らくご奇譚帖

naomikoryo

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16:【音声屋(おんせいや)】

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◆◆◆(まくら)

えー、最近は何でもデジタル化ってやつで、
“音”まで売る時代になりましてね。

着信音、効果音、作業用BGM。
中には「赤ちゃんの泣き声で癒されたい」なんて人もいて、
いやぁ、商売ってのは奥が深い。

そんな中、江戸の町にも“音”だけを売る屋台が現れたという、
今日はそんな、静かなようで、うるさいような噺を一つ。

◆◆◆(本編・序)

時は文政のころ、場所は浅草寺裏の横丁。

ある晩、ひとりの男が路地を歩いていると、どこからか笛のような、風のような音が聞こえてくる。

「……ん? なんだこの音は……」

小さな屋台がぽつんと立っていた。

屋根の上には紙灯籠。そこに筆文字で書かれていた。

【音 売 販 所】
― お求めの“音”あります ―

中に座っているのは、盲目の老人。目は閉じたままだが、耳がぴくりと動く。

「いらっしゃい……お客人、“どんな音”をお探しで?」

「……音ってのは……何の音だ?」

「なんでもあります。懐かしい声、亡き人の笑い声、未来の我が子の産声……」

「そんな馬鹿なことが……」

老人は、木箱をすっと差し出す。

【初回無料:サンプル音】

ふたを開けると、少年の笑い声が、ふわっと溢れ出た。

「……これ……オレの……子どもの頃の声じゃねぇか……」

男は、無言で金を置き、ひとつの札を選んだ。

◆◆◆(本編・破)

音声屋は、毎夜ひっそりと現れる。

声の種類は多岐にわたる。

・大工の熊さんは「親方の怒鳴り声」
・豆腐屋の女将は「亡き旦那の呼び声」
・丁稚の清太は「母ちゃんの子守唄」

音は、耳から入って、胸の奥まで染み渡る。

「なんだか懐かしくて、涙が出ちまったよ……」

だが、“音”は“記憶”を呼び覚ます。

泣きながら聞く者もいれば、途中で蓋を閉めてしまう者も。

ある男は「恋人の最後の言葉」を買い、三日三晩、音を消せずにいたという。

◆◆◆(本編・急)

そんな中、問題が起きた。

魚屋の政五郎が、「知らぬ声が届いた」と怒鳴り込んできた。

「おい! “裏切りの声”ってのを買ったらよ、女房と隣の男の会話だったんだ!」

町内は大騒ぎ。

「盗み聞きじゃねぇか!」

「そんな音を売るとは、不謹慎すぎる!」

店主の老人は、静かに言う。

「わしは、“残された音”を売っているにすぎません……聞くか聞かぬかは、お客人次第です」

政五郎は怒り、屋台を蹴り倒そうとしたが――

そのとき、木箱から小さな女の声がこぼれた。

「お父っつぁん、ケンカやめて……」

……亡き娘の声だった。

政五郎、ふらりと座り込み、ぽろぽろと涙を流した。

◆◆◆(オチ)

その夜、音声屋は静かに姿を消した。

朝になって町人たちが集まると、屋台のあった場所に、ひとつの紙が残されていた。

【音は残りません。しかし、響きは残ります】
― 音声屋より

それ以来、町の者は“音”を大切にするようになった。

「何気ないひと言が、一生の宝になる」ってな。

今でもたまに、路地裏から風にのって聞こえるそうです。

誰かが思い出した“音”が、ふわりと蘇るような……そんな気配が。



――お後がよろしいようで。
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