鳴り響いた。

「こんにちは。こちらに、〝澱み〟の根源があると聞いて参りました」

にこり、と効果音がつきそうな笑顔で、青年は言った。
その視線は、こがねを通り越し、ソファでポテチを齧っている薄氷へと真っ直ぐに注がれている。

「……誰だ、貴様は。眩しい。目がチカチカする」

薄氷は、漫画雑誌から顔も上げず、心底迷惑そうに呟いた。

青年の完璧な笑顔が、ぴしりと微かに凍り付く。
「私は、この町一帯の神域を管理する、恵比寿 光(えびす ひかる)と申します。……あなたのような低級の貧乏神が、この清浄な地に災厄を振りまくことは許されません。速やかに、元いた暗い祠へお戻りなさい」

その言葉に、こがねは息を呑んだ。
恵比寿 光。
その名前は、この町で知らぬ者はいない。
町で一番大きな「大願成就神社」の跡取り息子。
眉目秀麗、成績優秀、スポーツ万能。
町の奥様方のアイドルであり、まさに光の化身のような男。
その彼が、高位の「福の神」だったとは。

光の放つキラキラの幸運オーラと、薄氷の澱んだ不運オーラが、こがねには見えない店の中で、バチバチと火花を散らしている。
空気が、やけに乾燥して張り詰めていくのが肌で分かった。

◆◇◆

恵比寿 光が店に足を踏み入れてから、店内、いや、商店街全体で、奇妙な現象が頻発し始めた。

まず、こがねが先日、軽い気持ちで買っておいた宝くじが、テレビのニュース速報で「一等三億円、この町の宝くじ売り場から当籤者!」と報じられた。
こがねは震える手で宝くじを確認する。
番号が、一致している。

「さ、三億円……!?」

人生大逆転。
しかし、こがねが歓喜の声を上げた瞬間、店のドアが開いた勢いで吹き込んだ風が、その宝くじをひらりとさらい、一直線に店の前のドブへと吸い込んでいった。

次に、昨日完全に沈黙したはずの冷蔵庫が、ぶおん、と突如として唸り声を上げて復活した。
「おお、私の福の力で、壊れた電化製品も直ったようですね!」
光がにこやかに言った直後、冷蔵庫はフルパワーで稼働し始め、バン!バン!と鈍い破裂音を立てた。
中のジュースや牛乳が、凍って膨張し、すべて容器が破裂してしまったのだ。

極めつけは、店の向かいの福引会場だった。
ガラポンを回せば、カランカランと一等の温泉旅行券が立て続けに出る。
しかし、当選したおじいさんは、喜んで飛び上がった瞬間にぎっくり腰になり、救急車で運ばれた。
次のおばあさんは、当選の電話を家族にかけたところ、孫が熱を出したと知らされ、旅行を泣く泣くキャンセルした。

幸運と不運が、高速で殴り合っている。
商店街は、「幸運だけど、なぜか誰も幸せにならない」という、かつてない奇妙なパニックに陥っていた。

「いい加減にしなさいよっ!」

ついに、こがねの堪忍袋の緒が切れた。
彼女は、光と薄氷の間に、割って入るように仁王立ちした。

「あなたが来てから、うちの店も町もめちゃくちゃよ! あんたのせいで、うちの神様が迷惑してるんですけど!」

言った後で、こがねは「しまった」と思った。
「うちの神様」
まるで、あのグータラな貧乏神の所有権を主張するような物言い。

案の定、光は完璧な眉を驚きに上げて、こがねを見つめた。
「……うちの、神様? あなた、正気ですか? 彼が何であるか、分かっているのですか」
「わ、分かってるわよ! ぐうたらで、ポテチ好きで、すぐ寝るけど……! それでも、あんたが来てからの方がよっぽど厄介よ!」

人間が、貧乏神を庇う。
その前代未聞の光景に、恵比寿 光は一瞬、言葉を失った。
そして、張り詰めていた幸運オーラが、ふっと和らぐ。

「……面白い。実に、面白いですね、あなたという人間は」

光は、ふっと息を吐くと、優雅な仕草で一礼した。
「分かりました。今日のところは、一旦引きましょう。ですが、私は諦めません。必ず、彼を然るべき場所へお返しに来ますから。ごきげんよう」

そう言い残し、光は爽やかに店を去っていく。
まさに、嵐のような男だった。
彼が乗り込もうとした黒塗りの高級車のタイヤが、ぺしゃんこにパンクしていることに気づき、その爽やかな笑顔がみるみるうちに般若のような形相に変わるのを、こがねは店の窓から、ただ呆然と見ていた。

「……なんなのよ、もう……」

嵐が去った店の中で、こがねはカウンターに突っ伏した。
疲労困憊だ。ふと視線を向けると、薄氷は、いつの間にか新しい袋のポテチを開けながら、こちらを見ていた。

「ご苦労だったな、依り代よ」
「誰のせいだと……。あんた、とんでもないのに目ぇつけられたわよ」

すると、薄氷は、初めて見せる種類の笑みを、その美しい唇に浮かべた。
それは、いつもの気怠げなものでも、子供に向ける呆れたものでもない。
好敵手を見つけたかのような、不敵な笑みだった。

「知らぬ。だが……久々に、骨のある福の神だったな」

その表情に、こがねはぞくりと背筋が震えるのを感じた。
自分は、とんでもない神様同士の、面倒極まりない縄張り争いに巻き込まれてしまったのではないか。
新たな厄介事の、あまりにも壮大な予感に、こがねはただただ、深く頭を抱えるしかなかった。
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