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休息
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一行は山道へと入った。
人家が少なくなるにつれ道は狭く、足元は険しくなった。
佐奈は心細くなったが、自分がそれを面に出してしまうと女たちの間に不安や怖れが広がってしまうと思い強いて平静を装って黙って歩いた。
やがて駒飼という山間の小さな村に着いた。
小山田信茂は勝頼にそこでの一泊をすすめ、自分は一足先に岩殿城へ行き出迎えの人数を整えて戻ってくると申し出た。
「非常の時だ。そのような手筈を踏むよりも一刻も早く御館さまに岩殿城へ入っていただくのが先決でありましょう」
跡部勝資が言ったが信茂は、
「兵たちはそれで良くとも女人がたは馴れない山道でお疲れでございましょう。せめて御台さまのものだけでも輿は無理でも馬なりとご用意してきたいのですが……」
と、重ねて言った。
勝頼はそれを許した。
信茂が発ってしばらくして岩殿城から小山田家の家臣、小山田八左衛門という者がやって来た。
荷馬五頭に食糧や衣類などの日用品を携えてやって来た八左衛門は、村で一番大きな家を勝頼の本拠とし、その家の離れを佐奈たち妻妾の宿所に定めると、他の家々もそれぞれ将兵やその家族の宿に割り当てていった。
そうしながら手際よく食糧などを配り分けていった為、人々は新府を出て以来初めてほっと息をついた。
山道を歩いて汚れた佐奈の足を侍女が運んできた湯で丹念に洗った。
知らぬ間に出来ていたらしい傷が湯に沁みてひりひりと痛んだ。
小山田信茂はなかなか戻って来なかった。
小山田八左衛門は、
「なにぶん、小さな城でございますゆえ。御館さま、御台さまをお迎えするにあたって準備に手間取っているのでございましょう。しかし、二、三日のうちには必ず」
と請合った。
しかし、佐奈は不安だった。
「何も立派な支度など要りませぬから、はよう安全なお城に入りとうございます」
その夜遅く、離れにやって来た勝頼に佐奈は訴えた。
「怖いのか」
「いいえ。御館さまのお側にいれば佐奈は何も怖くはありませぬ。けれど、こうしていて万が一、織田の手勢の者でもやって来たら…」
「分かった。明日、一度八左衛門にはかってみよう」
そう言って勝頼は佐奈のからだを抱き寄せた。
その夜の愛撫はいつになく執拗であった。
もともと勝頼は女に執着する方ではなく、夫婦のこともどちらかと言えばあっさりとしていた。
嫁いできた当初、枕を交わすなりすぐに寝息をたててしまう夫に、佐奈は年若い後妻の自分が飽き足らないせいであろうかと随分と気に病んだものであった。
それは元々の性分のようで勝頼は父、信玄と比べて側室の数も少なかった。
女が嫌いということはないようなのだが、それよりも戦や政について男たちと意見を戦わせたり、弓をとって馬を駆っている方が性に合っているようであった。
しかし、御親類衆の木曽義昌の謀反が明らかになり、それに続き穴山梅雪の裏切りが発覚したような頃から時折、狂おしいほど激しく彼女を求めることがあった。
それも新府を出てからは絶えてなくなり、軍議を終えて佐奈のもとへやって来ても隣りに横わたるとすぐに眠ってしまうことが続いていたのだが。
その夜の勝頼は佐奈が嵐のように続くそれに耐えかねてそれとなく拒むように身をよじっても容易に彼女を離そうとはしなかった。
寝所とはいっても躑躅が崎の館や新府の城にいた頃とは違う。
襖一枚隔てた隣室には女たちが休んでいるのだ。
佐奈は懸命に声を堪えていたが、 執拗な愛撫に負けて、か細い声を放ってしまったあとは堰が外れたように押し寄せてくる波に身を任せてしまった。
人家が少なくなるにつれ道は狭く、足元は険しくなった。
佐奈は心細くなったが、自分がそれを面に出してしまうと女たちの間に不安や怖れが広がってしまうと思い強いて平静を装って黙って歩いた。
やがて駒飼という山間の小さな村に着いた。
小山田信茂は勝頼にそこでの一泊をすすめ、自分は一足先に岩殿城へ行き出迎えの人数を整えて戻ってくると申し出た。
「非常の時だ。そのような手筈を踏むよりも一刻も早く御館さまに岩殿城へ入っていただくのが先決でありましょう」
跡部勝資が言ったが信茂は、
「兵たちはそれで良くとも女人がたは馴れない山道でお疲れでございましょう。せめて御台さまのものだけでも輿は無理でも馬なりとご用意してきたいのですが……」
と、重ねて言った。
勝頼はそれを許した。
信茂が発ってしばらくして岩殿城から小山田家の家臣、小山田八左衛門という者がやって来た。
荷馬五頭に食糧や衣類などの日用品を携えてやって来た八左衛門は、村で一番大きな家を勝頼の本拠とし、その家の離れを佐奈たち妻妾の宿所に定めると、他の家々もそれぞれ将兵やその家族の宿に割り当てていった。
そうしながら手際よく食糧などを配り分けていった為、人々は新府を出て以来初めてほっと息をついた。
山道を歩いて汚れた佐奈の足を侍女が運んできた湯で丹念に洗った。
知らぬ間に出来ていたらしい傷が湯に沁みてひりひりと痛んだ。
小山田信茂はなかなか戻って来なかった。
小山田八左衛門は、
「なにぶん、小さな城でございますゆえ。御館さま、御台さまをお迎えするにあたって準備に手間取っているのでございましょう。しかし、二、三日のうちには必ず」
と請合った。
しかし、佐奈は不安だった。
「何も立派な支度など要りませぬから、はよう安全なお城に入りとうございます」
その夜遅く、離れにやって来た勝頼に佐奈は訴えた。
「怖いのか」
「いいえ。御館さまのお側にいれば佐奈は何も怖くはありませぬ。けれど、こうしていて万が一、織田の手勢の者でもやって来たら…」
「分かった。明日、一度八左衛門にはかってみよう」
そう言って勝頼は佐奈のからだを抱き寄せた。
その夜の愛撫はいつになく執拗であった。
もともと勝頼は女に執着する方ではなく、夫婦のこともどちらかと言えばあっさりとしていた。
嫁いできた当初、枕を交わすなりすぐに寝息をたててしまう夫に、佐奈は年若い後妻の自分が飽き足らないせいであろうかと随分と気に病んだものであった。
それは元々の性分のようで勝頼は父、信玄と比べて側室の数も少なかった。
女が嫌いということはないようなのだが、それよりも戦や政について男たちと意見を戦わせたり、弓をとって馬を駆っている方が性に合っているようであった。
しかし、御親類衆の木曽義昌の謀反が明らかになり、それに続き穴山梅雪の裏切りが発覚したような頃から時折、狂おしいほど激しく彼女を求めることがあった。
それも新府を出てからは絶えてなくなり、軍議を終えて佐奈のもとへやって来ても隣りに横わたるとすぐに眠ってしまうことが続いていたのだが。
その夜の勝頼は佐奈が嵐のように続くそれに耐えかねてそれとなく拒むように身をよじっても容易に彼女を離そうとはしなかった。
寝所とはいっても躑躅が崎の館や新府の城にいた頃とは違う。
襖一枚隔てた隣室には女たちが休んでいるのだ。
佐奈は懸命に声を堪えていたが、 執拗な愛撫に負けて、か細い声を放ってしまったあとは堰が外れたように押し寄せてくる波に身を任せてしまった。
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