転移魔法は最強の攻撃魔法である!!

yomuyomu

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第2部:交差する思惑

第13話:組合の有名人、その名は『紅蓮の獅子』。

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森の時間が、止まっていた。

相田宗一郎の、あまりにも突飛な、あまりにも無慈悲な提案に、
朱鷺と玄は言葉を失い、化石のように固まっている。

風が木の葉を揺らす音だけが、気まずい沈黙の中を通り過ぎていく。

宗一郎は、二人の反応を完全に誤解していた。

(ああ、やっぱりだめか。馬鹿げたこと言うなって、呆れてるんだ)
(そりゃそうだよな。空気なんて、どうやって動かすんだって話だよな。)
(俺の転移魔法だって、まだ石ころとか、大きな猪とか、はっきり「これ」って分かるものしか動かしたことないし……)

彼は、自分の提案が常識的に「不可能」だと思われているのだと解釈し、
慌てて、しかし小声で、その理論を補足し始めた。

「あ、いや、もちろん、できるかどうか分からないんですけど。」
「でも、もし、この洞窟全体の空間を正確に把握して、」
「その中にある岩とか土とかゴブリンとか『じゃない』ものを、全部『空気』ってことにして、」
「その座標情報だけを丸ごと別の場所に上書きできれば、あるいは……」

その、ぶつぶつと呟かれる、まるでプログラムの仕様を考えるかのような独り言を聞いて、朱鷺は、はっと我に返った。

違う。
この青年は、冗談や夢物語を語っているのではない。
彼は、本気で、その荒唐無稽な作戦の「実行手順」を、今まさに頭の中で組み立てているのだ。

朱鷺は、玄と視線を交わした。
玄もまた、驚愕と困惑が入り混じった顔で、静かに頷き返す。

常識で考えれば、狂気の沙汰だ。
しかし、この青年は、これまでも自分たちの常識を、いとも容易く覆してきたではないか。

朱鷺は、覚悟を決めた。

「……分かりました、宗一郎さん。あなたのその作戦、試してみましょう」

「えっ」
と、今度は宗一郎が驚く番だった。
「い、いいんですか? こんな、素人の思いつきみたいな……」

「ええ」
と朱鷺は頷いたが、すぐに現実的な問題点を指摘する。

「ですが、どうやってこの洞窟を完全に密閉しますか?」
「入り口を塞ぐにしても、これほどの大きさの岩を運ぶのは玄さんでも骨が折れる。」
「それに、あの崖の上にある通気口。あそこまで登って完璧に塞ぐのは、私でも至難の業です」

それは、もっともな指摘だった。
作戦の前提となる「完全な密室」を作り出すこと自体が、極めて困難なのだ。

玄も「姐さんの言う通りだ。半日仕事になるぜ、こりゃ」と腕を組む。

しかし、宗一郎は、きょとんとした顔で首を傾げた。

「え? ああ、塞ぐだけ、ですよね? それなら、僕がやりますけど」

「……はい?」

朱鷺と玄が聞き返す間もなかった。

宗一郎は、まず、洞窟の入り口から少し離れた山の中腹に視線を向けた。
そこには、家の屋根ほどもある巨大な岩塊が、大昔からそこにあるというように鎮座している。

彼は、次に、目の前の洞窟の入り口に視線を戻した。
まるで、二つの物の大きさと形を、目測で測るかのように。

(あの岩、大きさは十分すぎるな。)
(形も、まあまあ。)
(少しだけ回転させて、こっちに持ってくれば、蓋みたいにぴったりハマるんじゃないか?)

彼が、ふっと息を吸い、精神を集中させる。

次の瞬間、信じられないことが起きた。

山の中腹にあったはずの巨大な岩塊が、何の音もなく、忽然と姿を消した。
そして、一拍の後。

ゴッ……!!!

地響きと共に、その岩塊が、洞窟の入り口に「出現」した。
寸分の狂いもなく、まるでパズルのピースがハマるかのように、洞窟の入り口に完璧に嵌合し、内部を漆黒の闇で閉ざしてしまった。

あまりの衝撃に、周囲の地面が揺れ、木々から鳥が一斉に飛び立つ。

「なっ……!?」
「うそ、だろ……」

玄と朱鷺が、呆然と口を開けて立ち尽くす。
玄の自慢の怪力など、まるで赤子の遊びに思えるほどの、圧倒的なスケールの力だった。

しかし、宗一郎の仕事はまだ終わらない。

彼は、今度は朱鷺が見上げていた、数十メートル上の崖にある、人が一人通れるかどうかの小さな通気口に視線を移す。

(あそこは、岩を運ぶより、近くの壁で塞いだ方が早いな。)
(この辺の岩盤を、少しだけ、粘土みたいに……)

彼が、再び集中する。

すると、通気口のすぐ隣にあった崖の岩盤の一部が、まるで意志を持ったかのように、ぐにゃり、と形を変え始めた。
そして、生き物のように伸びていき、通気口を内側から完全に、それこそ溶接でもしたかのように、完璧に塞いでしまったのだ。

「……よし、と。これで、たぶん、大丈夫だと思います」

宗一郎は、額の汗を拭いながら、こともなげにそう言った。

朱鷺と玄は、もう何も言えなかった。
彼らは、目の前の青年が振るった力が、戦闘能力とは全く別の、いわば「創世」の力に近い、世界の理を根本から捻じ曲げるような力であることを、この時、初めて肌で理解した。

朱鷺は、ごくりと唾を飲み込み、震える声で言った。

「……準備は、整い、ました。いつでも、どうぞ」

その声には、先ほどよりも遥かに色濃い、畏怖の念が込められていた。

宗一郎は、完全に密閉された洞窟の前に立つと、再びゆっくりと目を閉じた。
彼の内心では、先ほどと同じように、冷静な計算だけが繰り返されていく。

(……対象空間の定義、完了。)
(転移対象の選別、完了。)
(転移先座標、設定完了。)
(実行します)

彼が指を鳴らしたわけでも、何かを叫んだわけでもない。
ただ、彼の内で、一つの命令が「決定」されただけ。

その瞬間、先ほどとは比べ物にならない、強烈な現象が起きた。

ゴォォォォ……ッ!

塞がれた岩の隙間から、これまで以上に激しい吸引音が鳴り響く。
大岩が、内側からの強烈な陰圧に耐えきれず、ミシミシと悲鳴を上げた。
森の木々がしなり、まるで巨大な竜巻の中心にいるかのように、風が一点に向かって荒れ狂う。

その異常な現象は、ほんの十数秒で、ぴたりと止んだ。

宗一郎は、うっすらと額に汗を浮かべながら、ゆっくりと目を開けた。

「……たぶん、終わった、と、思います」

玄が、おそるおそる、入り口を塞いでいた大岩を、少しだけ横にずらす。
洞窟の中から、何の音も聞こえてこない。

完全な、墓場のような静寂。

松明に火を灯し、中を覗き込むと、そこには、先ほどの光景が広がっていた。
数十匹のゴブリンたちが、外傷もなく、ただ、生命のスイッチを切られたかのように、静かに折り重なっている。

***

夕暮れだった。

西の空が、まるで熟しすぎた果実を絞ったかのように、鮮烈な茜色に染まっている。
その燃えるような光は、地平線に連なる山々の稜線を黒い影絵のようにくっきりと浮かび上がらせ、地上に伸びる木々の影を、どこまでも長く、長く引き伸ばしていた。

一行は、誰一人として口を開くことなく、黙々と町への道を歩いていた。

依頼は、完遂された。
しかし、一行を包む空気は、およそ勝利のそれとは程遠い、まるで葬列のような重苦しさに満ちていた。

朱鷺も玄も、未だに、先ほどの出来事が信じられなかった。
あれは、本当に、目の前の、少し猫背で、人の良さそうな青年が、たった一人で引き起こしたことなのか。

陽菜だけが、事の重大さを理解していないのか、「宗一郎さん、すごかったね!」と無邪気に称賛するが、その言葉が、逆に場の気まずさを増幅させていた。

(うまくいって、よかった。)
(これで早く帰って、団子が食える)

(でも、なんでみんな、こんなに静かなんだ?)
(俺、また何か、変なことしちゃったのかな……)

彼の単純な行動が、仲間たちの価値観や常識という名の複雑なシステムに、全く予期せぬ波紋を広げ、
結果として「気まずい空気」と「疎外感」という、彼にとって最も望まない結果を「創発」させてしまったのだ。

***

組合の酒場「百獣のねぐら」は、一日の仕事を終えた冒険者たちが集う、最も活気に満ちた時間帯を迎えていた。

報告を済ませ、隅のテーブルで食事をとっていると、酒場の入り口から、ひときわ目を引く一団が入ってきた。
『紅蓮の獅子』。

リーダーである猛は、朱鷺たちのテーブルを見つけると、まっすぐにこちらへやってくる。
彼の顔には、隠そうともしない敵意と軽蔑の色が浮かんでいた。

「朱鷺殿! 感心しないな。」
「ゴブリンの巣を、赤子の手をひねるように片付けたそうじゃないか。」
「だが、そのやり方、到底褒められたものじゃないと、もっぱらの噂だぜ」

猛は、宗一郎を睨みつけ、吐き捨てるように言う。

「おい、そこの新入り。」
「貴様、戦いを何だと思っている。」
「武器を交え、技を競い、命を懸けて敵を打ち破る。それが戦士の誉れだろう。」
「それを、巣穴ごと、あろうことか『窒息』させるなどという、卑劣で、臆病なやり方で勝利して、何が嬉しい!」

卑劣。
臆病。

その言葉が、焼印のように、宗一郎の心に突き刺さる。

俯いてしまう宗一郎。
彼の心は「ほら、やっぱり。俺のやり方は、間違ってたんだ。俺は、卑劣で、臆病な人間なんだ」という自己否定でいっぱいになる。

朱鷺が「猛殿、彼のやり方にも理があります」と冷静に間に入るが、猛の怒りは収まらない。

「問答無用!」
「こんな男が、あんたの隣にいること自体、俺は認めん!」

一触即発。
二つのパーティの間に、険悪な空気が立ち込める。

その時、
それまで黙って食事をしていた陽菜が、
静かに箸を置き、
すっと立ち上がった。

その瞳には、いつもとは違う、静かで、冷たい光が宿っていた。
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