古都奈良の和風カフェ あじさい堂花暦

橘 ゆず

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第一章 和風カフェあじさい堂

4.笹山の祖母

 翌日。
 悠花は、夏らしい水色の夏着物を着た沙代里と連れ立って祖母の家へ向かった。

 母に抱かれた奈江が「いってらっしゃーい」と可愛い手を振って見送ってくれる。

「悠花ちゃん、素敵やわ。よう似合てる」

「そ、そうかな……」

 悠花が着ているのは淡いグリーンの着物だった。若苗色というらしい。

 絽といううっすらと透け感のある涼しげな生地の訪問着で、お茶のお稽古の席には少し改まり過ぎているけれど、久しぶりに会う祖母への挨拶の場ということも考えて母が選んだものだった。

 セミロングの髪は、母が貸してくれた緑のとんぼ玉のついた髪留めでまとめてある。自分ではとても似合っているとは思えなかった。

 馴れない草履でのぎこちない歩き方といい、傍からみたらレンタル着物を着て散策中の観光客にしか見えないに違いない。

「そのうち慣れるって。私だってはじめはそうやったもん」

 そう言ってにっこり笑う沙代里は、生まれついての大和撫子といった風情で着物姿がしっくりと絵になっている。

 母の前よりも少し打ち解けて、柔らかな響きの言葉で話す沙代里は同性からみてもなんとなく色っぽかった。

 二人並んで日傘をさして歩いた。沙代里ちゃんのそれは藍色に白で朝顔の絵が描いてある涼し気なもの。私のは母に借りた白のレースだった。

「それにしても悠花ちゃんてほんま親孝行なんやなあ」

 沙代里が日傘をくるくる回しながら言った。

「は!? どこが?」

 むしろ、ただ今、絶賛人生最大の親不孝中だと思うのだけれど。

「だってなんやかんや言うてお義母さんの言うこと聞いてこうして出かけてきとるやろ? うちやったら実家の親があんなん言うたらもう口きいたらへんわ」

 おっとりとした口調で痛いところをつかれて悠花は黙り込んだ。
 
「親孝行なんかじゃないよ。ただ、争うのがめんどくさいっていうか……」


 悠花は昔から誰かから強く何かを言われたり、争いになりそうな雰囲気が苦手だった。
 そうなってくるともう何でもいいからその場をおさめて立ち去りたいということしか頭になくなってしまう。

 そしてそれは母だけではなく、他の人に対してもそうだった。

 今だってそうだ。

  親孝行だという沙代里の言葉のうらに、呆れているような響きを感じてそれに反発を感じているのにそれを口にすることも出来ない。

 そんな自分が嫌で、東京へ行ったはずなのに結局またこんなことになってしまっている。

 情けなくて嫌になる。

 沙代里はそんな悠花を見て、
「まあ、お義母さんも言い出したら聞かへんところあるもんね」
と困ったように笑った。

 途中、興福寺の南の石段のところを通った。

 昨日、作務衣姿の男の人に助けられ、ついでにお説教みたいなことを言われた場所である。

(また偶然会ったりしないよね……)

 そんな偶然そうそうあるものじゃないとは思いながらも、ついビクビクとあたりを伺ってしまう。

 祖母の家は元興寺というお寺の近くの「ならまち」と呼ばれる一角にある。

  小学校の頃までは、両親や弟と一緒によく遊びに来ていた。

 中学に入って、「部活や勉強が忙しい」というのを口実にしてお茶のお稽古に行くのをやめてしまって以来、なんとなく行きづらくなってしまって足が遠のいてしまっていたので、家に行くのは本当に久しぶりである。

 祖父の法事のときは、京都の駅前のホテルで行われる集まりに出席してそのまま新幹線に乗って東京に帰ってしまっていたから。

 まわりの街並みは、古い町家風の風情を残しながらお洒落なカフェやレストランが出来たりして、昔の記憶にあるものからだいぶ変わっていた。

 父の実家──笹山茶舗は町家風の建物の一階の通りに面した部分を店舗、細長い敷地の奥と二階を住居にしているこのあたりに多いつくりの家だった。

 濃緑に白で「お茶のささやま」と染め抜いた暖簾のかかったお店の入り口を通り過ぎ、その横の細い路地を入っていくと白木の玄関がある。

 沙代里が慣れた風にインターフォンを押すと内から応対する声がして戸がからりと開いた。

 藍色の露芝模様の着物をすっきりと着こなした祖母は、記憶のなかの姿とあまり変わっていなかった。

  白髪まじりのグレーの髪をフェミニンな感じのショートヘアにしているのも若々しく見える。

「沙代ちゃん、いらっしゃい。暑いなかご苦労さんやな」
「ほんとう。毎日暑いですね」

 沙代里はにこにこ笑って日傘をたたんだ。

 その時になって祖母がはじめてこちらに目を向けた。

「悠花か?」
 
「は、はい。ご無沙汰してます。今日は急に一緒にお邪魔してしまって……」

 ぎこちない挨拶は祖母の朗らかな笑い声に遮られた。

「なにをかしこまっとるの。この子は。長いこと東京におったからって何もお祖母ちゃんにまでそんな気取らんかってええやろ」

 ころころと笑いながら祖母はそっと悠花の手をとった。

「まあ、しばらく見んうちにすっかり娘さんらしゅうなって。お祖父ちゃんもびっくりするわ。はよう見せたって」

 促されるままに仏間に通されて、慣れない着物姿でなんとか正座をしてお焼香をあげ、それから慌てて母から持たされた菓子折りの包みを差し出す。

(あれ、これって風呂敷っていつ取ればいいんだっけ?家に入る前だっけ? それとも渡す直前?)

  内心うろたえている悠花に構わず祖母はさっさと受け取って自分で風呂敷をほどくと嬉しそうに顔を綻ばせた。

「いやあ。若雀さんのわらび餅とくず饅頭。お祖父ちゃんとうちの好物やわ。由香里さんはいつもよう覚えとってくれること」

 由香里というのは母の名前だ。持ってきたのは悠花でも買ってきて持たせたのは母だということを、祖母にはすっかり見抜かれているようだ。

「ひとつはお祖父ちゃんにあげて。あとはお稽古のあとで皆でいただこか」
 お稽古の場所には、奥の庭に面した和室があてられていた。

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