らくご奇譚帖

naomikoryo

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17:【江戸メルカリ】

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◆◆◆(まくら)

えー、今どきは「いらなくなったらすぐ売る」ってぇのが当たり前になりましてね。
フリマアプリってぇやつで、靴から服、果ては「使いかけの石鹸」まで売るってぇんだから世も末。

なかには「彼氏の思い出まとめセット」とか、「未使用の後悔」なんてものまで出品されてるらしい。

でもね、そういう文化が江戸時代にあったら――ってぇのを真面目に考えちまった与太郎が、町をひっくり返すってぇ話でございます。

◆◆◆(本編・序)

ある日、与太郎が神田明神で昼寝をしていると、頭の上に“ひゅっ”と巻物が落ちてくる。

「なんだぁ? 神様からの手紙か?」

開けてみると、達筆な文字でこう書かれている。

【欲ノ品アレバ、紙ニ記シ、捧ゲヨ。
 他者ノ欲ニ応ズレバ、代価、得ラレント】

「……なんだぁ? 欲しいもんを紙に描けば売れる? バカなことが書いてあるなぁ」

半信半疑で、手元の紙に「木の下駄(片方)」と書いて、巻物の上に載せると――

しゅるっ。

下駄が消え、代わりに銭三文が現れた。

「……売れた!? え、売れたのオレ!? 誰に!? どこに!?」

次の日、近所の熊さんが言う。

「いやぁ、昨晩さ、欲しかった“片っぽの下駄”が枕元に届いてたのよ。奇跡かと思った!」

「いや、それオレの……!」

◆◆◆(本編・破)

こうして与太郎は、巻物を「江戸のメルカリ」として町中に公開。

【“絵”にして紙に置けば、誰かの元に届く】
【欲しいものは“絵”を貼って祈れ】

町中が大騒ぎになる。

「わしの鉄瓶、誰か要らんかの?」

「うちの猫のひげ、縁起物だから売れるかも!」

「失くした髪の毛……いや、無理か」

あらゆる物が出品され、あらゆる物が届く。

「オレ、“紙風船5個セット”頼んだのに、“びしゃがん紙”届いたぞ!」

「それ出品ミスだ!」

やがて、専用の掲示板ができる。

【E・DO メルカリ横丁】
・“未使用のすだれ”→売却済
・“義母の湯呑”→誰も買わず
・“吉原の思い出”→絵巻で高値!

みんな夢中になり、夜中まで絵を描いている。

◆◆◆(本編・急)

調子に乗ったのが、町の大店・米屋の若旦那。

「……うちの嫁が持ってきた桐箪笥、ちと場所とるんだよな。出品してみっか」

こっそり絵に描いて、巻物に載せる。

翌日――箪笥が消えていた。

「うわっ、本当に売れちまった!!」

そこへ嫁が帰ってくる。

「ちょっと! あたしの婚礼道具、どこにやったの!?」

「いや、あれはその……収納の最適化で……!」

「アンタ、売ったの!? あの箪笥を!? 私の母上が選んでくれたやつを!?」

「しゅ、しゅいましぇんっ!!」

その日のうちに若旦那、庭に正座。

そして、さらなる事件。

与太郎がうっかり巻物に書いてしまう。

“人の魂(たましい)”

しゅるっ――

なんと、誰かの“本心”が届いてしまった。

「……え、なにこれ。オレの旦那、毎日こう思ってたの!?」

「ママ、これ、兄貴の“闇”じゃない……?」

町人たちが騒然とする中、与太郎が頭を抱える。

「……ああ、やりすぎちまった……」

◆◆◆(オチ)

「やっぱり、欲ってのは、あんまり貼りすぎると自分が見えなくなるな……」

そう言って与太郎は、巻物を燃やした。

ふわりと舞い上がる煙の中に、いろんな絵が見えたという。

箪笥、下駄、すだれ、そして――涙をこらえて笑う顔。

その夜から、町の人々は少しだけ“欲”に慎ましくなった。

「物は売れても、心までは渡さねぇ」

そうつぶやいた長屋の親父の言葉が、どこか沁みる――



お後がよろしいようで!
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