窓際の彼女と、ポンコツ神様

naomikoryo

文字の大きさ
3 / 6

第3話:『福の神ストライク!』

しおりを挟む
激辛カレーせんべいブームは、地元ケーブルテレビという小さな追い風を受け、奇妙な熱気を帯び始めていた。
物珍しさから、隣町、またその隣町からと、噂を聞きつけた客がぽつりぽつりと「ふくや」を訪れるようになったのだ。

「へぇ、ここがあの神様がいるっていう……」
「意外と普通の駄菓子屋ね」

しかし、店の売上自体は、驚くほど伸び悩んでいた。
せんべいだけを大量に買っていく客。
店の前で車をこすり、それどころではなくなって帰る客。
買ったせんべいの袋を、店を出た瞬間にぶちまけて、カラスに全部持っていかれる客。

福永こがねは、日々の売上と、店周辺で起こる不運報告を帳簿につけながら、首を捻っていた。

「せんべいの売上はプラス。でも、客が支払う修理代や慰謝料を考えると、町全体の幸福度はマイナス……これって、プラマイ、ちょいプラ……なのか?」

複雑な計算に、こがねは溜息をつく。
その原因が、ソファで漫画を読みながらコーラを飲んでいる銀髪の美青年にあることは、言うまでもない。

そんなある日の昼下がり。
店の前に、場違いなほど静かに一台の黒塗りの高級車が停まった。
埃っぽい商店街には、あまりに不釣り合いな光沢を放つその車から、一人の青年が降り立つ。

光り輝くような、計算されつくした無造作ヘアの金髪。
イタリア製の高級ブランドで仕立てた、寸分の狂いもない白のスーツ。
歩くたびに、爽やかなシトラス系の香水が風に乗って店先まで届く。
少女漫画から抜け出してきた王子様、あるいはトップホスト。
そんな陳腐な言葉しか思い浮かばないほど、青年は完璧な好男子だった。

彼が店のガラス戸を開けた瞬間、ちりん、とドアベルが祝福のファンファーレのように高らかに鳴り響いた。

「こんにちは。こちらに、〝澱み〟の根源があると聞いて参りました」

にこり、と効果音がつきそうな笑顔で、青年は言った。
その視線は、こがねを通り越し、ソファでポテチを齧っている薄氷へと真っ直ぐに注がれている。

「……誰だ、貴様は。眩しい。目がチカチカする」

薄氷は、漫画雑誌から顔も上げず、心底迷惑そうに呟いた。

青年の完璧な笑顔が、ぴしりと微かに凍り付く。
「私は、この町一帯の神域を管理する、恵比寿 光(えびす ひかる)と申します。……あなたのような低級の貧乏神が、この清浄な地に災厄を振りまくことは許されません。速やかに、元いた暗い祠へお戻りなさい」

その言葉に、こがねは息を呑んだ。
恵比寿 光。
その名前は、この町で知らぬ者はいない。
町で一番大きな「大願成就神社」の跡取り息子。
眉目秀麗、成績優秀、スポーツ万能。
町の奥様方のアイドルであり、まさに光の化身のような男。
その彼が、高位の「福の神」だったとは。

光の放つキラキラの幸運オーラと、薄氷の澱んだ不運オーラが、こがねには見えない店の中で、バチバチと火花を散らしている。
空気が、やけに乾燥して張り詰めていくのが肌で分かった。

◆◇◆

恵比寿 光が店に足を踏み入れてから、店内、いや、商店街全体で、奇妙な現象が頻発し始めた。

まず、こがねが先日、軽い気持ちで買っておいた宝くじが、テレビのニュース速報で「一等三億円、この町の宝くじ売り場から当籤者!」と報じられた。
こがねは震える手で宝くじを確認する。
番号が、一致している。

「さ、三億円……!?」

人生大逆転。
しかし、こがねが歓喜の声を上げた瞬間、店のドアが開いた勢いで吹き込んだ風が、その宝くじをひらりとさらい、一直線に店の前のドブへと吸い込んでいった。

次に、昨日完全に沈黙したはずの冷蔵庫が、ぶおん、と突如として唸り声を上げて復活した。
「おお、私の福の力で、壊れた電化製品も直ったようですね!」
光がにこやかに言った直後、冷蔵庫はフルパワーで稼働し始め、バン!バン!と鈍い破裂音を立てた。
中のジュースや牛乳が、凍って膨張し、すべて容器が破裂してしまったのだ。

極めつけは、店の向かいの福引会場だった。
ガラポンを回せば、カランカランと一等の温泉旅行券が立て続けに出る。
しかし、当選したおじいさんは、喜んで飛び上がった瞬間にぎっくり腰になり、救急車で運ばれた。
次のおばあさんは、当選の電話を家族にかけたところ、孫が熱を出したと知らされ、旅行を泣く泣くキャンセルした。

幸運と不運が、高速で殴り合っている。
商店街は、「幸運だけど、なぜか誰も幸せにならない」という、かつてない奇妙なパニックに陥っていた。

「いい加減にしなさいよっ!」

ついに、こがねの堪忍袋の緒が切れた。
彼女は、光と薄氷の間に、割って入るように仁王立ちした。

「あなたが来てから、うちの店も町もめちゃくちゃよ! あんたのせいで、うちの神様が迷惑してるんですけど!」

言った後で、こがねは「しまった」と思った。
「うちの神様」
まるで、あのグータラな貧乏神の所有権を主張するような物言い。

案の定、光は完璧な眉を驚きに上げて、こがねを見つめた。
「……うちの、神様? あなた、正気ですか? 彼が何であるか、分かっているのですか」
「わ、分かってるわよ! ぐうたらで、ポテチ好きで、すぐ寝るけど……! それでも、あんたが来てからの方がよっぽど厄介よ!」

人間が、貧乏神を庇う。
その前代未聞の光景に、恵比寿 光は一瞬、言葉を失った。
そして、張り詰めていた幸運オーラが、ふっと和らぐ。

「……面白い。実に、面白いですね、あなたという人間は」

光は、ふっと息を吐くと、優雅な仕草で一礼した。
「分かりました。今日のところは、一旦引きましょう。ですが、私は諦めません。必ず、彼を然るべき場所へお返しに来ますから。ごきげんよう」

そう言い残し、光は爽やかに店を去っていく。
まさに、嵐のような男だった。
彼が乗り込もうとした黒塗りの高級車のタイヤが、ぺしゃんこにパンクしていることに気づき、その爽やかな笑顔がみるみるうちに般若のような形相に変わるのを、こがねは店の窓から、ただ呆然と見ていた。

「……なんなのよ、もう……」

嵐が去った店の中で、こがねはカウンターに突っ伏した。
疲労困憊だ。ふと視線を向けると、薄氷は、いつの間にか新しい袋のポテチを開けながら、こちらを見ていた。

「ご苦労だったな、依り代よ」
「誰のせいだと……。あんた、とんでもないのに目ぇつけられたわよ」

すると、薄氷は、初めて見せる種類の笑みを、その美しい唇に浮かべた。
それは、いつもの気怠げなものでも、子供に向ける呆れたものでもない。
好敵手を見つけたかのような、不敵な笑みだった。

「知らぬ。だが……久々に、骨のある福の神だったな」

その表情に、こがねはぞくりと背筋が震えるのを感じた。
自分は、とんでもない神様同士の、面倒極まりない縄張り争いに巻き込まれてしまったのではないか。
新たな厄介事の、あまりにも壮大な予感に、こがねはただただ、深く頭を抱えるしかなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

処理中です...