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第19話「待ってるって、言うたらあかんかな」
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異動の打診から、数日が過ぎた。
本庄さんはいつも通り、仕事を淡々とこなし、会話も以前と変わらず丁寧で――
でも、明らかに“距離”を取っていた。
(たぶん、うちが“迷わせんように”って思ってるんやろな)
わかってる。
本庄さんの優しさって、そういうとこや。
自分の夢や決断に、誰も巻き込まへんようにする。
でも、それって――うちの気持ちを置いてけぼりにしてるってことやんか。
昼休み。
デスクでカップスープをすする舞子に、奈々が近づいてきた。
「……なあ、最近、元気ないやん」
「えっ、そ、そんなこと……」
「いや、顔に書いてる。“今、恋が揺れとるで”って」
「……そやねん。揺れまくってるわ」
ため息混じりに言うと、奈々は何も言わずに横に座ってくれた。
「異動のこと、聞いた」
「え……」
「営業チーム、うるさいからさ。ちょっとした情報、すぐ回ってくる。
ロンドンやろ?」
舞子はこくんとうなずいた。
「言われたんや。“すまない”って。ほんまに、あの人らしい言葉やった」
「……そういうとこが、また好きなんやろ?」
「うん、せやねん……でもな、やっぱり怖いんよ」
自分の気持ちが残ったまま、相手だけが遠くに行ってしまう怖さ。
好きって気持ちだけが“置き土産”みたいに胸に残るの、
ほんまにしんどい。
「奈々ちゃん、うち、どうしたらええんかな……“待ってる”って言うたら、あかんかな」
奈々は、しばらく黙ってから、ぽつりと答えた。
「……言ったほうがいいと思うよ。
言わな伝わらへんことって、あるやん?
自分の心を“守る”んやなくて、“信じる”ために言葉にするんやと思う」
「……信じる、か」
うん、たしかに今のうちは、自分の心を守ろうとしてるだけやったんかもしれん。
本庄さんが“離れてしまう”かもしれん怖さから、
踏み込むのを避けてた。
でも、そんなことしてても……恋は前に進まへん。
(うちが“怖がってるだけの人”で終わったら、後悔する)
よし。
決めた。
翌日、舞子は退勤後に本庄を社屋の外で待っていた。
彼が現れたとき、舞子は迷わず声をかけた。
「……ちょっとだけ、お時間もらえますか?」
「……はい」
ふたりは近くのベンチに座った。
夕暮れ時の街灯が、ほのかに地面を照らしている。
「本庄さん、うち……このまま、何も言わんと黙って見送るんは、やっぱりできへん」
彼は驚いたように目を向けた。
舞子は言葉を選ばず、まっすぐに言った。
「本庄さんがロンドンに行くの、止めへん。
それがあなたの“決めた道”やってわかってるから」
「……ありがとう」
「でも、うちの気持ちも、ちゃんと伝えさせて。
うち、待ってます。離れても、ちゃんと心はここにあるって、信じてるから」
本庄は目を伏せた。
「……いいのか? そんなことをさせて」
「“待つこと”がつらいんやなくて、“何も伝えられへんまま終わること”の方が、もっとつらいです」
彼の手が、そっと舞子の手を取った。
「……本当は、ずっと言いたかった。
“君のそばにいたい”って。でも、自分にそんな資格があるのか、ずっとわからなかった」
「資格なんか、いらんよ。
うちは、あなたが“あなたらしく”生きてくれることが一番うれしい。
でも、“その途中にうちがいてくれたらええな”って、願ってるだけ」
静かな夜。
本庄は深く息を吐いて、そして――ようやく、言葉を口にした。
「……ありがとう。
舞子さん、君がいてくれて、僕は……本当に幸せです」
(うわ……やば……)
その“幸せ”という言葉は、
今まで彼が口にしたどんな褒め言葉よりも、あたたかくて、深かった。
その夜、舞子はノートに小さくこう書いた。
>「離れても、心は変わらへん」って、自信もって言えた日。
>うちは、ちゃんと“愛すること”を選べたんやと思う。
次に会える日がいつになるかは、まだわからへん。
でも――
“待つ”ってことは、止まることやない。
自分の気持ちを信じて、“前に進む”ってことや。
本庄さんはいつも通り、仕事を淡々とこなし、会話も以前と変わらず丁寧で――
でも、明らかに“距離”を取っていた。
(たぶん、うちが“迷わせんように”って思ってるんやろな)
わかってる。
本庄さんの優しさって、そういうとこや。
自分の夢や決断に、誰も巻き込まへんようにする。
でも、それって――うちの気持ちを置いてけぼりにしてるってことやんか。
昼休み。
デスクでカップスープをすする舞子に、奈々が近づいてきた。
「……なあ、最近、元気ないやん」
「えっ、そ、そんなこと……」
「いや、顔に書いてる。“今、恋が揺れとるで”って」
「……そやねん。揺れまくってるわ」
ため息混じりに言うと、奈々は何も言わずに横に座ってくれた。
「異動のこと、聞いた」
「え……」
「営業チーム、うるさいからさ。ちょっとした情報、すぐ回ってくる。
ロンドンやろ?」
舞子はこくんとうなずいた。
「言われたんや。“すまない”って。ほんまに、あの人らしい言葉やった」
「……そういうとこが、また好きなんやろ?」
「うん、せやねん……でもな、やっぱり怖いんよ」
自分の気持ちが残ったまま、相手だけが遠くに行ってしまう怖さ。
好きって気持ちだけが“置き土産”みたいに胸に残るの、
ほんまにしんどい。
「奈々ちゃん、うち、どうしたらええんかな……“待ってる”って言うたら、あかんかな」
奈々は、しばらく黙ってから、ぽつりと答えた。
「……言ったほうがいいと思うよ。
言わな伝わらへんことって、あるやん?
自分の心を“守る”んやなくて、“信じる”ために言葉にするんやと思う」
「……信じる、か」
うん、たしかに今のうちは、自分の心を守ろうとしてるだけやったんかもしれん。
本庄さんが“離れてしまう”かもしれん怖さから、
踏み込むのを避けてた。
でも、そんなことしてても……恋は前に進まへん。
(うちが“怖がってるだけの人”で終わったら、後悔する)
よし。
決めた。
翌日、舞子は退勤後に本庄を社屋の外で待っていた。
彼が現れたとき、舞子は迷わず声をかけた。
「……ちょっとだけ、お時間もらえますか?」
「……はい」
ふたりは近くのベンチに座った。
夕暮れ時の街灯が、ほのかに地面を照らしている。
「本庄さん、うち……このまま、何も言わんと黙って見送るんは、やっぱりできへん」
彼は驚いたように目を向けた。
舞子は言葉を選ばず、まっすぐに言った。
「本庄さんがロンドンに行くの、止めへん。
それがあなたの“決めた道”やってわかってるから」
「……ありがとう」
「でも、うちの気持ちも、ちゃんと伝えさせて。
うち、待ってます。離れても、ちゃんと心はここにあるって、信じてるから」
本庄は目を伏せた。
「……いいのか? そんなことをさせて」
「“待つこと”がつらいんやなくて、“何も伝えられへんまま終わること”の方が、もっとつらいです」
彼の手が、そっと舞子の手を取った。
「……本当は、ずっと言いたかった。
“君のそばにいたい”って。でも、自分にそんな資格があるのか、ずっとわからなかった」
「資格なんか、いらんよ。
うちは、あなたが“あなたらしく”生きてくれることが一番うれしい。
でも、“その途中にうちがいてくれたらええな”って、願ってるだけ」
静かな夜。
本庄は深く息を吐いて、そして――ようやく、言葉を口にした。
「……ありがとう。
舞子さん、君がいてくれて、僕は……本当に幸せです」
(うわ……やば……)
その“幸せ”という言葉は、
今まで彼が口にしたどんな褒め言葉よりも、あたたかくて、深かった。
その夜、舞子はノートに小さくこう書いた。
>「離れても、心は変わらへん」って、自信もって言えた日。
>うちは、ちゃんと“愛すること”を選べたんやと思う。
次に会える日がいつになるかは、まだわからへん。
でも――
“待つ”ってことは、止まることやない。
自分の気持ちを信じて、“前に進む”ってことや。
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