氷の上司に、好きがバレたら終わりや

naomikoryo

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第18話「……すまない」

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月曜の朝。
舞子はいつも通りオフィスの自席に座り、PCを立ち上げながら、そっと心の中でつぶやいた。

(あれ、夢ちゃうよな……)

週末の告白。
本庄さんの「好きです」という言葉。
そっと手を重ねてくれたあの瞬間――

あれはたしかに“現実”やった。

(……恋って、こんな静かに始まるんやな)

ただ浮かれるでもなく、でも顔は勝手にゆるんでまう。

「……あれ? 舞子、なんか顔が春やで」

横から奈々が突っ込んでくる。

「春ってなに。桜咲いてんの?」

「うん、桜とタンポポと恋愛成就のお守りも生えてる。何があった?」

「……ないない。ちょっと、ええ夢見てん」

「ふーん?」

絶対バレてるけど、それでええ。
もう“好き”を隠さんでもええ関係になれたんや。

(このまま、少しずつ、進んでいけたらええな)

そんなふうに思ってた――その午後までは。

 

その日、本庄は朝から社長との会議に呼ばれていた。

午後、会議室から戻ってきた彼は、どこか表情が硬かった。

(……あれ? なんか、いつもと違う)

普段の“無表情”じゃなくて、“何かを言えずに飲み込んでる顔”――
舞子にはすぐにわかった。

そして定時の少し前、本庄からSlackが届いた。

「少し、お時間いただけますか」

そのメッセージを見て、舞子の心にうっすらと不安が広がる。

そして、ふたりはまた会議室へ。

 
「……何か、ありましたか?」

静かな会議室。
舞子は正面に座る本庄の顔を、まっすぐに見てそう尋ねた。

本庄は、しばらく沈黙してから、小さく息をついて言った。

「……異動の打診がありました」

「……異動……?」

「海外事業部です。ロンドン。半年後に立ち上げ予定の新プロジェクトの責任者として、
現地に赴任してほしいと」

舞子の心が、すうっと冷えていくのを感じた。

「……ロンドン……」

「以前から話はあったのですが、正式に“内々示”が今日、伝えられました」

「……行くんですか?」

その問いに――

彼は、迷いなく、けれどどこか寂しげに言った。

「行くつもりです」

 
(……ああ、やっぱり)

彼は“前に進む”って決めたんや。
うちと一緒に笑って、寄り添って、心を重ねて――
でも、その歩みの先に“離れる選択肢”があったことを、
舞子は、知ってしまった。

「……それって、もう決まったことですか?」

「……いいえ。まだ正式な辞令ではありません。
でも、僕は“逃げない”と決めました。もう、自分の過去に足止めされるのはやめようと。
舞子さんが、そう思わせてくれたんです」

彼はそう言って、舞子の名前を初めて“名前だけ”で呼んだ。

でも、喜びより先に来たのは――“すまない”という言葉だった。

「……すまない。ようやく伝え合えたばかりなのに、こんな話をして」

「……ううん」

舞子は俯いたまま、拳をぎゅっと握った。

うれしい。彼が前に進むのは、ほんまにうれしい。
けど――苦しい。怖い。離れるのが、何より怖い。

「……勝手ですけど、本庄さん。
うち……今すぐ“がんばって”とか“応援してる”とか言えへんです。
それ言うたら、泣いてまいそうやから」

「……うん」

「でも、あなたがそうやって“ちゃんと前を向こう”としてるの、うちは……知ってる。
ほんまに、強いなぁって思う」

彼は、小さく目を伏せて言った。

「……僕は、まだ何も変えられていません。
けど――あなたと出会って、“変わりたい”と思うようになった。
それだけは、本当です」

 
舞子は、涙をこらえながら微笑んだ。

「……うち、強くなります。ちゃんと、あなたがその先で笑えるように、
うちも、ここで笑っていられるように」

彼がふっと目を細めて、小さく言った。

「あなたって……本当に、不思議な人です」

「せやろ。ええ女やねん、案外」

ふたりの間に、静かであたたかい、でも少し切ない笑いがこぼれた。

 
オフィスの窓から見える東京の夜景は、少し滲んでいた。

手をつないだあの夜から、まだそんなに日は経ってへんのに、
もうこんな“分かれ道”に立ってるなんて、思ってもみんかった。

でも、これが人生で、
これが――恋やねんな。

たとえ離れても、うちはあの人の“味方”でいたい。

その気持ちが、確かに胸の奥で芽を出していた。
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