転移魔法は最強の攻撃魔法である!!

yomuyomu

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第1部:序章 ままならぬ世へ

第7話:パーティのお誘いは、丁重にお断りします。

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先ほどの騒ぎが嘘だったかのように、茶屋の奥にある個室は、しんと静まり返っていた。
僕たちをここに通した後、朱鷺さんは「少し、お待ちくださいね」と一度席を外し、すぐに小さなお盆を手に戻ってきた。僕と陽菜の前に、それぞれ新しい湯呑みが置かれる。先ほどまで飲んでいた白湯とは明らかに違う、澄んだ若草色のお茶が、白い湯気と共に上品な香りを立てていた。

朱鷺さんは、流れるような、しかし一分の隙もない所作で、自分の分の湯呑みにもお茶を注ぐ。その指先、袖口の動き、全てが洗練されていて、彼女がただの腕っぷしの強い剣士ではないことを物語っていた。障子一枚を隔てた向こうからは、店の喧騒がBGMのように遠く聞こえる。床の間に掛けられた水墨画の掛け軸には、勢いのある筆致で一本の竹が描かれ、その下には、凛とした桔梗が一輪だけ生けられていた。
夕暮れ時特有の、柔らかく橙色を帯びた光が部屋に差し込み、僕たちの顔に長い影を落としていた。畳の匂いと、お茶の香りが混じり合い、なぜかひどく心が落ち着かない。まるで、最終面接を待つ控室にいるような気分だった。

「どうぞ。この時期に採れた新茶です。香りだけでも、お楽しみください」
朱鷺さんの穏やかな声に促され、僕は湯呑みを手に取った。ずしりとした土の温もりが、緊張で冷たくなった手のひらに心地よかった。一口含むと、爽やかな苦味と、その奥にある深い甘みが、じんわりと口の中に広がっていく。美味しい。僕が今まで飲んだどんなお茶よりも、間違いなく美味しい。
だが、その美味しさすら、今の僕には毒のように感じられた。こんな上等なものを与えられて、この後、一体何を要求されるというのか。

朱鷺さんは、自分の湯呑みを静かに置くと、まっすぐに僕の目を見た。その瞳は、もう先ほどのような氷の冷たさではなく、どこまでも穏やかで、温かい色をしていた。だが、僕は知っている。その奥に隠された、底知れない何かを。
「さて、相田宗一郎さん。先ほどの騒ぎの中では、じっくりとお話もできませんでしたから」
彼女は、完璧な微笑みを浮かべたまま、本題を切り出した。
「あなたの力、拝見いたしました。あれは、『転移』ですね」
断定だった。疑問形ですらない。僕は息を呑み、陽菜は「えっ、なんで分かるの?」と素直な驚きの声を上げた。
「それも、ただの物や人を動かすだけのものではありません。おそらく、空間そのものに干渉する、極めて稀で、そして強力な御力(おちから)とお見受けしました」

彼女の言葉は、僕の能力の本質を、恐ろしいほど正確に言い当てていた。
「畑のスライムを駆除された時も、そうでしょう? 物理的に攻撃するのではなく、対象の内部構造そのものを、空間ごと入れ替えて崩壊させる。あの冒険者たちの攻撃を防いだ時も同じ。ご自身の周囲の空間を、常に別のどこかへ転移させ続けることで、あらゆる攻撃が届かない絶対的な領域を作り出していた。違いますか?」
まるで、全てをその目で見ていたかのような、的確すぎる分析。
僕は、何も言えなかった。冷や汗が、背中をすっと伝っていくのを感じる。この人は、僕がただの「荷物運び」だと卑下していた能力の、本当の価値と危険性を、一瞬で見抜いたのだ。

陽菜は「宗一郎さん、この人すごい! 全部お見通しなんだ!」と、僕の内心の恐怖など露知らず、無邪気に目を輝かせている。
朱鷺さんは、そんな僕の動揺を楽しんでいるかのように、ふふっと小さく笑うと、少しだけ身を乗り出した。
「単刀直入に申し上げます、相田宗一郎さん。私のパーティに入り、その力をこの国のために振るっていただくことはできませんか?」

その言葉が僕の耳に届いた瞬間、頭の中で、何かが割れるような音がした。
パーティ。天下一の、パーティ。
それは、この世界で冒険者を志す者なら、誰もが夢見るであろう、最高の栄誉。願ってもない、千載一遇の大チャンス。
隣では、陽菜が「すごい! よかったね、宗一郎さん! これで私も安心だよ!」と、自分のことのように手を叩いて喜んでいた。
しかし。
僕の脳内は、喜びとは程遠い、絶望的なまでの混乱と、けたたましく鳴り響く警報音に支配されていた。

(パーティ!? 嘘だろ!? 天下一のパーティって、この国で一番のエリート集団じゃないか!)
(いや、待て、落ち着け。俺は、こういう時こそ冷静になれる。いいか、まず言葉を分解しろ。パーティ、つまりそれは『組織』だ。組織ということは、すなわち『共同作業』が発生する)
(共同作業……。なんておぞましい響きだ。現世でのグループ学習、文化祭の準備、体育祭の応援団。全ての記憶が蘇る。俺が、最も苦手とするものじゃないか)
(報告・連絡・相談、ホウレンソウは必須だよな? 毎朝ミーティングとかあるのか? 『はい、じゃあ今日の狩りの目標と各自の役割について確認します。相田君、昨日の議事録よろしく』とか言われるのか? 無理だ。議事録なんて書いたことない。そもそも昨日のことなんて覚えてない)
(人間関係のストレスが絶対ヤバい。朱鷺さんは一見優しそうだけど、あの目の奥は絶対零度だ。絶対、裏で『あの相田という男、力は認めますが、どうも協調性に欠けるきらいがありますね』とか報告してる。間違いない)
(飲み会とかあったらどうしよう。『まあ、今日は無礼講で』とか言って、延々と若手が説教されるやつだろ、絶対。しかも、この世界の無礼講って、物理的に斬り合いとか始めないか? 大丈夫か?)
(そして一番の問題は、俺がここにいることの正当性だ。俺みたいなコミュ障で、自己肯定感がミジンコ以下の人間が、あの太陽みたいな陽菜さんと、完璧超人の朱鷺さんと、あとまだ見ぬすごいメンバーたちの中に、どうしていられる? 浮くだろ、絶対浮く。陰で『あいつ、力はすごいけど、暗くて何考えてるかわかんないよな』とか言われるんだ。知ってる、俺はそういうの、よく知ってる。現世で、さんざん経験してきたから)
(結論:無理。絶対に無理。これは罠だ。俺を社会的に抹殺するための、巧妙に仕組まれた罠に違いない。全力で、しかし波風を立てずに、完璧に、この申し出を断らなければならない)

コンマ数秒の間に、僕の脳内で繰り広げられた緊急対策会議は、満場一致で「全力拒否」の結論を採択した。
僕は、現世で培った、ありとあらゆる「波風を立てずに相手の誘いを断る」ためのスキルセットを、脳の奥底から引きずり出した。それは、いじめられっ子だった僕が、生きるために身につけた、唯一にして最大の処世術だった。
僕は、椅子から滑り落ちるようにして畳に膝をつき、人生でこれ以上ないというほどに深く、深く、頭を下げた。額が畳にこすりつけられる。

「滅相もございません!」

我ながら、完璧な発声だった。恐縮と、自己卑下と、そしてほんの少しの悲壮感を滲ませた、理想的な断りの第一声。
「朱鷺様のような、雲の上の、天上の、もはや神話の世界の御方と、私のような、道端の石ころ、いや、そこらへんに転がっている虫ケラの糞にも劣る存在が、肩を並べてパーティを組むなど、百万年、いえ、一億年早い! 恐れ多くて、きっと明日には目が潰れてしまいます!」
僕は、畳に額をつけたまま、必死に言葉を続けた。それは、自己肯定感の低さから来る、紛れもない本心からの叫びだった。
「私のような、何の取り柄もなく、ただ偶然、奇妙な力を手に入れただけの未熟者が、皆様の輝かしいパーティに加わっては、そのご経歴に、拭い去ることのできない巨大な泥の染みを塗りたくるばかりか、必ずや皆様の足を、それもアキレス腱を的確に狙って引っ張り、奈落の底へと引きずり込むことでしょう! どうか、どうかこのお話は、私の汚らわしい耳に入らなかったことにして、ご辞退させていただけないでしょうか!」

完璧だ。これ以上ないほどの謙遜。これ以上ないほどの自己卑下。これで、相手も「まあ、そこまで言うなら仕方ないか」と諦めてくれるはずだ。
僕は、懇願するように、床にひれ伏し続けた。

しかし、頭上から降ってきたのは、僕が予想していた困惑や諦めの声ではなかった。
「ふふっ」
それは、心の底から感心したような、楽しそうな、鈴が鳴るような笑い声だった。
おそるおそる顔を上げると、朱鷺さんは、その美しい顔に、これまでで一番深い微笑みを浮かべて、僕のことを見ていた。
その瞳は、尊敬と、好奇心と、そしてほんの少しの呆れ(?)が混じった、複雑な色をしていた。

(……え? なんで笑ってるの?)
僕の脳内は、再び混乱の渦に叩き込まれる。
(断ったよな? 俺は今、完璧に、これ以上ないくらい卑屈に断ったよな?)

朱鷺さんの内心は、もちろん僕が知る由もなかった。
実力者が自らの力をひけらかさず、謙虚であることを「美徳」とするこの世界において、僕の常軌を逸した卑屈さは、彼女には全く、寸分違わず、正反対の意味に映っていたのだ。

(なるほど。これほどの力がありながら、一切驕らず、他者への配慮を忘れない。なんと、奥ゆかしい方なのだろう)
(パーティの栄光に泥を塗る、足手纏いになる、と。それはつまり、自らの力が異質であり、既存の戦術の枠に収まらないことを自覚した上での、最大限の謙譲の言葉。普通の人間なら、これほどの力があれば、天狗になって当然なのに)
(あるいは、何か特別な事情があって、表舞台に出ることを極端に嫌っているのか? 隠遁を望むほどの、何かを。一体、どれほどの過去を背負えば、これほどの強さと、これほどの謙虚さが両立するというのか)
(ただ者ではないとは思っていたが、これほどとは。この男、相田宗一郎。一体、何者? ……ああ、なんてこと。ますます、興味が湧いてきてしまった)

僕の全力の拒絶は、彼女の中では「深い謙譲の表れ」であり「謎めいた過去を持つ強者の証」として、完璧に誤変換されていた。僕の行動は、またしても僕の意図とは全く無関係に、僕という人間の評価を、僕が最も望まない方向へと吊り上げてしまったのだ。

朱鷺さんは、僕の必死の懇願を、実に優雅に、そして無慈悲に一蹴した。
「ふふっ。分かりました。あなたのそのお気持ち、しかと受け止めました。その深いお考え、しかと胸に刻ませていただきます」
(え、伝わった? やった!)
僕が一瞬、安堵の表情を浮かべたのも束の間、彼女は、悪戯っぽく、しかし逃がさぬと光る目で、言葉を続けた。
「ですが、私は諦めませんよ」

絶望。
僕の顔から、血の気が引いていくのが分かった。

「必ずや、あなたのお力が必要になる時が来ますから。その時まで、このお話は、一旦『保留』とさせていただきましょう」
彼女はそう言って、僕の心を完全にへし折る、完璧な笑顔を浮かべた。
僕と彼女の会話は、致命的なまでにお互いの意図を理解しないまま、ただただ美しく、そして残酷に、すれ違い続けるのだった。
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