Jet Black Witches - 4萠動 -

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第15話 謝徳と予期悲嘆 〜 帰国直後ⅸ

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「あら! まぁ! やっぱり! ……そう……そういえばそうよね……なんの偶然か、あなた達も異能が使えるということなのよね……」

 ソフィアは、目の前の二人とも、その口振りから異能が使えることを認識すると、

「そういえば癒やしも……」

と、マコトを癒やしてくれた事実も思い起こす。つい先ほどの出来事を忘れたわけではないが、記憶を取り戻したばかりで混濁の最中さなか、まだ整理は追い付いていないようだ。

「そうよね、そうそう……あっ!」

 そこで改めて先ほどのことを思い出す。
 それは、マコトを癒やしてはくれたがやや不充分に見えたこと。

 愛娘を助けてもらった感謝の気持ちからも、アドバイスを兼ねて、ソフィアは内部損傷の癒やしの在り方に触れる。

「えーっと、この癒やしという力は、身体の自己修復機能である治癒力に対して、その力を後押しすることなのだけれど……」

 ヴィルジールとシエラから視線を外し、ゆっくり俯きながら、優しい眼差しをマコトに向け直す。

「今のマコちゃのように骨折している場合、ただ癒やしを掛けると、そのままの形で傷などが修復されてしまうのね」

 癒やした当人、ヴィルジールが反応する。

「それはわかる。だが、どうにもできない、と思うのだが……」

 やや俯き小難しい顔で話すヴィルジールが視線を起こすと、ゆとりある優しげな表情を浮かべるソフィアの瞳、その中心に不意に目が留まる。

 その瞬間、引き込まれる、そんな錯覚をヴィルジールは覚える。

 ソフィアの瞳の奥。その先に秘める果てしなく澄み渡る広大な世界。

 それを丸ごと包み込むように、優しく笑むソフィアからもたらされる、ほかに例えようのない安堵感。

 ソフィアの慈愛の力に触れ、すっかり洗われたからこそ、感じ取れた感情なのかもしれないが、そう見紛うほど澄む瞳にヴィルジールは改めて心を震わせる。

―― そうだったな。
―― 我とは異なるが、これほど大きすぎる尺度スケールなれば……。
―― うん。そうだな。
―― 異を唱えるなど不敬極まりなかったか。だが聞くだけは聞いておくか。

「その言い方、その表情は……どうにかできる……」

 ソフィアは微笑みながら無言の頷きで応える。

「……ということ……」

「あ! そ、そうよね。仮に異能が使えてもふつうはできない領域か」

 同時に被せるように、これは癒やす異能を使える者の共通認識で、だからこそ、さらに一歩押し進めるソフィアたちの見識が、彼等にとっては未知の領域であることをソフィアは改めて再認識する。

 恩人に報いたい思いのソフィアは思考を巡らせる。

 目を凝らして眼の前のヴィルジールをよく見ると、薄っすらとオーラに包まれていることに気付く。

 そして、さらにその様相に注目すると、僅かだが陽炎かげろうのような揺らめきを感じ取る。

 そういえば、と幼少の頃に母アイリから聞いた言葉が頭をよぎる。

 異能には特性があって、それは纏うオーラの表面に現れるのだと。

  そのときの記憶は少し曖昧なため、はっきりとしたことは言えないまでも、揺らめきのようなオーラは力の放出系か、堅さや熱など自身のオーラに対する状態変化系の能力であったはずだと。

 それは今伝えたい能力からは、かけ離れる方向にあるということ。

「うーん……ヴィルジールさんに何ができるのかよくはわからないけど、おそらく外部に力を発揮するタイプよね?」

 ひとまずそれだけを告げながら、ふとシエラの全身に視線を移すと、目立たないが確かなオーラを纏っていることに気付く。

「あ! シエラさんは体内の気の流れが視えるって言ってたかしら?」

「あ、はい。いや、視える、というより感じる、のほうが近いかもしれません」

 シエラの回答に意図の重なりを感じたソフィアは笑みを浮かべさらに尋ねる。

「ということは、体内へ透過的に感じる、イメージ的な参照能力があるということなのね?」

 より具体的な問いとその自身への重なり加減にシエラは一瞬目を見開き、是の意から嬉しそうな表情で返す。

「あ、はい。そういうことになるんですかね。というか、つい先ほどからソフィアさんたちが少し光って視えるようになってきたんですが……」

 他者の目に自身の纏うオーラが光って見えるのは、既に理解しているソフィア。だが、改めて言われる気恥ずかしさに頬を赤らめながら、可能かもしれない旨を返す。

「え? あらそう……なら、そうね。アナタはできるようになる可能性が高そうね」

「ええ? そうなんですか?」

 重ねる問答に追われて思考は停滞気味のシエラだったが、不意に可能性が示され思わず驚く。

「そうね。少しばかり修練したり、時間も少々かかるかもしれないけど、貴女には途轍もない恩があるから、その気があるなら、あと時間も許すならだけど、そのうち教えてあげたいわね」

 願ってもないソフィアからの申し出に驚きながらも即決即断で教えを請う。

「えぇぇ! ぜひぜひ、お願いし……あっ」

 が、ヴィルジールをそっちのけにしていたことに気付き、シエラは慌てて目線をヴィルジールに向ける。
 しかし、そんな気遣いは無用だったようだ。

「ああ、大丈夫だ。暫くは日本でゆっくりするつもりだから問題ない」

 ヴィルジールは特に慌てる様子も見せず、柔らかな表情で返す。

「それにシエラの能力が増して我らもその恩恵にあずかれるのなら何も言うことはない。大金払ってでも会得して欲しい能力だ。何せ皆が助かるんだからな」

 仮にも組織のトップを務めていただけのことはあるのか、ないものは他で補えば良い、という向きの潔さを見せる。

「我も授かりたい力だが、まぁ向き不向きもあるのだろうし、シエラとは常に一緒だから……」
「ヴィルさま……」

 シエラはヴィルジールを見つめ、一瞬だがはにかむような表情を覗かせる。そしてソフィアはそれを見逃さなかった。

「あら、あらあら。この甘酸っぱい感じ……お二人はご夫婦? いや、それにしては呼び方も違うし、シエラさんはまだまだお若そうだから、もしかして恋人なのかしら?」

 そんなソフィアの突っ込みに、突如、火を噴きそうなほど、顔を紅く染め上げ慌てふためくシエラは、

「こここ、恋人? い、いやいやいや違い……ます……」

 現在進行形で曖昧なままだった関係性を、シエラは目配せしながら自信なさげにヴィルジールに問う。

「……よね? ヴィルさま」

 ヴィルジールは、突然の問いにやや狼狽えながらも、今答えられる言葉を並べる。

「お、おぅ。我らは前の職場の上司、……と部下のような関係だ」

 ひとまず差し障りのない言葉が飛び出したことに安堵しながら、眼を見開き頷きを繰り返すシエラだったが、心の奥になにやら隙間のような空虚感を感じているようにも見えた。シエラは笑顔を浮かべつつも、無意識に何処か淋しげな表情を忍ばせる。

「あら、まあ、そう。そういうことね。ふふふ。まあ時間の問題な気もするけど、下手な詮索は止めておくわね」

 なんとなく察したソフィアは、瞳を輝かせ、頬を綻ばせながら、嬉しそうな表情を滲ませる。

 どちらとも取れない微妙な立ち位置のシエラは、まるで心中を見透かされたかの、そんな気持ちが伝わってしまわないかの、恥じらい極まる困り顔だ。眼は潤み、打ち消したそうにソフィアの名を呼ぶ

「ソソソ、ソフィアさん!」
「あら、まぁまぁ。ごめんなさい」
「…………」 

 何とも言えぬ沈黙を挟み、ソフィアは話を進めるように切り出す。

「それじゃあ、続けるわね」
「はい。お願いします」
「もしも骨が曲がったり、ずれていたりするとそのまま固まってしまうし、神経がずれたままだとどこかの機能が効かなくなってしまう可能性だってあり得るわ。何よりも血管ね。破れたままでは血は流れないから、特に動脈、太い血管ね。そのままではいずれ心臓だって止まってしまうわね。そこで癒やしを掛ける前に骨や神経部分、血管を内部から整えてあげる必要があるの……ね……え?」

 ……ッーーーーン…………ンーーーー…………ーーーー…………

―― え? 何? 何かがおかしい。

 シエラやヴィルジールとそんなやりとりを重ねる最中さなかのソフィアは突如、異変を感じ取り、咄嗟に「ジン……?」の名を溢す。と、一転、この場にいないその誰かを案じ、血相を変えて辺りを見回し始める。

―― ジンはどこ?

 通常なら人に聞こえることのない高い音……音量もか細く小さい。仮に耳に届いたとしても、聞き逃しそうなほどの弱々しい音。そしてそれとは別のカサコソ音も加わる。

 ……ガサッ……シャカシャカ……バタバタバタバタ……

―― ぅゎわっ、何これ? 

 しかし、前者の高い音は、人間の可聴周波数よりかなり高い。そのため察知すら困難などっぷり超音波領域だが、そんな音に反応を示すものがいる。それは人以外の虫や動物たちだ。そして都心と違い、ここ空港周辺には小さな命が無数に溢れている。それらから起こる音も次第に大きく、徐々に広範囲へと広がっていく。
 それらは、自然界には存在しないその音色に激しく忌避感をいだくのだろうか、いや、野生の勘がこれから起こる危機を感じ取ったのだろうか。

―― 一体何が起こってるの? 

 そんな小さな存在だが溢れかえるほどの膨大な数が一斉にこの駐車場から飛び出していく。
 どこにこれほどの数が潜んでいたのかと疑うほどで、まるでイナゴの大群が如き、虫、鳥、蝙蝠が空への隙間、床は蜘蛛やゴキブリなどの飛べない集団が床一面を覆い尽くし、全速力で外へと離散していく。

―― ん? 空気が振動してる? 

 ソフィアは、異変の初動を捉えたこともあり、確信を持ちながら超音波の存在を疑う。常人には難しくとも、意識を向けたソフィアの聴覚は、数秒間、付近の空気を震わす音の存在を微かだが肌で感じとる。

―― 肌を刺す、いえオーラを突くこの特殊な感じ、これは超音波かしら?
―― 取り囲むようなこのざわつき方も……嫌な予感しかないのだけど……ジンはどこ?

 何か違和感を覚えつつも聴覚としては全く認識できないイルとシエラは、眼前に立つソフィアがしきりに周囲を見回す、そんな行動に釣られて、辺りを見回し始める。

 ソフィアの反応から0.3秒ほど、僅かに遅れるが、これに反応したのはマコト。
 その異質な空気はマコトの意識を揺り動かし、パチリとまぶたを開くと即座にこぼれる言葉……「パパ?」

 ヴィルジールは何も感じられないようで、そんな周囲の状況にただ慌てる様子を見せ始める。
 と、すぐにソフィアとマコトはジンの姿を捉える。

「いた! ジン」「パパ!」

 共に意識を失っていた二人だから、今現在のジンの行動の子細は知らず、得体の知れない焦燥感に肝を冷やしながらも、一瞬のちに捉えることができた安堵の混じる声で二人はそう叫ぶ。
 が、叫んだ次の瞬間、ジンの姿の向こう側に一閃の光が走り、収束する。

 カッ!!

 その直後のこと。爆発に伴う広がりを見せる爆炎の光景が目に飛び込む。

 「え? ジ……、い、いやーーーーーーーーーーー!!!」

 ドムッ……バァァァァァァァン!!! バリバリバリバリ……!!

 コンマ数秒遅れで爆音が轟き、続いて爆発により弾け飛ぶ様々なもの、吹き出す爆風が撒き散らす破片や煙、それらが次の瞬間には完全にジン側の一面を覆い隠す。

 悲痛の叫びのソフィアの前に、前面の煙の膜から何かが飛び出し、視線で追う。

 ヒューーッ、ゴンッ、ゴロンゴロン……ゴロゴロゴロゴロ……ガラン。
 ガラン…………ガラン……ガランランラン……ガコン。

 タイヤの外れたホイールだった。それが転がりぶつかり、ソフィアたちの手前で円を描き収束しながら倒れて止まる。ソフィアたちは言葉を失ったように呆然と立ち尽くす。

 前面の視界はまだ晴れず、ホイールが転がり止まるまでのその床に擦れる金属との無機質な摩擦音が、事態が飲み込めず茫然自失のソフィアたちの心に芽生える得体の知れない喪失感を一層掻き立てるのだった。
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