女帝の愛は誰のもの

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ガラスが割れる音が部屋の外の廊下にまで響き渡った。

皇帝であるエレイン付の侍従であるレンはノックをする前に聞こえてきた物騒な物音に、ドア越しに聞き耳をたてる。

泣き叫ぶような金切り声が聞こえてくる。

幼い頃からエレイン付の侍従であったレンは、日頃から慣れたことではあるが、ドアをノックする前に一つ深く息をついた。

そうして目の前の、今まさに物騒な物音が聞こえてくる部屋のドアをノックし、足を踏み入れた。



机の上には散乱している菓子、ひっくり返った中身の溢れたカップ、割れた照明、投げつけられたものに動揺しながらもエレインを諌めようとする侍女。



「ああもう!忌々しい!忌々しい!」

そう叫び、蹴り上げられ転がった椅子。

皇帝の自室ということで置かれた豪華な調度品は無残にも散乱し、ひび割れ倒れている。

「皇帝である余を馬鹿にしおって!…ああ、もう全部全部いやだ」




エレインは幼い頃から何か気に食わないことがあればすぐに癇癪を起し、周囲の人間や物に当たり散らしていた。

それは皇帝になってからも変わらない。
むしろ皇帝となり、多くの人間と関わることとなって更に悪化したようにも思われる。


優秀な宰相であるシリウスが隣にいればいるほどエレインを軽んじるその視線が消えることはない。
しかし、統治者としての能力が不足しているエレイン1人では決して国を治めることはできない。

宰相であるシリウスが完璧に国を治めているからこそ、何もできないエレインも皇帝としてその立場に君臨し続けられるのだ。


エレインもそれは頭で理解している。
だがそれでも、皇帝であり、絶対的な存在であるはずの自分が軽んじられることは許させなかった。




「陛下、何があったのですか?」

憂いを含んだ声で問い掛ける。

レンの声が聞こえたエレインはドアの方を振り向き、投げつけようと振り上げていた皿を持つ右腕を下ろした。


なんとかエレインを諌めようと説得を試みていた侍女はレンが来たことに安堵の表情を浮かべ、さっと何も言わずに退室した。


「お前何をしていた」

レンに向き直ったエレインはひどく睨みつける。

「お前がどこかに行っていたせいで、あの侍女に余が! ああもうっ! …全部全部腹が立つ!」


そう言って、右手に持っていた皿を床にたたきつける。

再び部屋中に割れる音が響き渡った。



そんな様子をまじかに受けたレンだが、表情を変えることはなく声に愁いを含んだ声で謝罪の言葉を述べる。

「陛下、申し訳ありません」

こういう時は、彼女を説得するよりも何をするよりも先に謝罪の言葉を述べることが一番なのだ。



それでもエレインの気は静らない。

「うるさいうるさい、うるさい!」

近くにあるものをひたすら投げたり、ひっくり返す。
それでもレンにあたらないのは彼女が辛うじて残っている理性が働いているからだろうか。


レンはひたすらエレインが何か声を荒げるたびに謝罪の言葉を繰り返す。

どんな理不尽なことを言われてもただただ自分が悪かったとそれだけを繰り返すのだ。


侍女たちは自分の些細な行動で急に癇癪を起すエレインがおかしいと思っている。
しかし、レンは違う。

エレインは自身が誰よりも上に立つ存在であるという扱いをされないから怒るのだ。

確かにエレインは皇太女の座を一度は奪われた人間だ。
そして、皇帝としての器も能力も皇帝となった今でも持ちえない。

しかし、皇帝であり、直系の皇族の血を受継ぐ彼女は、いまや誰よりも上の存在であるという認識にいまだ周囲が変わらないことが驚きだった。



8歳のエレインの従者となったレン。
彼はかつて出世を狙う弱小貴族の息子であった。

彼の父はレンをなんとかエレインに付きの末端の従者にすることができた。
息子を次期皇帝の従者とすることで、家の力を更に強めようとしたのだ。


しかしその目論見はあっけなく崩れる。
10歳となったエレインは皇太女を妹のジルフィアに奪われる。

エレインの傍に揃っていた優秀と呼ばれる従者たちは次々と去る。
末端の従者だったはずのレンはいなくなった従者たちの穴を埋める日々を過ごすうちに、エレインの傍付きとなっていた。

当時のエレインは子供特有の癇癪を頻繁に起こしていた。

だがレンはずっと理不尽にエレインに苛立ちを当てられながらも文句を言わずに従者として仕え続ける。
なぜなら、エレインが皇太女ではなくなった少し後にレンの父の汚職があらわになり、家の財政状態も大きく傾く。

家のためにも、家族のためにもレンは従者を続けざるを得なかった。


時が過ぎ、やがてエレインが17歳を超えた時にはエレインの傍仕えはレンしかいなくなっていた。


次期皇帝となることもなく、無能な皇族として城の隅に追いやられたエレインだが、レンもそう大して変わらなった。

汚職をした家として、無能な皇族に仕える従者としてレンも蔑まれ続けていた。



しかし、それもエレインが皇帝となったことですべて一変する。
レンも一気に皇帝付きの筆頭侍従として駆け上がる。

城の中で後ろ指刺され続けるだけであったレンは、むしろ頭を下げられる人間となったのだ。
皇帝の筆頭侍従となったことで傾き続けていた家の財政も立てなおる。

レンはエレインが皇帝となったことでもっとも恩恵を受けた人間であった。


だからこそレンはエレインの望む従者の姿を演じ続ける。
長年仕えて理解しているが、彼女は誰よりも心が脆く弱い人間だった。




「陛下、申し訳ございません」

何度目かの謝罪の言葉を述べる


泣き叫び、暴れ、疲れたのだろう
肩で息をしていたエレインは散らかった周囲に見向きもせずソファへと倒れこむように腰掛ける。



「…疲れた。…湯浴みがしたい」

脱力したように項垂れ、小さな声で告げる。



ようやく落ち着いたことに内心でほっとしながらも、顔には一切出すことはない。



弱い弱い主だが、それでも長年仕えていたレンは理解している。

癇癪を持ち暴れ泣きわめくことも多いが、良いところもあるのだ。

それに救われたことがあるからこそ、どんなに理不尽なことがあっても、レンは過去も今も彼女の傍にあり続ける。









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