とある警察官の恋愛事情

第一話

けたたましく電話の音が鳴り響くオフィスの一室、モノモノ文具お客様相談室。

朝十時から始業されるとすぐに設置されている八機すべての電話が絶えず鳴り響く。

週明けの月曜日、午前十時半。向かい合うようにして並べられた机の一つに座る和泉透は、今日も深いため息をつきながら受話器を取った。


「はい、モノモノ文具お客様相談室、和泉が承り……」

「やっと出た！」

　受話器から聞こえたのは、険のある女性の声。少ししゃがれているので、年齢は四十代後半ぐらいだろうか。


「朝からずっと電話をかけているのに、全く繋がらなかったのよ。本当、困ったものだわ」


「それは、お待たせしてしまい申し訳ありません。いかがなされましたか？」


「そちらがこの間出したあれ！　新商品ののりあるじゃない？　桃の容器の！」


「フルーティーのりですか？」

　フルーティーのりとは、先日モノモノ文具が新商品として発売したばかりの文具だ。容器を桃やイチゴ、メロンといったフルーツの形にしており見た目でも楽しめるように工夫している。


「そうそれ、あれ息子が本物のフルーツだと勘違いして一口食べちゃったのよ。まったく、息子を吐かせるのに苦労したわ。病院に行って異常が無かったからよかったものの、もしも万が一の事になってたら一体どうやって責任を取るつもりなの？」


「息子さんが、間違えて誤食してしまったという事ですね……。それは、申し訳ありませんでした」


　和泉は目の前にあるパソコンの画面を見つめた。今まで入ってきた苦情のデータを見ることができるのだが、フルーティーのりに関しては、似たような苦情がここ二カ月で十件程届いている。

「リアルすぎる見た目」をコンセプトに売りに出した商品だが、それが逆に仇になってしまっているのだ。もちろん、こういった場合を想定してパッケージに注意書きを入れているのだが、大多数の人間は視界にすら入らないのだろう。和泉は、パソコンに苦情内容を打ち込みながら謝罪した。


「申し訳ありませんって……、謝って済む問題じゃないでしょ！」


電話の相手は激昂している。大切な息子を思ってのことだ、無理もないだろう。しかし、注意書きをしている以上、客側に全く過失がないわけではないのだ。けれど、ここで誤食を防ぐために注意書きが記載されていたと伝えてしまうと、相手をさらに怒らせてしまうかもしれない。



和泉はただ、何度も謝罪した。相手の話を親身に聞き、何度も何度も謝罪を重ねる。これが一番早くて面倒くさくない方法なのだ。そして、段々と相手も疲れてきたのか、最後は呆れたように「もういいわ」と吐き捨てるように言い、一方的に電話を切ってしまった。


「やっと終わった」

　電話が終わるまで、約一時間と十分。長い長い戦いだった。そして、受話器をもとの位置に戻すとまた、けたたましく電話の音が鳴り響く。和泉は再び深いため息をつき受話器を取ったのだった。