窓際の彼女と、ポンコツ神様

naomikoryo

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第7話:『さがしものは、駄菓子屋に』

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薄氷が消えて、三日が経った。
がらん、と静まり返った駄菓子屋「ふくや」は、まるで町の縮図のようだった。
店の主である疫病神は、薄氷がいつも座っていたソファに陣取り、町の不幸を啜って、ひひ、と満足げに喉を鳴らしている。
彼の振りまく厄災のせいで、店の駄菓子は湿気り、床には黴が生え始め、もはや人間の入れる場所ではなくなっていた。

福永こがねは、店の奥の居住スペースに引きこもり、膝を抱えていた。
手の中には、薄氷が残していった、厚切りポテトチップスの袋の切れ端。
それが、彼がここにいた、唯一の証のようだった。

胸にぽっかりと穴が空いている。
あの気怠げな声が聞こえない。
勝手にポテチを開ける音も、漫画のページをめくる音もしない。
静かだ。あまりに静かで、息が詰まる。

彼がいた日々は、確かにトラブルの連続だった。
金はなくなるし、物は壊れる。
福の神まで乗り込んできて、毎日が嵐のようだった。

でも、楽しかった。
寂れた店に、子供たちの笑い声が戻ってきた。
何をやってもうまくいかないと腐っていた自分の毎日が、予想もつかない出来事で彩られて、忙しくて、腹が立って、そして、たくさん笑った。

貧乏神の力は、確かに不運を呼ぶ。
でも、彼の存在そのものが、この店に、そしてこがねの心に、光を連れてきていたのだ。
今になって、ようやく気づく。

「……ただ、会いたい」

ぽつりと、本音が漏れた。
理屈じゃない。
理由もない。
ただ、あの美しい顔が見たい。
あの気怠げな声が聞きたい。
こがねは、握りしめた袋の切れ端を、ただじっと見つめていた。

◆◇◆

その時、店の奥の勝手口が、遠慮がちに叩かれた。
開けると、そこに立っていたのは、数日前とは比べ物にならないほど憔悴しきった、恵比寿 光だった。
完璧にセットされていたはずの金髪は乱れ、高級スーツには泥が跳ねている。

「こがねさん……」
「光さん……。あなたも、ひどい顔ね」

光は、力なく首を振った。
「僕の力だけでは、もう、あの疫病神は祓えない……。町の皆さんの『気』が弱まりすぎて、僕の力の源である『信仰』や『感謝』の念が、もうほとんど……」

福の神でありながら、町を救えない。
その無力さに、光は打ちのめされていた。
その弱々しい姿を見て、こがねの心に、逆に、ふつふつと怒りのようなエネルギーが湧き上がってきた。

「何、弱気なこと言ってるのよ、福の神でしょ!」
こがねは、立ち上がると、光の胸ぐらを掴まんばかりの勢いで叫んだ。
「薄氷がいなくちゃ、何も始まらないのよ! あいつがいないと、話にならない! あのグータラで、ポンコツで、役立たずの貧乏神を、今すぐ連れ戻すわよ!」

その剣幕と、瞳に宿る強い光に、光は呆気に取られて、ただこがねを見つめ返した。

◆◇◆ 

二人は、その足で「大願成就神社」へと向かった。
疫病神を追い払う方法が、どこかに記録されているかもしれない。
光の案内で、本殿の裏にある、古びた土蔵の扉を開ける。
そこは、何百年分もの神社の記録が眠る、巨大な書庫だった。

「ここなら、過去の厄災の記録が残っているはずです」

埃と、古い紙の匂いが立ち込める中、二人は手分けして、膨大な古文書の山を漁り始めた。
ほとんどは、寄進の記録や、祭りの式次第。
なかなか、手がかりは見つからない。

どれくらいの時間が経っただろうか。
光が、一冊のひときわ古びた巻物を手に、声を上げた。
「こがねさん! これを!」

それは、数百年前、この地が同じように疫病神に襲われた際に、当時の神官が書き残した記録書だった。
震える指で巻物を開くと、そこには、驚くべき事実が記されていた。

『──疫病神の『悪意ある厄災』は、人々の生気を一方的に奪い、よどみを生む。対して、貧乏神の『無垢なる不運』は、幸も不幸も等しく引き寄せ、混沌を生み出す力なり。この混沌の力、使い方次第では、悪意ある厄(やく)の流れを断ち切る刃と成り得る』

「これって……」
こがねが息を呑む。
さらに読み進めると、そこには具体的な策が記されていた。

『──時の福の神、貧乏神と協力し、策を講ず。福の神の幸運の力で、天に巨大な幸運の『的』を作り、貧乏神の不運の力で、一点に集約させた不運の『矢』を放つ。その一撃、疫病神の核たる穢れを砕き、これを霧散せしむ、と云々』

「なんてことだ……」

光は、呆然と巻物を見つめた。
「疫病神を倒す鍵は、貧乏神の力だというのか……。僕たちは、彼をただの厄介者だとばかり……」

「あいつ、そんな凄い力、隠し持ってたのね……」
こがねは、夏祭りの夜の、あの無茶苦茶な奇跡を思い出していた。
光が幸運で呼んだ雲に、薄氷が不運の力で「雷」という形を与え、正確に落としてみせた。
あの力は、この古文書に書かれた神々の連携術の、応用だったのだ。

「まあ、なんとなく、そんな気はしてたけど! あのポンコツ、ただのニートじゃなかったのね!」
こがねは、拳をぐっと握りしめた。
希望の光が見えた。
反撃の狼煙は、上がった。

「よし、決まりね! まずは、あの家出神様を探し出して、ひっぱたいてでも連れ戻す!」
「は、はい! ですが、どこへ……? 彼の神気は、町中に拡散した疫病神の邪気に紛れて、僕の力では全く追えません」

途方に暮れる光に、こがねはポケットから、あのポテチの袋の切れ端を取り出して見せた。

「大丈夫」

こがねの瞳には、もう迷いの色はなかった。
強い光が、まっすぐに前を見据えている。

「あいつが行きそうな場所、なんとなく、分かる気がするから」

彼女は、薄氷との短い、しかしあまりにも濃密な日々の中で、誰よりも彼の孤独な魂を、理解し始めていたのだ。

今、一人の人間と一人の福の神による、貧乏神奪還作戦が、始まろうとしていた。
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