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第52話『仮面の襲撃』【陰謀と策謀の王都編③】
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夕刻。
学園の門を出る。
石畳に長い影が伸び、空の端に薄金色が残っていた。
寮へ向かう道の角。
風が一度、止まった。
「異邦人」
背中に針のような声。
振り向くと、三つの影が路地の口を塞いでいた。
仮面の、黒い外套。
掌に淡い光が灯る。
魔法の構えは粗いが、数で押すには十分だ。
「“カイ・クロス”。忠告はしたはずだ」
真ん中の男が指先をひと撫で。
空気がざわっとめくれ、火花が弾ける。
(来たな)
カイは一歩、石畳に踵を合わせた。
右足の指で、目に見えない線をなぞる。
「式を立てる。相手三、出力ばらばら。波形を合わせて――ずらす」
口の中で小さくカウント。
手を上げる代わりに、声で指示を出す。
「cosで相殺。sinで逃がす。位相は三十度で十分」
仮面の三人が一斉に放つ光。
それはまるで糸のように絡み、たわんで、ほどける前に自分たちの足元へ落ちた。
ぴしゃりと湿った火花が路面で跳ね、外套の裾を焦がす。
「なっ……」
「どういう――」
「授業でやっとることの、応用や」
カイは肩を落とし、ため息をひとつ。
「人の帰り道で習熟度テストするな。点はつけへんで」
「異邦人が、調子に乗るな」
一人が短剣を抜く。
刃に魔力の薄い膜が被さる。
速い。
剣筋は直線的だが、迷いがない。
「直線か」
カイは半歩だけ身を引く。
右掌を斜めに立て、空気の板を作る。
刃が板に触れた瞬間、角度を十五度回す。
力は流れ、刃先は石畳を噛んだ。
喉元に冷たい気配。
(二人目)
背後から回り込む影の足音が耳に触れるより早く、石畳の向こうから澄んだ音が落ちてきた。
「カイから離れなさい」
剣の風が、路地を洗う。
ルーティアが懐から抜いた細身の剣で、背後の刃を横から弾き飛ばしていた。
火花が散り、仮面の男がよろめく。
「旦那様に指一本触れさせません」
声は静かで、刃は凪いでいる。
凪いでいるのに、深いところで潮が満ち引きする音がした。
三人の影が、互いに視線を交わす。
退くべきか、詰めるべきか。
迷いが混じった瞬間、路地の入口にもう一つの影が立った。
「そこで何をしている」
黒い制服の裾を翻して、レオンが現れた。
その隣で、フィリアが光の紋を静かに組む。
「学園の前で剣を抜くとは、良くない趣味だな」
仮面の男たちは舌打ちを一つ。
足元に薄い煙を吹かせ、視界を遮ってから身を翻す。
影が解ける。
靴音は軽く、壁際の陰に吸い込まれていった。
◆◇◆
煙の向こう、ルーティアの剣先がわずかに震える。
緊張が解けた。
カイは息を吐き、肩の力を抜いた。
「助かった」
「助けられたのは私の方。あなたが相手の位相をずらしてくれたから、剣が届いたの」
「授業の板書のとおりやっただけや」
「だからその板書が、私たちを守るの」
レオンが近づき、地面の焦げ跡を見下ろす。
金の髪が夕光を受けて、はっきり明暗を分けた。
フィリアがそっとカイの袖を掴む。
「怪我はありませんか、先生」
「ない。」
「……良かった…」
安堵の笑みが、頬に灯る。
その光に、カイの胸の奥の石がもう一つ、丸くなった。
「寮まで送る」
レオンの言葉は命令ではなく、提案の形をしていた。
「王子が護衛に立つんは、過保護やろ」
「学園は私の庭でもある。自分の庭を守るのは、主人の役目だ」
◆◇◆
四人で歩く。
石畳を踏むたびに、影が伸びたり縮んだりする。
寮の灯りが見えたところで、ルーティアがふっと笑みを深くした。
「ねえ、カイ」
「なんや」
「明日、教室に来る“監察官”。最高に退屈して帰らせましょう」
「退屈?」
「ええ。あなたの授業は完璧に整っている。隙も、付け入る余地もない。だから、退屈。……そう言わせたいの」
(悪い顔してはる)
(好き…かもな)
「ほな、退屈の最適化問題やな」
「解けるでしょう」
「ああ。黒板がある限りは」
夜の風が、さっきより少しだけ優しかった。
寮の扉に手をかける。
背後でルーティアが小さく囁いた。
「カイ!」
振り向く。
彼女は一歩だけ近づいて、声をさらに落とした。
「一人で、背負わないで」
言葉は短く、届くのは深かった。
カイは小さく頷き、扉を押し開けた。
灯りの向こう、机に積まれたノートと、満杯のあめちゃん壺がこちらを待っている。
(明日は黒板。その次も黒板)
(式を書いて、世界は解けんでも授業は解く)
窓の外で、虫の声が一段落した。
夜はまだ長い。
影は動き始めた。
だが、教室の朝は必ず来る。
学園の門を出る。
石畳に長い影が伸び、空の端に薄金色が残っていた。
寮へ向かう道の角。
風が一度、止まった。
「異邦人」
背中に針のような声。
振り向くと、三つの影が路地の口を塞いでいた。
仮面の、黒い外套。
掌に淡い光が灯る。
魔法の構えは粗いが、数で押すには十分だ。
「“カイ・クロス”。忠告はしたはずだ」
真ん中の男が指先をひと撫で。
空気がざわっとめくれ、火花が弾ける。
(来たな)
カイは一歩、石畳に踵を合わせた。
右足の指で、目に見えない線をなぞる。
「式を立てる。相手三、出力ばらばら。波形を合わせて――ずらす」
口の中で小さくカウント。
手を上げる代わりに、声で指示を出す。
「cosで相殺。sinで逃がす。位相は三十度で十分」
仮面の三人が一斉に放つ光。
それはまるで糸のように絡み、たわんで、ほどける前に自分たちの足元へ落ちた。
ぴしゃりと湿った火花が路面で跳ね、外套の裾を焦がす。
「なっ……」
「どういう――」
「授業でやっとることの、応用や」
カイは肩を落とし、ため息をひとつ。
「人の帰り道で習熟度テストするな。点はつけへんで」
「異邦人が、調子に乗るな」
一人が短剣を抜く。
刃に魔力の薄い膜が被さる。
速い。
剣筋は直線的だが、迷いがない。
「直線か」
カイは半歩だけ身を引く。
右掌を斜めに立て、空気の板を作る。
刃が板に触れた瞬間、角度を十五度回す。
力は流れ、刃先は石畳を噛んだ。
喉元に冷たい気配。
(二人目)
背後から回り込む影の足音が耳に触れるより早く、石畳の向こうから澄んだ音が落ちてきた。
「カイから離れなさい」
剣の風が、路地を洗う。
ルーティアが懐から抜いた細身の剣で、背後の刃を横から弾き飛ばしていた。
火花が散り、仮面の男がよろめく。
「旦那様に指一本触れさせません」
声は静かで、刃は凪いでいる。
凪いでいるのに、深いところで潮が満ち引きする音がした。
三人の影が、互いに視線を交わす。
退くべきか、詰めるべきか。
迷いが混じった瞬間、路地の入口にもう一つの影が立った。
「そこで何をしている」
黒い制服の裾を翻して、レオンが現れた。
その隣で、フィリアが光の紋を静かに組む。
「学園の前で剣を抜くとは、良くない趣味だな」
仮面の男たちは舌打ちを一つ。
足元に薄い煙を吹かせ、視界を遮ってから身を翻す。
影が解ける。
靴音は軽く、壁際の陰に吸い込まれていった。
◆◇◆
煙の向こう、ルーティアの剣先がわずかに震える。
緊張が解けた。
カイは息を吐き、肩の力を抜いた。
「助かった」
「助けられたのは私の方。あなたが相手の位相をずらしてくれたから、剣が届いたの」
「授業の板書のとおりやっただけや」
「だからその板書が、私たちを守るの」
レオンが近づき、地面の焦げ跡を見下ろす。
金の髪が夕光を受けて、はっきり明暗を分けた。
フィリアがそっとカイの袖を掴む。
「怪我はありませんか、先生」
「ない。」
「……良かった…」
安堵の笑みが、頬に灯る。
その光に、カイの胸の奥の石がもう一つ、丸くなった。
「寮まで送る」
レオンの言葉は命令ではなく、提案の形をしていた。
「王子が護衛に立つんは、過保護やろ」
「学園は私の庭でもある。自分の庭を守るのは、主人の役目だ」
◆◇◆
四人で歩く。
石畳を踏むたびに、影が伸びたり縮んだりする。
寮の灯りが見えたところで、ルーティアがふっと笑みを深くした。
「ねえ、カイ」
「なんや」
「明日、教室に来る“監察官”。最高に退屈して帰らせましょう」
「退屈?」
「ええ。あなたの授業は完璧に整っている。隙も、付け入る余地もない。だから、退屈。……そう言わせたいの」
(悪い顔してはる)
(好き…かもな)
「ほな、退屈の最適化問題やな」
「解けるでしょう」
「ああ。黒板がある限りは」
夜の風が、さっきより少しだけ優しかった。
寮の扉に手をかける。
背後でルーティアが小さく囁いた。
「カイ!」
振り向く。
彼女は一歩だけ近づいて、声をさらに落とした。
「一人で、背負わないで」
言葉は短く、届くのは深かった。
カイは小さく頷き、扉を押し開けた。
灯りの向こう、机に積まれたノートと、満杯のあめちゃん壺がこちらを待っている。
(明日は黒板。その次も黒板)
(式を書いて、世界は解けんでも授業は解く)
窓の外で、虫の声が一段落した。
夜はまだ長い。
影は動き始めた。
だが、教室の朝は必ず来る。
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