女帝の愛は誰のもの

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小走りに近いほどに足早に歩みを進めるのは誰もが跪く皇帝である。


「叔父上!」

目の前のドアに手をかけ、部屋中に響くよう声量で言葉を放ったのはエレインだった。



その声と音に反射的に振り向いた壮年の男性は急に開いたドアに一瞬驚いた表情を浮かべた後、穏やかな笑顔を向ける。

普段の無表情や癇癪はどこへなりを潜めたのか。
その微笑みを見据え、エレインはめったに見せることのない心からの笑みを浮かべる。



皇帝を急がせることのできる唯一の存在
皇帝が甘えることのできる唯一の存在

それがエレインの伯父であるセルゲイ・ヴァイスである。


皇帝の訪れに椅子から立ち上がり、入口へと向き直ったその身体に幼子のように飛びついたのはエレインその人だった。

「…おやおや」

そう言葉にするが彼の手はエレインの身体を抱き留め、優しくその髪を撫で上げた。

その手つきに目を細めたエレインは更に自らその手に頭を擦り付けた。





――――――――――――――――――――――――




セルゲイははエレインの父、前皇帝の皇配の3つ上の兄だ。

筆頭側室であるルスランと同様に数多の皇配を輩出してきた名門のヴァイス家の当主である。
教育係として、父を早く亡くしたエレインの父親代わりとして、幼少の頃よりエレインを見守ってきた。


長机に2人、向かい合って腰掛け、食卓に並ぶのは2人では食べきれないような絢爛豪華な料理の数々。
口数の多くないエレインも叔父セルゲイの前でだけは違う。

エレインは、食事の手が早々に泊まり、幼い子供のようにあれがこうだった、自分はこれが嫌だったと日々の些細なことでも何でもセルゲイに伝える。
それをセルゲイは否定もせずに、会話の中でのエレインの行動の変化を言葉にして返す。

決してすぐに否定はしない。
最後までエレインの言葉を聞き、そして自分の考えを伝える。

エレインのいう事を否定せず、存在を承認してくれた

それがエレインにとっては幼い頃に亡くなった実父以外で、セルゲイだけだったのだ。



――――――――――――――――――――――――


「レン、あれを」

「承知いたしました」

エレインの言葉に後ろに静かに控えていたレンはさっとセルゲイの前に差し出した。

「叔父上、こちらエルバの一等良いエメラルドで作った髪飾りです。叔父上のために特別に作らせました」

重厚のある布の上には、透明感のある大きなエメラルドを配した二連の簪。オーロラ色に光を反射するエメラルドは透明感をのある光を反射し美しく輝いている。

「これは…」


簪に目を向け、セルゲイの言葉が詰まった。


「…叔父上?」

そんな珍しい様子にエレインは急に不安になった。
エレインが何をしてもセルゲイが動揺する様は今まで見たことがなかったのだから。


「…もしかしてお気に召しませんでしたか?…でしたら、そ、それっ、それならばすぐに新しいモノを用意させますので!」

慌てたように立ち上がり、言葉を早め、レンへとあれこれ指示を出すエレインを見てセルゲイはようやく平静を取り戻す。

「陛下。あまりに素晴らしいもので驚いただけでございます」

その言葉を聞いてもエレインは不安げな視線が消えない。


セルゲイはそんなエレインを見て、にんまりと微笑んだ。


決して簪に満足したのではない。


この国最高権力である皇帝の位置に立ったとしてもこの姪は、自分の行動に一喜一憂する。


いつまでたっても哀れな幼子のように。
















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