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第64話
しおりを挟む慧の体から力が抜け落ち、手足がだらんと垂れた。
「おいっ」
慌ててその体を支えた土方は、慧の体温が異常に上がっていることに気づく。
土方は慧の額に手を当てた。
「こいつ、熱がある」
「そんなはずは……」
沖田も慧の側により、頬に手を当てた。
「かなりの高熱ですね」
息が絶え耐えになっている慧の顔を見つめながら沖田が呟いた。
「早く……、寝かせた方がいいですね」
「ああ」
慧の体を持ち上げた土方は、急いで寝床へと運ぶ。
「お前、気づいてたか? 熱があったこと」
「いいえ、まったく」
沖田は、手拭いを樽の上でしぼり、慧の額へとのせる。
「体を少し……、乱暴に扱いすぎたのかもしれません。反省してます」
「いや、それは俺もだ。どうも、こいつといると加減がきかなくなるんだ」
土方がそう答えると、「分かります」と沖田が頷いた。
二人が見下ろす男の顔は赤く染まり、苦しそうに呼吸を繰り返している。
土方と沖田は二人して首を傾げた。
「この男は一体何者なんだ」と。
土方も沖田も、ここまで一人の人物に執着したのは初めての事だった。
けれど、その相手のことについて、知っている情報はほとんどない。分かっていることと言えば名前くらいだ。
苦しそうに呼吸を繰り返す慧を見つめ、男たちはため息をついた。
手のひらに伝わる温もりで、慧は目を覚ました。
体がだるく、頭が痛い。視界もかすかに歪んでいる。
(あれ……ここどこだ……?)
天井を見る限り、ここは元いた地下室ではない。光が入り込み、全体的に視界が明るい。ここに至るまでの記憶を必死に手繰り寄せている時だった。
「起きましたか?」
上から降ってきた声に顔を傾けると、すぐ側に沖田がいた。
「えっ……なんで……」
「あなた、熱を出して倒れたんですよ」
「熱……?」
「あなたが勝手にここを抜け出したからといって、無理をさせすぎてしまいましたから」
沖田の言葉を聞き、慧は意識を手放す以前の記憶を思い出した。
途端に顔に熱が集まり始める。
「それよりも、手を離してもらっていいですか? このままでは、何をするにも不便ですから」
沖田にそう言われ、視線を下に持っていくと、なんと、慧が沖田の手を掴む形で握りしめてしまっていた。
「えっ、あ、……すみません」
寝ている内に何故か沖田の手を握ってしまったようだ。すぐに手を離すと、沖田は笑って樽につかっている手拭いを絞った。
「体を拭きましょう。そのままでは気持ちが悪いでしょうから」
「えっ、いいですっ、そんな」
襟元に伸びてきた沖田の手を慌ててはらい、慧は首を横に振う。
「いいから」
しかし、沖田に強引に押し切られてしまった。
「熱を出している貴方をいじめるほど、私は性格が悪くはありません」
慧の着物を脱がせながら、沖田は優しい手つきで慧の体を拭く。
「華奢ですよね、慧さん」
「え?」
「ああ、土方さんから教えてもらいました。あなたの本当の名前……。それから記憶をなくしていることも。そうとは知らず、すみませんでした」
沖田の謝罪に慧は目を丸くした。沖田が、こんな風に下からものを言って来るなんて想像もつかなかったからだ。
それから、慧の熱が収まるまで沖田は慧の面倒を見た。その間、決して慧に手を出してくることはなく、食事の補助や風呂に入れない慧の体を丁寧に拭き上げてくれた。
そして、何日か共に過ごすうちに、沖田の方から話しかけてくることも増えた。今日の天気や、隊士たちの話。外に出れない慧にとっては沖田の話がとても面白く、時代が違う人々の暮らしは、驚きや発見が多かった。
一方、土方の方は中々姿を見せない。それとなく沖田に土方の事を聞いてみると、どうやら土方は遠方に行っているらしく、しばらく帰ってこないのだという。
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