転移魔法は最強の攻撃魔法である!!

yomuyomu

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第3部:王都の陰謀と穢れの森

第22話:謁見の間と、ガラス細工の姫君。

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王宮の内部は、静寂そのものだった。
鉄斎の紹介状という、僕にはまだ価値の分からない水戸黄門の印籠のようなもののおかげで、僕たちは無事に巨大な門をくぐることができた。しかし、その内側に広がっていたのは、外の整然とした街並み以上に、人間味の欠落した世界だった。

案内役の、感情というものをどこかに置き忘れてきたかのような顔をした文官の後ろを、僕たちはただ黙ってついていく。
どこまでも続く廊下は、磨き上げられた一枚板の檜か何かでできており、僕たちの草履の音が、やけに大きく、そして冷たく反響した。歩くたびに、古い木の香りと、床を磨くために使われているのであろう、どこか薬草のような、すんとした清潔な匂いがした。
壁には、歴代の王や、伝説上の英雄を描いたのであろう、巨大な水墨画の掛け軸が、等間隔に掛けられている。そのどれもが、恐ろしく精緻で、描かれた人物たちは、まるで今にもこちらに語りかけてきそうなほどの迫力を持っていた。しかし、彼らの目は、どれもが同じように、絶対的な権力者のそれであり、僕のような場違いな侵入者を、静かに、そして冷たく見下ろしているようだった。

空気は、ひんやりと澄んでいるが、重い。
高い位置にある、美しい組子細工が施された窓から差し込む光は、廊下に荘厳で複雑な影の模様を描き出している。それは美しいはずなのに、なぜか、まるで巨大な鳥かごの中に閉じ込められたかのような、息苦しさしか感じさせなかった。

隣を歩く玄さんですら、いつもの軽口を叩かず、黙って腕を組んでいる。陽菜も、その場の荘厳な、それでいて人を寄せ付けない雰囲気に完全に呑まれてしまい、緊張した面持ちで、再び僕の服の袖をぎゅっと握りしめていた。その小さな手の震えだけが、この冷たい空間の中で、唯一の温かみのように感じられた。

(無理だ。完全に場違いだ)

僕の心の中は、その一言で埋め尽くされていた。
なんで俺がこんなところにいるんだ。胃が痛い。胃が、まるで誰かに内側から雑巾のように絞られているみたいに、キリキリと痛む。
今すぐ転移魔法で、あの村の、陽菜さんの家に帰りたい。あの、古びてはいるけれど、い草と陽だまりの匂いがする、僕が唯一「帰る場所」だと認識し始めている、あの縁側で、ただぼーっとしたい。

そんな僕の切実な願いなど、この世界の理は少しも聞き入れてはくれない。
案内役の文官は、やがて、ひときわ大きく、そして豪華な彫刻が施された巨大な観音開きの扉の前で、足を止めた。
「皆様。こちらが、謁見の間でございます。姫君様は、間もなくお成りになられます。くれぐれも、粗相のないように」
その事務的な言葉だけを残し、文官は深々と一礼すると、音もなく去っていった。
残された僕たちの前で、扉の両脇に控えていた衛兵が、ゆっくりと、重々しく、その巨大な扉を内側へと開いていく。

軋むような音と共に、扉の向こう側から溢れ出してきたのは、圧倒的なまでの光と、そして、殺意にも似た静寂だった。



案内された謁見の間は、現世で僕が知るどんな空間よりも、広く、荘厳だった。
天井は、どこかの大聖堂のドームのように、目が眩むほどに高い。そこからは、何百、いや何千もの蝋燭が灯された巨大なシャンデリアがいくつも吊り下げられ、眩いばかりの光を放っている。
床は、鏡のように磨き上げられた黒漆の板張りで、僕たちの姿を寸分の狂いもなく映し出している。
その、体育館ほどもあるだだっ広い空間の壁際に、彼らはいた。

色とりどりの、目も綾な絹の着物や、格式高い神官の装束、あるいは武家のものらしい豪奢な鎧兜をまとった人々。宰相、将軍、大臣、貴族、神官長。この国の権力の中枢を担うであろう人間たちが、まるで蝋人形のように、ずらりと居並んでいた。

僕、陽菜、朱鷺、玄の四人が、部屋の中央まで進み出た、その瞬間。
まるで合図でもあったかのように、その場にいる全員から、無数の視線が、一本の槍のように、僕たちに突き刺さった。

それは、値踏みするような目だった。
好奇と、侮蔑と、そして明らかな敵意が混じり合った、冷たく、粘りつくような視線。
彼らは、一言も発しない。衣擦れの音だけが、張り詰めた静寂の中で、やけに大きく聞こえる。
しかし、彼らの視線は、雄弁に語っていた。

(あれが、天下一か。聞いていたよりは、ただの女ではないか)
(隣の男は、ただの田舎剣士だろう。見ろ、あの無作法な立ち姿を)
(冒険者など、所詮は金で動くごろつきよ。神聖なる姫君様の御前に立たせるなど、言語道断)
(一番後ろの小僧はなんだ? 幽霊か? 死人のような顔色をして)

ひそひそと交わされる声が、幻聴のように僕の耳に届く。
僕は、全身から冷や汗が噴き出すのを感じた。
この感覚を、僕は知っている。
現世の教室で、僕が「汚いもの」として扱われていた時に浴びせられ続けた、あの視線の暴力だ。違うのは、その視線の質だけ。あの頃のそれは、もっと無邪気で、もっと直接的な悪意だった。だが、今僕に突き刺さっているのは、もっと洗練された、もっと冷酷な、自分たちとは違う「異物」を排除しようとする、貴族的な傲慢さに満ちた視線だった。

(やめてくれ)

心の中で、悲鳴が上がる。

(そんなに、見ないでくれ)
(俺は、ここにいない。俺は、ただの背景だ。壁の染みだ。床の木目だ。石ころだ)

僕は、必死に自分の存在を消そうとした。いじめられていた頃に身につけた、唯一の処世術。気配を殺し、呼吸を殺し、ただのモノになる。そうすれば、いつか嵐は過ぎ去っていく。
しかし、この荘厳な謁見の間では、その術は通用しなかった。黒漆の床が、無慈悲にも僕の存在をくっきりと映し出し、逃げ場などどこにもないことを、冷徹に告げていた。

僕の胃は、もう限界だった。今にも、その場でうずくまってしまいそうだった。
その、永遠にも思える静寂と視線の拷問が、ふいに、破られた。



謁見の間の最も奥、一段高くなった場所に設えられた玉座に、いつの間にか、静かに、一人の少女が座っていた。
まるで、最初からそこにいたかのように。あるいは、光そのものが人の形をとって、そこに顕現したかのように。

その少女が現れた瞬間、場の空気が、完全に変わった。
あれほど僕たちに突き刺さっていた侮蔑と好奇の視線が、一斉に、まるで磁石に引き寄せられる砂鉄のように、彼女一人へと注がれる。その視線は、もはや侮蔑の色を失い、純粋な敬愛と、神に対するかのような畏怖の念に満ちていた。

彼女が、この国の姫君、小雪。

純白の、十二単を思わせる豪奢な着物を、その華奢な体にまとっている。
腰まで届く、濡れたような艶のある黒髪は、シャンデリアの光を反射して、まるで銀河のようにきらきらと輝いていた。
その顔立ちは、まだ少女のあどけなさを残しているというのに、この世の美という美を全て集めて、人の形に練り上げたかのような、完璧な造形をしていた。人間というよりは、雪の精霊か、月の女神か何かのように、神々しく、そしてどこか現実離れしていた。

彼女は、居並ぶ全ての人々、そして僕たちに向かって、ゆっくりと、慈愛に満ちた完璧な微笑みを浮かべた。
その微笑みには、不思議な力があった。
ただ微笑まれただけで、場の張り詰めていた緊張がふっと和らぎ、見ている者すべてが、温かい陽だまりの中にいるかのような、幸福な気持ちにさせられる。まるで、神の恩寵そのものだった。
玄ですら、その神々しいまでの美しさに、息を呑んでいるのが分かった。陽菜は、目をきらきらと輝かせ、憧れの眼差しで姫を見つめている。
貴族たちの中には、その微笑みだけで感極まったのか、そっと涙を拭う者さえいる。

誰もが、姫の神々しさに心を奪われていた。
その中で、僕だけが、全く別のものを見ていた。

僕の目には、その完璧な微笑みが、まるで精巧に作られた能面のように見えた。感情というものが一切介在しない、ただ「微笑み」という形を完璧に再現した、芸術品。
そして、彼女の存在そのものが、今にも指で弾けば、りん、と澄んだ音を立てて砕け散ってしまいそうな、極限まで薄く作られた、ガラス細工のようにもろく、儚く映った。

なぜなら、僕は見てしまったからだ。
彼女が微笑んだ、その一瞬。ほんの一瞬だけ、その完璧な微笑みの裏側、宝石のように美しい瞳の奥の、さらに奥の、魂の最深部で、全てを諦めきったような、深く、静かで、そしてどこまでも昏い、憂いの色が、ゆらりと揺らめいたのを。

(この人、笑ってない)

僕の脳裏に、その言葉だけが、はっきりと浮かんだ。

(顔は、完璧に笑ってる。でも、目が、全然笑ってない)
(なんでだろう。この世の全てを手に入れてるはずの、この国の誰よりも幸福であるべき人が、まるで、世界で一番不幸な人みたいな、そんな目をしている)

僕のその心中を、見透かしたかのように。
あるいは、僕だけが、彼女の本当の心の叫びを、受信してしまったかのように。

姫は、ゆっくりと玉座から立ち上がった。
そして、鈴の音を鳴らすような優雅な足取りで、僕たち一行の前まで歩みを進めると、国の最高権力者とは思えぬほど、深く、深く、その純白の衣が床に触れるほどに、頭を下げた。

「どうか、この国をお救いください、勇士の皆様」

その声は、春の小川のせせらぎのように、どこまでも美しかった。
けれど、その響きのどこかには、もう何も期待していない、これが最後の祈りなのだと告げるかのような、微かな、ひび割れの音が混じっているのを、僕だけが聞き取っていた。

僕は、その姿に、痛いほど鮮やかに、かつての自分自身の姿を重ね合わせていた。
冷たい雨が降る、放課後の教室。
助けを求めることもできず、ただ全てを諦めて、床の上でうずくまっていた、あの頃の自分の姿を。
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