133 / 136
番外編②:『リリシアの夏の誤解と初めての浴衣』
しおりを挟む
その日の午後、リリシアは公爵家の庭に設けられた仮設の縁台に座っていた。
夏の風は湿っていて、蝉の鳴き声が遠くから響いてくる。
目の前では、ルーティアが使用人たちにあれこれと指示を出しながら、屋敷の庭を“夏祭り”仕様に作り替えていた。
「提灯はあの木に吊るして。違う、赤は右側、青は左!」
「お客様用の風鈴はここ。カイが通るところに、絶対音が入るようにして!」
完全に仕切っている。
その横でリリシアは、うちわで風を起こしながら首をかしげていた。
(……なんだろう、この胸のざらざら)
ここ数日、どうも気持ちが落ち着かない。
夏休みに入ってから、ルーティアとカイの距離がやたら近いように感じるのだ。
毎朝一緒に朝食を取り、買い出しに行けば隣を歩き、時にはじゃれ合うような会話。
別に恋人同士でもないのに――
いや、仮の婚約者だった。
でも、それだけで、あんなに笑うものだろうか?
(……それが普通、なんでしょうか?)
リリシアは自分の胸に手を当てた。
熱く、もやもやと、まとわりつくような感覚。
(わからない)
そして同時に、もっと不思議なのは――
「自分がなぜ、こんな気持ちになるのかが、分からない」
これが嫉妬であると、彼女はまだ知らない。
◆◇◆
その夜、公爵家では小規模な夏祭りの催しが開かれた。
屋敷の庭には露店風の屋台が並び、提灯がゆらめき、金魚すくいやヨーヨー釣りなど、子供たちが喜ぶ仕掛けが目白押しだった。
カイはというと――
庭の隅の椅子に座って団子を食べていた。
「……ん。うまいな」
そこへ、リリシアが歩いてきた。
――浴衣姿で。
「……っ」
カイの団子が止まった。
リリシアは、藍地に紫の花模様が浮かぶ涼しげな浴衣を着ていた。
胸元の合わせもぴっちり決まっていて、帯は深紅。
髪は片側に寄せ、金のかんざしが月明かりを受けて光っている。
「……その、どう、ですか?」
視線を逸らして、でも耳まで赤く染めながら問うリリシアに、カイはほんの一拍だけ間を置いてから――
「めっちゃ綺麗やな。似合うわ」
と言った。
その一言に、リリシアはぴくりと肩を揺らす。
「……綺麗、ですか……」
ぎゅ、と浴衣の袖を掴む。
「でも、ルーティアさんのほうが華やかで、堂々としていて、完璧で……あなたも楽しそうで……!」
「え?」
「いえ、なんでもありませんっ!!」
目元を赤くしながら、リリシアはカイから目を逸らしてそっぽを向く。
そして――その場を離れようとした、その瞬間。
すれ違いざまに、彼の指先が、彼女の袖をそっとつまんだ。
「リリシア」
「……なに、ですか」
「ワイは君のそういうところ、ええと思うで?」
「……どういう、ところ、ですか……?」
「不器用なとこも、思い込み強いとこも、たまに言いすぎるとこも」
「全部悪口じゃないですかっ!!」
「でもな」
カイは真面目な目で言った。
「“綺麗”って思ったんは、本気や」
「――っ」
もうリリシアの顔は爆発しそうなほど真っ赤だった。
◆◇◆
その夜、日記帳を開いて、リリシアは小さく書いた。
『今日は、はじめて浴衣を着ました。カイが褒めてくれました。どうしてこんなに胸が苦しくなるのでしょう。わかりません。』
その文字を見つめたまま、ため息をひとつ。
(……わからない。けど、悪い気はしない)
そして、うちわで風を送りながら、リリシアはぽつりと呟いた。
「……もしかして、これが“恋”ってやつ、なんでしょうか?」
けれど、それに答える風は、ただ静かに彼女の頬を撫でただけだった。
夏の風は湿っていて、蝉の鳴き声が遠くから響いてくる。
目の前では、ルーティアが使用人たちにあれこれと指示を出しながら、屋敷の庭を“夏祭り”仕様に作り替えていた。
「提灯はあの木に吊るして。違う、赤は右側、青は左!」
「お客様用の風鈴はここ。カイが通るところに、絶対音が入るようにして!」
完全に仕切っている。
その横でリリシアは、うちわで風を起こしながら首をかしげていた。
(……なんだろう、この胸のざらざら)
ここ数日、どうも気持ちが落ち着かない。
夏休みに入ってから、ルーティアとカイの距離がやたら近いように感じるのだ。
毎朝一緒に朝食を取り、買い出しに行けば隣を歩き、時にはじゃれ合うような会話。
別に恋人同士でもないのに――
いや、仮の婚約者だった。
でも、それだけで、あんなに笑うものだろうか?
(……それが普通、なんでしょうか?)
リリシアは自分の胸に手を当てた。
熱く、もやもやと、まとわりつくような感覚。
(わからない)
そして同時に、もっと不思議なのは――
「自分がなぜ、こんな気持ちになるのかが、分からない」
これが嫉妬であると、彼女はまだ知らない。
◆◇◆
その夜、公爵家では小規模な夏祭りの催しが開かれた。
屋敷の庭には露店風の屋台が並び、提灯がゆらめき、金魚すくいやヨーヨー釣りなど、子供たちが喜ぶ仕掛けが目白押しだった。
カイはというと――
庭の隅の椅子に座って団子を食べていた。
「……ん。うまいな」
そこへ、リリシアが歩いてきた。
――浴衣姿で。
「……っ」
カイの団子が止まった。
リリシアは、藍地に紫の花模様が浮かぶ涼しげな浴衣を着ていた。
胸元の合わせもぴっちり決まっていて、帯は深紅。
髪は片側に寄せ、金のかんざしが月明かりを受けて光っている。
「……その、どう、ですか?」
視線を逸らして、でも耳まで赤く染めながら問うリリシアに、カイはほんの一拍だけ間を置いてから――
「めっちゃ綺麗やな。似合うわ」
と言った。
その一言に、リリシアはぴくりと肩を揺らす。
「……綺麗、ですか……」
ぎゅ、と浴衣の袖を掴む。
「でも、ルーティアさんのほうが華やかで、堂々としていて、完璧で……あなたも楽しそうで……!」
「え?」
「いえ、なんでもありませんっ!!」
目元を赤くしながら、リリシアはカイから目を逸らしてそっぽを向く。
そして――その場を離れようとした、その瞬間。
すれ違いざまに、彼の指先が、彼女の袖をそっとつまんだ。
「リリシア」
「……なに、ですか」
「ワイは君のそういうところ、ええと思うで?」
「……どういう、ところ、ですか……?」
「不器用なとこも、思い込み強いとこも、たまに言いすぎるとこも」
「全部悪口じゃないですかっ!!」
「でもな」
カイは真面目な目で言った。
「“綺麗”って思ったんは、本気や」
「――っ」
もうリリシアの顔は爆発しそうなほど真っ赤だった。
◆◇◆
その夜、日記帳を開いて、リリシアは小さく書いた。
『今日は、はじめて浴衣を着ました。カイが褒めてくれました。どうしてこんなに胸が苦しくなるのでしょう。わかりません。』
その文字を見つめたまま、ため息をひとつ。
(……わからない。けど、悪い気はしない)
そして、うちわで風を送りながら、リリシアはぽつりと呟いた。
「……もしかして、これが“恋”ってやつ、なんでしょうか?」
けれど、それに答える風は、ただ静かに彼女の頬を撫でただけだった。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
【完結】発明家アレンの異世界工房 ~元・商品開発部員の知識で村おこし始めました~
シマセイ
ファンタジー
過労死した元商品開発部員の田中浩介は、女神の計らいで異世界の少年アレンに転生。
前世の知識と物作りの才能を活かし、村の道具を次々と改良。
その発明は村の生活を豊かにし、アレンは周囲の信頼と期待を集め始める。
痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~
ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。
食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。
最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。
それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。
※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。
カクヨムで先行投稿中!
ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります
はぶさん
ファンタジー
ブラック企業で心をすり減らし過労死した俺が、異世界で手にしたのは『ポイント』を貯めてあらゆるものと交換できるスキルだった。
「今度こそ、誰にも搾取されないスローライフを送る!」
そう誓い、辺境の村で農業を始めたはずが、飢饉に苦しむ人々を見過ごせない。前世の知識とポイントで交換した現代の調味料で「奇跡のプリン」を生み出し、村を救った功績は、やがて王都の知るところとなる。
これは、ポイント稼ぎに執着する元社畜が、温かい食卓を夢見るうちに、うっかり世界の謎と巨大な悪意に立ち向かってしまう物語。最強農民の異世界改革、ここに開幕!
毎日二話更新できるよう頑張ります!
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる