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第三章 幸運のしるし
◇19 豚汁
しおりを挟む今日は、待ちに待った……
「……あれ?」
「おはよう、アヤメ」
楽しみにしていた日のはずなんだけど、あれ? お父様、仕事服?
「おはようございます……今日、お仕事ですか?」
「違うぞ? 約束しただろう?」
「こーら!」
呆れ顔をしていたお母様に、お父様は強制連行されて行ってしまった。
今日は、【お食事処・なかむら】に家族三人で行く日、のはず。だいぶ前から約束していたし、それに昨日、本人は休みを強引にもぎ取ってきたって言っていたのに。昨日まで全然家に帰ってこれなかったのは、きっとこの日を空ける為だったんだと思ってたんだけど……
おかしいな、と思っていると仕事服から違う服に着替えたお父様がお母様と一緒に来た。
「ごめんなさいね、アヤメちゃん。この人仕事人間だから……」
「はは、悪かったな」
お父様はお休みが滅多になく、今までもプライベートでお出かけをした事があまりないそうだ。なるほど、そういう事か。けれど、お父様のそんな姿を初めて見たから、ちょっと面白くてクスクス笑ってしまった。
でも、お父様の仕事服は本当にかっこいいと思う。王宮騎士団総括だったよね。アルフレッドさんの騎士団服もカッコいいし。この世界の洋服は本当にセンスがいいし素晴らしいと思う。
でも、お父様ってイケメンだから何を着ても似合っちゃうよね。お母様もとっても綺麗だから美男美女で貴族の中で騒がれていたに違いない。あれで49歳と47歳だなんて思えない。
さ、行こうか。と私達3人は馬車に乗り込んだ。
「アヤメちゃん、ご飯の後、リアのお店に行こうと思うのだけどいいかしら」
リアさん? あ、ブティックね。なるほどなるほど、そういう事か。
「この人、プライベートの服が2着しかなくて。気付かなかった私も悪いのだけれど……ですから、今日絶対買いますからね」
いいですね、と聞かれたお父様は……明後日の方向に目を泳がせていた。なるほど、確かに仕事人間だ。でも2着しかないというところは本当にびっくりだ。
「ほぉ、ここか」
初めて【お食事処・なかむら】に来たお父様は、この外装に驚いてはいたけれど興味津々な様子だった。
中に入ると、お客さんが何組か席にいるのが見えた。そのほとんどが貴族の人達。まぁ、私達が来ていた事でお客さんが増えたって言ってたから、そうなってしまうのもおかしくない。
「いらっしゃいませ!」
「こんにちは」
最初に私達が入ってきたところで、ナナミちゃんが私達に気が付いた。けれど、最後に入ってきた人物を見て、唖然としてしまった。そう、お父様だ。口、開けっぱなしですよ。気持ちは分かるけど。
「お、お、お久しぶりでございます、公爵様……」
「あぁ、久しぶりだな。だが、今日はプライベートなんだ、そういうのは気にしなくていい」
と、言われていたけれど、顔で私に訴えてきた。
『無・理・で・すっ!!!』
と。きっとお父様達には聞こえていない。頑張れナナミちゃん!
内心大混乱な様子で、こちらへどうぞ、と席に案内してくれた。
私達が入ってきたことによって、店内のお客さん達もナナミちゃんと同じようなリアクションをしていた。あ、はい、なんかごめんなさい。
でも当の本人達は全く気にしていないようで、今日何が食べられるのかととっても楽しみにしているみたい。
メニューをどうぞ、と2枚渡してくれて、3人で覗き込んだ。ほぉ、今日はアジフライ定食、照り焼きチキン定食、チキン南蛮定食だ。
さて、何にしようか。と考えている最中に、今度は兄のタクミ君が近づいてきた。いらっしゃいませ、と挨拶をしに来たらしい。
「それで、どうします? アヤメ嬢」
「いいんですか?」
「えぇ、ご要望があれば」
あ、お父様とお母様がいるから喋り方がそれなのね。ちょっと寂しいけど、仕方ないか。
お父様は、あぁ、成程。と分かったらしい。まぁ何回もそういう話をしていたから分かるか。
でも、何だか悪いな。と思ってはいても甘えてしまってもいいだろうかという期待もあって。
「じゃあ……豚汁って、出来ますか?」
「豚汁? えぇ、大丈夫ですよ」
という事で、照り焼きチキン定食で、付いているお味噌汁を豚汁にしてもらう事に。
どういうものなの? とお母様が聞いてきて、具沢山のお味噌汁ですと説明したら……
「いいな、私達もそうするか」
「えぇ、美味しそうね」
と、いう事に。それと、驚くことにお二人もお箸にしてもらうようお願いをしていた。実は、ずっと練習をしていて何とか食べられるようになったのだ。
タクミ君は驚いていたけれど、以前お箸を購入したことを知っていた為すぐ、かしこまりましたと笑っていた。
「店内の雰囲気もいいな、気に入ったよ」
「でしょう? とっても落ち着けて寛げる空間だと思ったの。興味深いものばかりあるから、ぜひ一度スフェーン王国に足を運んでみたいわ」
「いいな、初めての家族旅行か」
え? は、初めての、家族旅行……? あ、でもお忙しい人達だからそういうのしてこなかったのか。お父様のプライベートのお洋服が2着しかないんだもんそうだよね。
スフェーン王国か……確かに、同じ異世界人である彼らのお爺さんに一度会ってみたいとは思ってた。でも、別の国だし、隣国ではないから結構遠いよね。おやすみをたくさん貰わないと旅行出来ない。大丈夫だろうか。
そんな感じで会話に花を咲かせていたら、ナナミちゃんが私達の所に食事を持ってきてくれた。今日の定食メニュー一つずつ頼んだのだけど、どれも美味しそうだ。
そして、私が頼んだ豚汁。はぁ~良い匂い! ほくほくと湯気が立ってる!
「いただきます!」
「ふふ、いただきます」
「いただきます」
ん~~~♡ 豚汁美味し~~~~♡ 具材自体もどれも美味しいし、具材の旨味がお味噌汁に溶けていて身体の中に染みわたるぅ~~♡
はぁ、最高です。
「これは、ソースかしら」
「はい、かけても美味しいですよ」
お母様もお父様もお箸で頑張ってご飯を食べている。無理をしなくてもいいのに、と言いたかったんだけど、一生懸命だったから言えなかった。
本当だったら、そのままがぶっといくんですよ、と言いたいんだけど、そんな豪快な食べ方ははしたないからお口チャックした。それにどれも食べやすいよう小さくカットしてくれたみたいだから大丈夫だよね。
こっちも美味いぞ、とお父様がおすそ分けをしてくれて。じゃあ私のもどうぞ、と交換した。どれも美味しくて感動してしまった。
「これがご飯、というものか。米、とも言うんだろう?」
「はい。ふっくらして美味しいでしょ?」
「あぁ、肉と相性がぴったりで進むな。おかわりは無料だった気がしたんだが……」
そのお父様の声に、すかさずナナミちゃんがこちらに来て、おかわりですか! と。おかわりしてくれるって、作っている側としてはとっても嬉しい事なのかな。お父様の食べっぷりもすごいけれど。私ももっと胃が大きかったらなぁ。普通の人より食べられないからちょっと残念ではある。
デザートも平らげて、ごちそうさまでした、と声を揃えた。そのタイミングで、ナナミちゃんがこちらに駆け寄ってきた。前に見た紙袋を持って。
「これ、どうぞ皆さんで食べてください」
「ん? これは……」
「カステラです」
わぁ、カステラだ! 私結構好きなんだよね、カステラ! 小さい頃、よくママが買ってきてくれたの覚えてる。ママ好きなんだよね。甘くて美味しいのよ~!
「すまないね。前に頂いた、あのようかんも美味しかったよ。ありがとう」
「お屋敷の皆にも結構好評だったのよ。さっき、テイクアウトを始めたって書いてあったのだけど、ようかんも購入していいかしら?」
「はい! すぐにご用意しますね!」
確か、マリアが栗ようかんが皆に人気だったって言ってたような。競争が激しかったって言ってた。じゃあマリアは? って聞いてみたら、照れた様子で選べませんって言ってた。ふふ、皆喜んでくれてよかった。
ではまた、と店を後にした。また来たいな、次は何を食べようかな。
さ、次は大変だぞ。リアさんのブティックだ。嫌な予感がするのは私だけ?
と、思っていたら案の定、お母様がぶつぶつお父様に文句を言っていた。でも服のチョイスは完璧だった。さすが奥さん、旦那さんに似合う服を熟知している。
お父様とお母様のなれそめ、聞いてみたいかもしれない。
だけど、私のはこれくらいでいいから自分達の服を選びなさい、と逃げたお父様。すぐにお母様の視線が私に変わってしまった。
思った通り、どんどん私の洋服が増えてしまい最終的には屋敷のクローゼットが閉まらなくなりそうなほどの量になってしまった。あはは、と苦笑いするしか出来なかった。
けれど……帰りの馬車でお父様が爆弾を投下した。
「実は、アルフレッドには今日絶対に帰りなさいと言っておいてあるんだ。帰ったら、カステラを持っていってくれないか?」
「……え?」
わ、私が? アルフレッドさんに……?
「以前ようかんを自慢したら羨ましがっていたよ」
「あの子、言わないだけで意外と甘いものが好きなのよ。お願いできるかしら、アヤメちゃん?」
屋敷に帰ってきてすぐに、まさかの重大任務を課せられてしまった。
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