Jet Black Witches - 4萠動 -

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第16話 霹靂と踠き 〜 帰国直後ⅹ

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 時間は5分ほど遡る。
 ジンは犯人の車付近に到着する。

 駐車場の柱に激突している車は1台のみで、付近にるいする車は見当たらないことを確認し、ジンは車に近付いていく。

「…… (連行担当、ターゲット確保報告から以降、状況不明となっている。またターミナル1到着予定は過ぎている。速やかに応答せよ) チッ……」

 連れ去り犯の車中を賑やかす外国語らしき音声。それは無線機からがなり立てるやや慌てる様子の声だった。

「…………」

 それは一方通信の様相で、返答が無いことにかなりヤキモキしているようだ。

 そう。返答が求められている連行担当とは、今ジンの目の前に倒れているこの車の乗員で、ソフィアを連れ去ろうとしているところをヴィルジールの攻撃を受け、激突で気を失い通信に気付けない状況だった。

「……(異変があるならば至急状況報告せよ。異常事態を想定して戦闘チームを向かわせているが、経過時間とそこまでの距離からおそらく間に合わない) チッ……」

「……(今から1分以内に応答ない場合、5分後に自爆シーケンスが作動してしまうぞ) チッ……」

「……(アンジェリカ、もしかして意識がないのか? 起きろ。死にたいのか?) チッ ……」

…………

 ところ変わって時間も数分遡る、ここはV国の超能力開発研究所、作戦運用本部のオペレーションルーム。その通信スタッフがただならない雰囲気で問いかける声が鳴り響く。その周りに他のスタッフも集まり、あれやこれやの意見が飛び交う状況だ。

 別の会議を終え、急ぎ足でオペレーションルームに駆け込んできた作戦運用本部長は任務完遂ミッションコンプリート目前のしらせを受け、瞳を輝かせ含み笑う上機嫌の表情だった。

「ん? おい、どうなってる? 例のN国王女は確保済みじゃなかったのか?」

 しかし、待ち受ける空気が纏うただならぬ様相を感じ取ると、困惑ののち、瞬く間にその表情は暗転する。

「なんだこれは? 何があったんだ」

 本部長はカッと目を見開き、怒鳴りつけるように状況を問う。答えたのはオペレーションルームを仕切っていたチーフの男だ。

「はっ、そそ、それが、突然音信不通となってしまったようで……」

 本部長の機嫌の急変と、直前からの状況変化への困惑状態から、明確な答えを返せない男は、シドロモドロになりながらそう返した。

 この頃のV国国内はさまざまな激動の真っ只中にあった。

 自由と民主化を目指す再改革(再構築)を謳う書記長。それに賛同し未来に希望と夢を思い描く者。さまざまな時代背景と情報化社会への乗り遅れから経済は悪化の一途を辿っていた。物資不足や未来への不安からか、経済を立て直そうとするこの再改革は国内に広く浸透した。

 しかし、改革を掲げたからといってすぐに事態は変わらない。先々のことを深く見通せた改革だったかも定かではないが、経済はさまざまな要因が複雑に流動的に絡み合うため、意図する方向に進めることは容易ではないからだ。一党独裁制に染まる者たちが妨げるから余計のこと。

 それどころか、反対に再改革で部分的、中途半端に取り入れられた競争原理が仇となり、物不足からインフレへと物価高騰が国民の生活を直撃する。特に食糧欠乏が顕著化、店頭からほとんどの物資が消え去る事態となる。経済は混乱を極め、物資・食糧の涸渇から、その多くが明日の食事もままならない現実を前に、口をつく不満が溢れ出るばかりだった。

 そしてなお、10年に及ぶ泥沼化したA国侵攻に対する国際的非難、オリンピックボイコットを含む内外からのバッシングに、政府はもちろん国全体が疲弊しきっていた。

 ただ、国民の心を抑え付けるものは、それだけでなかった。

 表面に現れるような激しさはないものの、民衆の心の奥底にくすぶり積み重なる不安、国家存続の根底を揺るがすほどの事態が着実に、そしてじわじわと民衆の心を蝕み続けていた。

 それは半年ほど前に起こった未曽有の災害、とある原発の原子炉暴発事故の冷めやらぬ状況、いや、それ以降、調査報告される実情から、今もなお、刻一刻と被害の範囲は加速度的に拡大し、事態の甚大さは計り知れない悪夢の中にあったのだ。

 政府はその対応に追われるが、それに対応しきるほどの経済力など枯渇しきった状況は、各共和国内に燻る離反への動向を加速する。再改革の方向性は良くても、民意は削がれていく一方であったわけだ。

 国家存続のために、それだけは回避したいところで、妨げる方向に扇動しようとする輩を強引にでもひれ伏させる方法、散り散りに霧散しそうな民意を収束させてくれる方法など、なんとか打開するすべを懸命に模索していた。

 そしてこの作戦運用本部長がその職務上、知り得るさまざまな知見・経験から導き出した答え、それは今日偶然にも導かれるように知ったソフィアという存在だった。

 それら国家存続の危機を覆すほどの大いなる力を秘めると予測するソフィアの驚異的な異能に絶大なる期待を寄せる。

 それだけではない。前回、7年前の拉致失敗後、その反省とともに行った調査から知り得た、その個に生まれながらに備わるカリスマ性にも似た人間的魅力なのか、幼少期から世界を惹き付けて止まない不思議な求心力にも強く期待を膨らませていたのだった。

「なに?! 王女はまだ未知数とはいえ、今わかっているだけでも、これまでの我々の常識を軽く置き去りにしてしまうほどの潜在能力ポテンシャルを秘めていることが判っているんだ。7年前は研究対象としてだったが、今は救世主様として強引にでもお招きしたいわけだ。これこそまさに今日本で流行ってるらしいゲームの『勇者召喚』というやつだな?」

「そ、それほどなのですか? その王女さまの力とは」

「お? 知らないのか? まぁ超機密情報でもあるから、仕方ないか……ふむ。まぁここだけの話だが……7年前の民間航空機撃墜事件で撃墜直撃以外の乗客全員の命を救ったのは彼女の力が揮われたから、と見ている」

「はぁ……そんなことができるとは……私も事件のあらましはニュースを見て知っていますが……女神伝説でしたか? 皆、映画の見過ぎじゃないかと思っていました……いや、でもそう仰るからには真実味は増しては来ましたが、いや、でも……やっぱり根拠付けるには少々情報不足ではないのですか?」

「あー。まぁそうだな。ニュースだけ見てたなら、そんな理解でも仕方ないのか。当時の撃墜から空中分解して着水するまでの状況をスーパーコンピュータで解析させ、あらゆるシミュレーションを元に解き明かしてみたら、確実に何らかの力が及ばないとああはならない。そしてその力の根源となる位置がピッタリ王女さまの座席位置と重なること。さらにはそこに及んだ力の大きさ。我々が世界中から名だたる異能者をかき集めて、かつて計測したその力量、エネルギーの量とでも言ったほうがよいか。その最大量のおよそ800万倍にも及ぶ力が揮われたことになる……」
「はぁ」

 王女の秘められたスペックを語る本部長だが、古い話でもあるせいか、また果てしない数値に胡散臭さを感じるのか、男の理解がうまく進まない様子を見て取ると、本部長は現在のホットな状況に置き換えて話を続ける。

「今、我が共和国は内外共にガタガタなんだ。だが、もしもうまく取り込むことが叶うならば、戦局は一瞬のうちに無血で転覆させられるほどの逸材だとみている。なんせ、テロのあり得ないほどの猛攻がことごとく無効化されたらしいからな」
「え? もしや、あのS国からの? ……」

 男は眉を吊り上げ、目を見開き、驚き過ぎて半歩後退る。

 7年前はまだ下っ端だったから理解も認識も低すぎたが、ごく直近の事件で、しかも各国軍隊を巻き込むほどの壮絶な状況を男は今の立場上から聞き知っていた。

 個々の理屈への理解は及ばないものの、どれほどの力が働かないと結果にマッチしないかのざっくりした見方はできるようだ。

 男がようやく理解を示す反応を見せ始めたところに、ニヤリとしながら本部長は続ける。

「そうだ。事件の仔細や、なんでN国王女が乗り合わせていたのかはわからんが、彼女の力が揮われたとすれば、辻褄も合うというもの。我々の見立てが正しかったことにもなる。何が何でも連れ帰る必要が……」

 困窮する状況を打開する、一縷の望みの対策案とはいえ、今手中にしている状況から、本部長の頬はニヤけて緩みっぱなしの状態だった。が、今の状況、音信不通と、その実行に手配した車両を思い浮かべる本部長は、ふとなにかに思い当たる。

「ん? ちょっと待て……おい、まさか今出している車はもしかして新型のアレか?」

「はっ、最高機密搬送用の最新型車両です。人工知能とまではいきませんが、機密保全が全てに優先し、衛星通信を介して我が国の誇る電子頭脳スーパーコンピュータが状況を判断、最適解となる各種手続き処理を選び取り駆動する至れり尽くせりの仕組みらしいですから。もちろんシートもゴージャスですから、それこそ王女さまであらせられるならば、きっとご満足いただけるかと」

 ドヤ顔で男は語る。それと相反するように、本部長の血相は青ざめていく。

「あぃたたたっ。アレかぁ。まいったな。ヤバいぞ。ヤバすぎるぞ」

「そ、それが何か?」

「馬鹿者! あの車が豪華で搭載機能が賢く優れているのはわかっておるわ。どんだけ予算をぎ込んだと思っておる? この厳しい情勢にもかかわらずだぞ?」

「あゎゎ……そそそ、そうでした。手掛けたのは本部長であらせ……」

 興奮気味の本部長は被せるように続ける。

「ただな、アレには自爆機構があっただろ? 余計なものを組み込みおってからに」
「え? 自爆……」

 男は思いもよらぬ凶悪な言葉に、驚きは隠せず目を見開き絶句する。

「ああ。重要機密が他に漏れないため、というのはわかるが……普通の爆弾ならまだいい。だが、それでは機材が壊れても機密の痕跡が残るからダメだとかぬかしおってな。範囲は限定するがかなりの高熱で……ドロドロに溶かしてしまうんだ。簡単に言えば、爆発で外殻部分を吹き飛ばしたうえで、超高出力の電子レンジでグツグツと沸騰・液体化させた金属を周囲にバラ撒くんだ。今回は人、命がかかっているわけだ。同胞もそうだが、万が一、王女を失うことがあったらどうするんだ。それこそ我が国の命運も尽きてしまうのだぞ? ふふふ……まあそれが知れたら非人道的な兵器とも捉えられかねないからな。世界中から、集中砲火で受ける糾弾はもちろん、国家としても万事休すなんだがな……ふふふふ……」

 話しながらも、自ら語り自身の耳にフィードバックされた言葉が紡ぐ未来予想図。あまりに桁違いの望まぬ未来しか思い描けない本部長は、まだ細かいことは何もわかっていない段階にも拘らず、背負う責任の重圧に圧迫されながら、ネガティブな空想に徐々に支配されていく。自然と、目の焦点は何処か遠くへ、心はここにあらずな、虚ろな本部長へと推移していくのだった。

「え? でもそういうことでしたら、リモートで自爆機構もオフにできるのでは?」

 ふと差し込まれる、ピンチを回避できるかもしれない男の言に、本部長はハッと驚きつつ、心をフワつかせながらも、至急の実行を指示する。

「そ、そうか。その手が……わ、わかっているのならすぐにやれぃ!」

「はっ! えーっと、マニュアル、マニュアル……お、あった」

 ざわつき、苛つく心、そして今にも折れそうな細い心と、もしかしたらな淡い期待を押し留めながら、本部長は男の動向を見守る。

「……」

 夢を見るような淡い期待は、自身に都合良い方向へと僅かずつだが膨らみを見せる。男の動向は間もなく手を施せるかもしれない状況に見えた。そのはずだった。しかし、男は一転、雲行きを怪しめる報告を上げる。

「え? 本部長! だ、駄目です。管理者じゃなきゃ解除できないみたいで……」
「なんだと! その管理者情報は誰が知っている?」
「えーっと、こ、これは! ……管理者でもかなり特別な権限が付与されているらしくて、おそらく開発主任の……」

 暗雲立ち込めそうな状況だが、またひとつ打開案の存在を知り、藁にも縋る思いで、すぐに指示を飛ばす。

「わかっておるなら、さっさと連絡取らんか!」
「も、もちろんですとも! 早速電話しています……ツーツーツー……あれ? 繋がらないな? あ! ……」

 またも躓きそうな様相に、今度は何だ、という表情を浮かべながら本部長は確認を入れる。

「どうした?」
「いえ……彼とは顔見知りでたまに会話を交わすことがあるんですが、そういえば確か……報奨金が出たらバカンスで海外旅行にって……あ、やっぱり! スケジューラにはエジプトの砂漠地帯に行くと……えーっと、連絡不能って書いてあります。道理で連絡取れないわけだ」

 この余計な機構を組み込んだ管理者を本部長はよく知っている。開発にあたっての議論を戦わせた相手だからだ。それゆえに、今のこの状況も腑に落ちるわけで、そんな管理者の、バカンスに染まる不届きな笑顔を思い浮かべながら、やや諦め顔に傾倒しながらも縋る思いで指示をする。

「なんてやつ! ただでさえ民衆は逼迫してるというのに……くっ。それでも連絡を取り続けろ!」
「はっ」
「あのくそ天才め!」

 本部長が忌々しい表情を浮かべるところに、男は思い出した言葉から連想する状況を告げる。

「あ、そういえば主任、『もしものときには事前に嫌な音を出して周囲の生き物に警告を促すから地球に優しいでしょ?』って満足そうに言ってましたから、それに気付いて同胞も王女さまもきっと避難してくれるのでは?」

 それはもしもの場合でもなんとかなるかもな楽観的可能性の男主観のことばだった。

「あほぅ、そりゃ超音波だ。人間以外にしか聞こえんわ……それも金属を煮えたぎらせるときに発する摩擦音でな、偶然の余計な産物でしかないわ」
「あっ」

 呆れ返りバッサリと斬り捨てる本部長。男は自身の失言に言葉を失う。

 そこへ、少し前に通りかかり、聞き耳を立てていた女が不意に割り込んできた。

「かつては鉄仮面の異名で、冷酷・無慈悲のクソ野郎……もとい、本部長さまが何ともまぁ、お優しくなられたことで……」

 暴言を放つ女を、本部長はよく知っていた。

「お、お前は……何をしている、こんなところで。何か用か?」
「いえね、今会話に挙がっていた王女さま。担当の諜報員に何があったのか知らないけれど、戦闘前提のオーダーが出ているからね。私にその指揮が任されることになったんでね。これからジェットを乗り継いで現地に直行するところさ」

 王女を攫う指示は本部長によるものだが、その実行部隊の行動の詳細はよくわかっていなかった。指示に対する行動そのものはやや乱暴なものを含むことは理解していたが、平和的な拉致を想定していた本部長は戦闘前提のオーダーが出ていることに驚きを隠せない。

「なに? 戦闘だと? まさか王女が暴れているとでもいうのか?」
「いや、動けるはずはないから、おそらくそれはなさそうだが、周囲にいる誰か……」

 王女そのものに危害が加えられていないかを危惧する本部長。

「ま、まさか手荒な真似を?」
「いやいや、少々薬を嗅がせたくらい……まぁ猛獣にもてきめんの強力なやつだがな」

 それならと、本部長は短い溜め息を漏らしつつ、乱暴さは否めないが想定範囲であることに安堵の苦笑いを滲ませる。

「昔からお前は粗暴だったが、ちっとも変わらんな」
「どの口がそれを言うか! あんたにやられた仕打ちは忘れてないからな!」

 なにやらきな臭い過去がこの実行部隊の女と本部長の間にはあるようだ。

「ぐ! あのときと今は状況が違うだろ。お前も今や我が国の一員。帰化したのだろ?」
「知るか! それにオレは実力、戦闘力の高さが買われて今がある。オレを拾い上げた今の上司には従うが、母国からオレを攫ったこの国に何の義理があると? てか、当時、陣頭指揮を執ってたのオメーだろ! オレに寝首をかかれないようせいぜい気をつけるんだな! フン!」

 この実行部隊の女は、かつて超能力研究所の研究のために、異能者を求めて世界各地から攫ってきたその一人だった。当時はあくまで研究のサンプルでしかなかったが、その能力を買われ帰属することで、今では異能を振るう実行部隊の長に登りつめた人材のようだ。

「いや、悪かった。そういう時代でもあったからな。水に流せとは言わないが、今の我が国の状況はわかっているはずだ。目的を取り違えるんじゃないぞ!」
「知ったことか。万一、国が傾くとしたら、それは自業自得なだけだろ? それにもしもこのオーダー、失敗しても責任はあんたが取るだけだろ? だいたいオレは容赦ができない性格でな。オーダーが雑なせいでうっかり始末してしまってもそれはそれ。せいぜいきめ細かく指示を出してくれよ。わかるのならな。あははは」

 従いはしても国に恩義などない女は、積年の恨みを連ねるかのように、飄々とした態度で突き放す言葉を返す。

「なっ! 現場が細かく報告しなきゃわかる……」

 本部長は一瞬目を見開きカッと怒りを露わにするが、直ぐに意気消沈し、諦め顔で返す。

「……はずないが、どうやら協力する気なさそうだな、お前は」

「いやいや、事実だけはキチンと報告してやるよ、結果だけな」

 本部長の沈む表情が見れたことで、やや満足げの女はさらに煽る言葉を捨てるように返し、すぐにそっぽを向いて去っていく。

「くっ。結果って……終わった報告じゃあ指示もへったくれもないじゃないか。頼むぞ、今のこの国の命運がかかってるんだぞ!」
「知るか。じゃあな。あはははは……」

 そうして女は出立していく。本部長は苦虫を噛み潰す思いで睨みながら後ろ姿を見送った。

 急遽知らされた自爆シーケンスの存在を認識するオペレーションルーム内スタッフ。

 電子頭脳スーパーコンピュータが垂れ流す現状ステータスのリストから、アンジェリカの名称でフィルタリングすると、確かに浮かび上がる『自爆シーケンス』の文字に戦慄が走る場内。

 ざわめくオペレーションルームでは、それ以降、緊張の走る警告通信が何度も何度も投げかけられるが、何の返信も得られないまま、無情にも時は経過していく。

 シーケンスが発動するその瞬間まで、本部長の動揺のボルテージは加速度的に高まっていくのだった。
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