焚火の聖女

石原こま

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2.もろきゅう

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 結果から言うと、彼女の力は本物だった。

 彼女が見せてくれた通りの場所に、一つ目の種はあった。

 しかも、俺が指定した通りの青い魔石が埋められている種。

 これで最悪の事態は回避できたと胸を撫で下ろし、改めて礼と二つ目の種について依頼しに神殿を訪れると、そこには前回とは全く違う様相の聖女殿がいた。



「ほほ、本日はお日柄もよく!!でん、でん、殿下におかれましてはご機嫌も麗しく……。し、し、知らなかったとはいえ、せ、せ、先日は大変失礼なことをしてしまい申し訳ありませんでした!」



 聖女殿は聖女らしい純白の衣装を身につけ、そう言って俺に頭を下げた。



「ああ、そういえば前回は名乗らなかったな。申し訳ない。しかし、そんなにかしこまらないでいただけると助かる。王子と言っても私はなんの後ろ盾も無い八番目の王子であるし、殿下と呼ばれることには慣れていない。」



 俺がそう答えると、それを否定するかのように神官長が割って入った。



「ヴィンス王子!先日は不手際があり、大変申し訳ございませんでした。まさか、そんなにお急ぎの件とは知らず、改めて席を設けるつもりだったのでございます。聖女と言っても、この者はあまり大きな力もないものですから、お役に立てるかどうか……。」



「いや、十分お役目を果たしていただいた。本日は、その礼と続きの捜索を依頼に来たのだ。彼女の力は本物だ。」



 俺がそう答えると、神官長は驚いたように目を見張った。

 後で知ったことだが、この聖女殿が失せ物を探し出せたのは、ほんの数回だったらしい。

 しかも神殿に高額寄付をしてくれる貴族などの依頼はさっぱりで、お金にもならない身近な人間のものしか見つけられていなかったのだそうだ。



「聖女殿にあらためて時間をお作りいただきたいのだが、これから宜しいか。」



 そう神官長に尋ね、俺は聖女殿に正式な面会の時間をもらった。



 ***



 通されたのは、前回とは違い、正式な晩餐のテーブルだった。

 目の前に普通より多く燭台が置かれているのは、聖女殿が炎の中に見るからなのであろうかととも思ったが、どうも以前とは勝手が違いすぎる。



 それは聖女殿も同様なのか、どこかぎこちない表情で強張った笑顔を貼り付けている。



「ヴィンス殿下。こちらはアルミラ地方で取れた最高級のワインでございます。どうぞ、お召し上がりください。」



 そう言って、侍女がグラスに注いだワインを一口飲み、聖女殿の方を見る。

 彼女も同様に一口だけ飲んだようだった。



「先ほども言ったが、貴女の力は本物だった。貴女が見せてくれた通りの場所に第一の種はあった。聖誕祭前の忙しい時に申し訳ないが、またご協力いただけないだろうか。」



 俺がそう言うと、聖女殿は一瞬だけ目を見開き、その後、嬉しそうに微笑んだ。



「大丈夫です。私、聖誕祭では一番端っこに立っているだけのお役目ですので。しかし、本当にあったのですね?お役に立てたようで良かったです。それで、次はブラウンの種でしたわね。」



 そう言って、聖女殿はぎこちなくワインを飲み、炎を見つめた。



 そして、またワインを飲み、炎を見つめた。

 そして、またワインを飲み、炎を見つめて、見つめ続けた。



「無理があるんじゃないか?」



 と俺は声をかけた。

 どう見たって、前回とは何もかもが違いすぎる。



「いえ、そんなことは……。多分、酔えば見えるはず。」



「全然酔ってないじゃないか。まず酒が進んでない。前回の酒はどうした。ワインは好みではないのか?」



「いえ、ワインはいいんですけど、私、甘い味のものをつまみにお酒を飲む気にならなくて……。」



「私の姉も同じこと言ってたな。」



「あと、高級ワインって、なんか気が引けて飲みづらいんですよね。でも、殿下をあんな場所に連れて行くわけにも……。」



「さっきも言ったが、私は王子とは名ばかりで、実際には魔術師団の副団長としての役目の方がメインの人間だ。魔獣討伐であれば野営もするから、問題ない。それに、私もこういった堅苦しい場は好きではない。」



 そう言うと、聖女はチラと神官長の方を見た。

 神官長は訝しい顔をしている。



「神官長殿、席を裏庭に移させていただきたい。そして、人払いをお願いする。」



 そう言って、聖女殿を促して、神殿の裏庭へと移動した。



 前回の場所に着き、薪を重ねた。

 その前に、前回と同じ椅子を置き、同じ場所に座る。

 しばらく待っていると、聖女殿がやって来た。

 俺の意図を察してくれたのか、前回の服装に着替えている。

 まあ、あんなヒラヒラした聖女の衣装では火が燃え移る危険もあるだろうし、それにこちらの方が彼女らしい。

 俺が魔法で焚火に火をつけると、聖女殿は驚いたように声を上げた。



「殿下は魔法が使えるんですね。すごい。なんか異世界に来たなって感じがします。」



 そういえば、聖女殿たちの世界には魔法がないと聞いたことがある。



「この国では魔法が使えるものは珍しくない。あと、殿下はやめてほしい。貴女が力を発揮できる条件を考えると、どうやら貴女と楽しく酒が飲める間柄でいないといけないようだ。だから、私のことはヴィンスと呼んでほしい。王子ではなく、ただの魔術師だと思って欲しい。」



「……では、私のことは高橋とお呼びください。」



「『タカハシ』と言うのか。随分、変わった名前だな。」



「ああ、これはいわゆるファミリーネームでして、私の国では異性の名前を気安く呼ばないのです。でも、そうなると殿下の苗字はオルグレン……王国名と一緒。それも呼びづらいですね。」



「名前は何というのだ。」



「はあ、恵と言います。高橋恵。」



「では、メグミ殿でいいだろうか。」



「殿……なんか硬いかな。会社では『恵さん』って呼ばれたんで、それでもいいですか?」



「メグミサンだな?いいだろう。では、私のこともヴィンスサンで。」



 俺がそう言うと、メグミサンはクスッと声を出して笑った。

 つられて、俺も破顔する。



「しかし、こうやって火を囲むのはいいものだな。久しく野営に出ていないから、懐かしい気がする。」



「そうなんですね。本当に火っていいですよね、この世界に来て、夜、テレビもネットもなくて、何もやることがなくて、焚火を始めたんです。そしたら、意外とハマってしまって。火を囲みながらちびちびと飲むのが、いいんですよねー。」



 先日と同じようにカップに酒を注がれる。

 目の前に並べられたのは、この国の酒のつまみ。

 そして、メグミサンの世界の食べ物であろう不思議な食べ物。

 きゅうりに添えられているのは、初めて見る茶色い何か。

 細かい豆のようなものが見える。



「あ、これも挑戦してみます?」



 メグミサンは俺の視線に気づいたようで、それを目の前に差し出した。



「なんだ、これは。」



 縦半分に切られたきゅうりの上に乗せられたそれは、独特の匂いがした。



「これは『もろきゅう』です。この茶色いのが『もろみ味噌』っていう味噌で。ああ、これは先日話をした『酵母の聖女』にもらったんですけどね。これが、いい酒のつまみなんですよ。」



 メグミサンはそう言って、その『モロキュウ』とやらを一口かじると、先日と同じような勢いで酒を飲んだ。

『くーっ、やっぱりこれだよ!』と独り言を呟いている。

 その飲みっぷりがあまりにも心地よく、恐る恐るながらもその『モロキュウ』を口に入れてみる。

 と、それは今まで食べたことがない独特な塩味。

 メグミサンに倣って酒を飲めば、その独特な風味がちょうどよく舌の上に広がった。



「これはいける!」



 思わず声を上げると、メグミサンは嬉しそうに目を細めた。



「いける?いけるでしょ?やっぱり、お酒のつまみはこうじゃなくっちゃ!この世界の人が、果物の砂糖漬けとかをつまみにするのが、ほんっとうに理解できなくて。お酒はまあまあいけるから、まだ良かったけど。」



「では、次回はメグミサンが好みそうなつまみを持ってこよう。酒も、甘口より辛口がお好みのようだが、それでいいだろうか。」



「本当ですか?この神殿には、酒好きな人が少なくって、全然情報が入ってこないいんですよね。できれば、魚介系のつまみないですかね?エイヒレとかあったら最高なんだけど!」



「『エイヒレ』とはなんだ?」



「エイっていう魚のヒレを乾燥させたものなんですけど、それを火で炙って食べると、すっごく美味しいんですよ!」



「魚のヒレか……。海沿いの地域で似たようなものがないか、今度行った時に探してみよう。」



 私がそう言うと、メグミサンは嬉しそうに笑った。

 彼女は本当にお酒が好きなようだ。

 前回と同じような心地よい時が流れ、二人で焚き火を見つめながら、たわいもない話をする。

 この世界のつまみの話をすると、メグミサンは興味津々のようで目を輝かせた。

 この国では、あまりお酒を好む女性は少ないのだが、彼女の世界では違うようで、一人で店に入り酒を飲むこともよくあったそうだ。



「あ……、今日も見えて来ましたよー。ブラウンの石がはまった種。多分、あれじゃないですかね?ここはどこなんだ?うーん、ちょうど港町っぽいな。湾に囲まれた岬に砦のような建物……ちょっと見てくれます?」



 そう言って、メグミサンは先日と同様、私の手を握った。

 その指先は少しひんやりとしている。

 

「あー、これは南部地方のピランだな。あの特徴的な岬には見覚えがある。」



「その港に泊まってる赤い船の甲板の端。あれ、見えます?ちょっと出ているところに引っかかってるやつ。多分、あれですよ。」



 第二の種も、こうやってあっけなく見つかった。



◇◇◇



 二度目に彼、ヴィンスさんに正式な場で会った時、私はそのいかにも異世界風な風貌に心底驚いた。

 初回の飲み会の後、私の担当をしている神官長からあれが王子様だったと聞かされた時も驚いたけど、フードを取った彼は、二次元でしか見ることがないと思っていた銀髪、そして紅眼だった。

 しかも魔術師ときたから、本当にテンションが上がった。

 そして、あらためて自分が異世界とやらに召喚されたことを実感した。

 この世界に来てから、これまでずっと神殿の中でしか過ごしておらず、一緒に召喚された子は全員日本人だったから、最近ではうっかり忘れそうになっていたのだ。

 さらに私を驚かせたのは、この王子様、超美形!

 この世界の人は大概美形ばっかりなんだけど、ヴィンスさんはもう本当に二次元レベルの顔の良さだった。

 

 聖女仲間たちの情報によると、ヴィンスさんは第八番目の王子であるものの、一般的には『魔女の息子』と呼ばれていて、通常女子しか生まれない魔女の家系に約300年ぶりに生まれた男子なんだそう。



『めっちゃ有望株ですよ!恵さん、これはチャンスです!』



 と聖女仲間たちは私をけしかけてくるけど、もうそんな面倒なことに顔を突っ込む気はない。

 それに、10歳年下と聞いた時点で、絶対にあり得ない。

 思わず、聖女仲間には『私なんかより、みんな自分の心配をしなさいよ』と返してしまった。

 何せ、この世界に召喚された聖女達ときたら、揃いも揃って男に縁がない。

 みんな私よりずっと若いのに、仕事ばっかりしてきた社畜揃い。

 女神様は、社畜を選んで召喚してるんじゃないかって思うほどだ。



 まあ、私はもう婚活戦線からは離脱した身なので関係ないけど、一緒に召喚された聖女達はみんないい子ばっかりだから、ぜひおすすめしないと。

 次回はもう少し良いつまみを用意しようと、私は心に決めた。
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