ねこまど~猫と人がつなぐ、奇跡のカフェ~

naomikoryo

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29)ぎこちない距離

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1
 翌朝。

 藤井峰子(ふじい みねこ)は、開店準備をしながら すでに疲れていた。

(……寝不足だわ)

 昨夜の母親との電話のせいで、布団に入ってからもなかなか寝つけなかった。

 何度も 「若い学生相手に何考えてるのよ」 と自分に言い聞かせたのに、いざ眠ろうとすると 昭人(あきと)の顔が浮かぶ。

 荷物を運んでくれたときの気遣い。
 コーヒーを淹れてくれたときのさりげない優しさ。
 琴葉(ことは)にお礼を言われたときに見せた、少し照れくさそうな笑顔。

(いやいや、なんで私、こんな細かいことまで覚えてるの!?)

 そして今。

(……いや、普通にしてれば大丈夫。別に何も変わってないんだから)

 そう自分に言い聞かせながら、カウンターでコーヒーを淹れていると――

「おはようございます」

 昭人が いつも通りのテンションで 店に入ってきた。

 そして――

「……!」

 なぜか、普段なら何とも思わない 「おはようございます」の声 が、妙に耳に残った。

(……ちょっと、なんで声に意識向けてるのよ!)

 慌てて 心を落ち着かせようとするが、すでに無理だった。

2
 「普通に接しよう」と思えば思うほど、峰子の態度は ぎこちなくなる。

「店長、今日のシフト表ここに置きますね」

「あ、うん……その……うん」

「?」

(なんで私は『うん』を2回言ったの!?)

  頭の中がぐるぐるする。

 さらに――

「今日のお客さん、多そうっすね」

「……そうね」

「まぁ、忙しいほうが時間過ぎるの早いからいいですけど」

「……そうね」

「……」

「……」

 会話が続かない。

(なんなのこの微妙な空気!!)

 普段なら、昭人とは何気なく会話できるのに、なぜか 妙にそっけなくなってしまう。

(いやいや、違うでしょ!? 普通にすればいいだけでしょ!?)

 ――が、普通にするのが 一番難しい。

3
「店長、さっきから様子おかしくない?」

 案の定、橘真緒(たちばな まお) に気づかれた。

「えっ? 別に?」

「いやいや、店長、めっちゃぎこちないけど?」

「そんなことないわよ」

「いや、ありますって! ね、新人くん」

「……まぁ、今日ちょっとテンション低いっすね」

(昭人まで気づいてる!?)

 峰子は 慌てて視線をそらす。

「べ、別にそんなことないから。ほら、仕事して」

「えぇ~、なんか怪しい~」

「怪しくない!」

(……いや、むしろ私のほうが怪しいわよね!?)

 自分で自分にツッコミを入れたくなる。

4
 閉店後。

「……はぁ」

 峰子は、カウンターでコーヒーを飲みながら、今日一日の自分の態度を振り返っていた。

(ダメだ……完全に意識してた)

 昭人は、何も変わらず いつも通りの昭人 だったのに、自分だけがおかしくなっていた。

(……これ、マズいわ)

 バイトの子と、こんな変な距離感になってどうするの。

 そもそも、昨日の電話で 「気になる人がいる」 なんて言ったのはただの嘘で――

(……いや、本当にただの嘘だったの?)

「……」

 コーヒーを飲みながら、自分の胸のざわつき に気づいてしまう。

(なんで、私はこんなに昭人のことを気にしてるの?)

5
 その夜、峰子は自宅で ベッドに寝転びながらスマホをいじっていた。

 そして、ふと 店での昭人の様子を思い出す。

「……っ!」

(また考えてる!!)

 慌てて 枕に顔を押し付ける。

(ダメダメダメ! もう忘れる!)

 頭を振って振り払おうとするが――

 心の奥では、すでに 「何かが変わり始めている」 ことを、うっすらと自覚し始めていた。
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