Jet Black Witches - 4萠動 -

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第17話 九死と悶絶 〜 帰国直後ⅺ

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 V国の超能力開発研究所、作戦運用本部のオペレーションルームで思わぬトラブルの対応に苦慮している頃、ところ変わってここはジンが接近し、その目標としていたV国諜報機関のものと思われる車付近。ジンは車の周囲を物色するように様子を窺い始める。

―― この車で間違いないな。

 近付きながら、次第に大きくなっていくだけでなく、時折喧しさが際立つ無線の音声に目をしかめるジン。そのただならない様相に抱く緊迫感も高まるようで、やや焦り気味に歩みのピッチを上げる。

―― 何やら無線が騒がしいな。もしかして追手が来るのか?
―― 急がないと……。

 と、そこへ突然……。

―― うゎっ、なんだ?
―― む、虫?
―― いや鳥も……何か起きてるのか?

 辺りに突然姿を表した虫や鳥、蝙蝠。ジンの付近から離れる方向へ一斉に移動するから、視界は騒々しいものの幸いにも直接触れたりすることはなかった。

 しかし、あまりに異様な光景はジンの心をざわつかせる。

 ガサゴソガサゴソ……シャリシャリシャリシャリ……バタバタバタッ……

 焦燥感に駆られながら、また周囲を蠢く不穏な虫たちに時折目を配りながら、ジンは急いで車から犯人二人を引きずり出して拘束し、車を邪魔にならない位置へとまりょくで強引に動かす。

―― ふぅ……行ったか……何だったんだ? あの虫たちは……

 焦りながらも、移動作業に一区切りが着いたところで一呼吸を入れつつ倒れている諜報員に向き直る。

「よし、こんなところか。あとは識別証IDカードか、もしも軍人なら認識票ドッグタグ持ってる可能性もあるが」

 相手は女性だからと、躊躇いがちに慎重に上着をめくり、その内ポケットを確認すると直ぐに識別証IDカードを見つける。

「お? あったあった。なんだコレ、全く読めないな。そう言えばV国諜報員って言ってたっけな。良かったよ、識別証IDカードが見つかって」

 そう言いながら、ジンは識別証IDカードの文字を読み取ろうと裏表を交互に返すが、全く読めない文字の羅列に苦い顔ですぐに諦めようとする。が、不意に読み取れる文字が目に入りなんとなくの満足感に頬が綻ぶ。

認識票ドッグタグでこの文字ならきっと余計にチンプンカンプンだったな。あ、でもこれは英語で併記されてるのか? "Anjelika" アンジェリカというのか? もう一人は……うん。よしっと」

 身分証などを一揃い抜き出すと、ジンは兄に電話を掛ける。V国が絡むとなると、個人で動くよりはその手の専門家に任せたいからだ。

 ジンは移動させた車を背に、横たわる連れ去り犯たちを見下ろしながら通話を始める。

「あ、兄貴? そう、ジンだけど……今駐車場で……あ、そうそう。そうなんだ。ソフィアを連れ去られそうになって……」

 ヒュゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン……

「ん? 何? あ、いやこっちの話だ……ああ、なんとか間に合って、今そいつらを拘束しているんだ……え? そう。何でわかるんだ? いや? 気を失って……あ、そう無線機からの声、ちょっとうるさ……え? じじじ、自爆?」

 会話の最中さなかから、耳を澄まさなければ聞こえないほどの、機械が何か溜め込むような高い音が薄っすらと鳴り始めていた。それは静かに、そして次第に音量を重ねつつ、音の輪郭はゆっくりと定まっていく。

 兄の口から飛び出た突拍子もない凶悪な単語に、心を激しく乱し焦らせながら、ジンは振り返りつつ……車を視界の端に捉えたその瞬間のこと。

 カッ!!

 車内の一点から強い光が車の窓の稜線を型取り放射されたように見えた。と、次の瞬間、圧倒的な光量がそのすべてを呑み込む。

「ヤバっ! 何が……間に合わな……」

 ドムッ……

 その眼を疑う事態の勃発に追従できずにいたジンは、とっさに背を向け、眼下の連れ去り犯に覆い被さろうとする思考が働く。もちろん、意識ない者を守り抜こうとしての行為だ。

―― せめてこいつらだけでも……

 が、飛び上がるならまだしも、低く倒れ込もうとする動作は重力加速度を超えることはない。

 いかに思考が先行しても自然のことわりがそれを許さないのだ。

バァァァァァァァン!!! 

―― くっ、こんなにも遅いのか……
―― 早く倒れ込め……
―― 他に何か方法は?
―― ち、力……咄嗟には間に合わ……

 迫りくる爆炎を意識すればこそ、研ぎ澄まされた感覚でミリ秒単位のスローモーションのような推移にジンはもどかしさを憶え、まりょくを行使すべきとの考えに行き着くが時は既に遅し。ジンの背後から凄まじい熱量と爆風が襲いかかる。

―― これはもう……
―― 足掻きようのないやつ……
―― このまま逝くのかぁ……
―― うん。いい……人生だった……
―― ソフィア……マコト……
―― 楽しかったなぁ……
―― ありがとう……

 どうにもならない現実を覚悟するジンは、ほんの一瞬の時間ながら、言葉にもならないそんなイメージを思い描き、走馬灯の回想ビジョンが超高速で開幕した……ところに……

 ヒュン……

―― え?

 倒れ込む途上のジンのすぐ脇を何かが横切る。

 半径7mほどの領域に限定されるが、自爆装置のほのおは無情にも放射状集中的にその一帯を焼き尽くす。

 辺り一面、放たれる光と共に膨張する熱の塊、次いで凄まじい音を伴い爆炎、爆風と、撒き散らされるマグマのように煮えたぎる金属、遅れてガソリン引火の爆燃・破裂による大小様々な破片が荒れ狂う。

 ドンッ! バリバリバリバリ……!!

 少し離れた位置にいたソフィアたちは、その少し前から異変に気付き、なんとかジンの所在特定に至るも、周りの状況が掴めないままの今、ただ立ち尽くし、一瞬のうちに起こった出来事に呆気にとられる。

 ジンの姿をその目で捉えた場所付近から起こった爆炎は、確かにジンを呑み込んだ。子細は不明でも、これほどの爆炎に呑み込まれたなら、ジンの身、いや生死に関わる緊急事態で間違いないことが心を抉るように否応なしに刻みこまれ、ソフィアは悲痛の叫びを放つ。

 「え? ジ……、い、いやーーーーーーーーーーー!!!」

 そう認識した直後に爆煙の幕から飛び出す何か。

 その何かに縋るように皆が仄かな期待を寄せる。

 しかし、それは爆発した車のタイヤと思しき破片物だった。その無機質さがよりいっそうの喪失感を煽るかのように、一同の視線を一心に集める。

 ポッカリと穴の空いたような空虚感。

 ソフィアの心は、無事を願うその意識とは裏腹に、自身の目で確かに見た事実が作り上げる喪失感に染め上がる。

 言葉も出ない。
 何も考えられない。
 何より今の出来事が現実ではないのでは? との心を取りなす逃避のような感情が湧き上がる。

 つい先程までの現実を幸せなことと捉えたばかりの心境だったからなおのことだ。

「そ、そんなぁ……ジン? 嘘よね? まだ私は夢を見てるのよね……ゥゥゥ」
「ジンさま……嘘だよ……すぐに何でもなかったように……姿を表す……あ、表すよね? ……表してパパ……お願い神様」

 ソフィアもイルも、ジンの無事を必死に乞うが、今現実に自身の目で見ている激しく燃え盛る惨状は、払拭するにはあまりにも残酷すぎる情景だった。

「ソフィア……殿。まだ確かめたわけじゃない。しっかり!」

 著しい悪況ではあるが、不確かなまま心が立ち止まりそうなソフィアたちを見かねるヴィルジールは檄を飛ばす。

「そうですよ。ソフィアさま」

 同じ思いを重ねるように返すシエラ。
 しかしある変化をキャッチする。

「あ……今若干……炎の勢いが少し弱まったみたいで……微かだけど生命の脈動のような……虫や動物ではない……たぶん人間の息吹? 4つ?」

 そんなシエラの報告に……

「「「え?」」」

 一斉に皆の耳目が集中する。

「4つ? 3つではなくてか?」

 ヴィルジールは連れ去り犯の2人とジンの合計3人である意識だったが、それとは異なることを確かめる。

「はい。4つ。でもそのうちの1つはかなり弱々しいわ」

 ふと辺りの状況に目を配ったイルが思わぬ変化を尋ねる。

「そそそ、そういえばマコちゃんは」
「マコちゃならそこに……あれ?」

 すぐ傍に横たわっていたはずのマコトの姿が忽然と消えていることに気付いたイル。それを聞いて見て確かめて、驚きを隠せないソフィア。

 すると、ソフィアの心の中で何かが燻り始める。

「まさか? いや、ホント、まさかだわ。ふふふふ、これはもしかして、もしかするのかしら? いや彼我不明は変わらずね。そうなら、まずはあの炎、なんとかしないとね。それにどういう対処をしたかにもよるけど、"弱々しい" ってもしかしたらマコちゃなのかもしれないから心配。急がなきゃだわ?」

 今まさに為せる何かを見つけたソフィア。一縷の望みが芽生えたその先に、可能性の光がどんどん強さを増していくことを心に実感する。その瞳にへし折れた弱気な気持ちはもう宿っていない。ソフィアの瞳は一気に爛々とした輝きを放つ。すぐに今為すべき何かを脳裏に超高速で構築していく。

 そして、眼の前に途轍もない勢いで盛る炎。その中核にソフィアは何か違和感を覚える。しかし、それでもソフィアの為そうとする何かの前には問題とはならなそうな自信を漲らせる。

 何をどうしたらこれほどの火力となるのか、普通の火災とは訳が違う、想像を絶する超高温度で燃え盛っていることがあからさまな目前のほのお。それを感じ取るヴィルジールは、そんな状況を何とかしようとするソフィアの言葉に驚きを禁じ得ない。

「な、何とかできるのか? あの、見るからに超高温度なほのおなんだぞ?」
「あー、そうね。ちょっと熱そうね。ま、なんとかなるでしょ」
「ちょ、ちょっとって……」

 瞬間的な危機への対応は難しくとも、今は僅かではあるが、余裕を持って対処できる状況でもあり、かつては何千度もの高熱を纏う流星への対処をシールドで為せた経験、実際はジンが行った行為だが、何がどれほどできるのかの尺度が持てることから、対応可能であることを理解しているソフィアだから、今の対処への算段も着いているようだ。

 しかも、つい半日程度前に、時限爆弾やレーザー兵器に対する対処も行ってみせた経験が自信を後押しするから尚更だ。

 そしてジンほどではないが、物理に関する知見もあり、対処にあたって何をどうすればそうなる、といった論理的な思考回路を備えていることも自信を裏付けているようだ。

「な、なんとかって!」
「ソフィー? 大丈夫なの?」
「ソフィアさま、大丈夫ですか?」
「まぁまぁ、皆そこで見てて」

 ソフィアはほのおの方向に少しずつ歩み寄りながら、対象との距離や大きさを読み測りながら、ブツブツと呟く。イル達も後を追う。

「上は天井いっぱい。あらら、かなりけてるから、崩れては困るわね。急がなくちゃ。発火元の横は大体8m四方くらいかな? えい! これでどうかしら?」

 ソフィアは目標に向けて手をかざし微妙な動きとともに声を発した。すると、発火元の車辺りに箱型の透明のシールドが形成されほのおを遮断する。

 突然ほのおが箱型に切り取られた様子を目の当たりにしたシエラとヴィルジールは驚きを禁じ得ない。

「ひぇ? こ、これは?」
「な! これはなんだ! どうやって? も、もしかしてオーラの物質化なのか?」

「ふふ。まぁまぁ。でも火力が凄すぎて天井ヤバそうね。コレでどうよ、えい!」

 ソフィアは手をかざしたまま、四角くかたどるように素早く動かすと、目には見えないが、箱型シールドが5層に張られる。ほのおが強すぎるため、1層目の天井部分がとろけ落ちそうになっていることをソフィアは認識し、次の手を打つ。

「閉じ込めたとはいえ、空気があればダメね。それなら……」

 ソフィアは1層めのシールドの硬度を解いて、空気を抜くように収縮させる。膨らんだ風船が萎んで張り付くような感じだ。

 すると、みるみる炎はかき消されていく。しかしその元となる部分は依然として高温を放ち、取り囲むシールドの上部がとろけ、再び上部方向に炎が再燃を始める。

「あら? やっぱりそう簡単ではないか。何が燃えてるのか知らないけど、熱が凄すぎるわね。ヴィルジールさん? そこの消火装置、使えるかしら?」

 ソフィアは熱を何とかしなければならないことに気付き、ヴィルジールに指示を出す。

「お? わ、わかった。ちょっと待ってろ。シエラたちは放水ハンドルの操作を頼む」
「お願いね」「「了解!」」

 そんなやり取りをしながら、ソフィアは第2、第3の層のシールドを収縮させる。

「準備できたら、発火元付近の下側に放水してくれるかしら? 熱い蒸気が返ってくるかもだから気を付けてね」

「わかった。よし、放水するぞ。シエラたち放水だ」
「「はい。放水開始!」」

 すると、下方の隙間から入り込んだ水は一瞬で蒸発してシールド内は真っ白く立ち籠める。蒸気は一瞬で途轍もなく膨張するため、シールドがガタガタ揺れ始め、下方から熱い蒸気が吹き出す。

 ソフィアは兆候を捉え、慌てながらも直ぐに上部外側方向に噴出孔を開けて蒸気を逃がすが、下方からの蒸気は抑えきれず勢いよく周囲に向けて噴き出す。その熱気で周り一帯は熱くもなるが、反対に冷やされた空気は白く濁り、視界は0メートル、全く見えなくなる。

「あらら。これも想定が足らなかったわね。今のここは咄嗟にシールドで覆ったけど熱さは大丈夫かしら?」
「「大丈夫です」」
「よかったわ。じゃあさっきの応用で周りの空気も無くすよう収縮させちゃうわね」

 そう言いながら、ソフィアは外側に別の大きなシールドを張り、内側5層のシールドを同時に火元地点に収縮させながら、蒸気を上部外側方向に追いやる。すると次第に周りの視界は晴れ、煙や埃まで除去されたのか、周囲の状況が見て取れるまでに視界は回復する。

「あ! あれはジンさんたち? 見つけたよ、ソフィー」
「よ……良かった。無事……なのかしら? イルちゃお願いしてもいいかしら?」

 見つけた、の一言が耳に入り、目前の消火活動をしながらも、ソフィアはチラリとジンたちのいるところに目を配る。そんなソフィアから頼まれるイルは、その状況をなるべく言葉に乗せるように返す。

「うん。任せて! まだ遠いけど状況報告ね。なんか破片がいっぱい突き刺さってるけど、たぶんこれはシールドかな? 守られてるように破片は浮いてる感じ。後少しで着くよ。あ! マコちゃんもいた! ジンさまに抱きしめられてる。包みこまれている感じ」

 イルの報告に、ソフィアは一瞬そちらへ目を配る。ジンたちの一見無事そうな姿が目に飛び込んでくると、途端にソフィアの目はたまらなく潤み始める。気が抜けそうなほどに安心したからか足から力が抜けて立っていられなくなり、ソフィアはヘタリと座り込む。ただ、目前の対処はまだ手放せない状況にあり、作業の継続は怠らないソフィアだった。

「うんうん。ズズッ。ち、力が抜けてきちゃった。今手が放せないけど座り込むわね、ヴィルジールさん。ズズッ。でもホントにホントに良かった……うぅ。ズズッ」
「承知した。少しくらいなら力を抜いても大丈夫。あと少しだと思うから頑張って」
「ええ。ええ」

 心のなかにポッカリと、ジンとマコトを思い浮かべる空間が芽生えるソフィア。気がかりで仕方ないが、それ以上大きくならないように思いとどめ、キッと目を見張り、今はまだ目の前の対処と、改めて集中する。

 駐車場の火災検知器は爆発で壊れたのかこれまで沈黙していたが、その爆発音の影響と、何より、ソフィアが逃がした水蒸気の煙が管制塔の監視員にでも見つかったのか、今になってようやく警報が鳴り響く。

「あら? 今頃鳴るなんて……遅いのね。でも人が集まっちゃうわ。急ぎましょ」
「了解だ。もうそろそろ熱も引けたんじゃないか」
「だといいわね。後は警備か警察か、本職に任せたいけど、今のこの状態は見られるとまずそうね」

 そこへジンを連れ立って、イルが戻り、二人同時に声をかける。

「ソフィー」「ソフィア」
「ジン? ……」

 待ち望んだ存在、不意にかけられたその声。紛れもなくジンの声色。一瞬で心がどよめき、その方向に顔が向く。その姿を写した瞳は大きく見開き、ブワッと涙が溢れかえる。同時に正面の対処中の抑え込んでいたシールドの囲いがガタガタと音を鳴らすことに気付いて、視線を戻して慌てて抑え込む。

「無事なのね? ぅぅ……ズズッ……おっといけない」

 なんとか動揺を抑え込みながら、ソフィアはイルに感謝を告げる。

「イルちゃも……ありがとう」

 ジンは照れくさそうな顔つきで短めに返す。

「ああ、大丈夫。心配かけたな」
「そう……良かった」

 ジンの無事は確認できた、次はマコトと炎の対処をしながらのチラ見でマコトを探すソフィア。しかしマコトの姿が見つけられず、それを尋ねる言葉と重なるようにジンが緊急の報を告げる。

「あれ? マコちゃ……」「と、それより大変なんだ」

 ジンの生還に少し気を緩ませていたソフィアに思わぬ返事が返る。

「え?」
「マコトを助けてくれ。ほとんど息してないし、内出血が酷いんだ」

 マコトの深刻な事態と判断し、まだほのおは収まりきれてはいないがそれでもかなり収束に向かっていることから、ソフィアは対処を終えることを告げる。

「わかったわ。ヴィルジールさん、もう終わりにしましょ。これぐらい冷めたら大丈夫でしょ」
「わかった。シエラ? 放水止めてくれるか」
「了解!」

 シールドを解き、ジンに向き直ると、ソフィアはこわばった表情でジンに尋ねる。

「で、何がどうなってるの?」
「説明より……事態は急を要してる。まず診て欲しい。おそらくGの影響だと思う」

 全く予想もしないワードの登場にソフィアは意表を突かれる。

「え? G? へ? どういうこと」

 ジンがいた場所付近を向くと、そこには透明な何かに覆われた楕円形のような領域があった。そしてそれに包まれるように、まだ気を失ったままのV国諜報員2名の他に、ソフィアは愛娘の確かな姿を見つける。

 その透明な何かには、いくらか取り除いたのだろうが、まだまだ沢山残る剥き出しの爆発の破片が痛々しく突き刺さっていた。

 それを瞳に映すソフィアは、頬を激しく揺らし始める。今は意識はなくとも、生きて、5体満足でそこにいてくれた嬉しさ。自分ではどうにもできなかったジンの危機を救ってくれた感謝の気持ち。

 止めどなく涙が溢れかえり、一歩ごとに速さを増して、ソフィアは駆け込むように辿り着くと、覆う肉厚の柔らかそうなシールドを捲って、マコトを抱きしめる。

 その肢体の全身を見渡すと、マコトの目は涙にまみれ、開いた口からも唾液が溢れて、首も手足も、おそらくすべての関節が力なくダランとしている状態で、そんな悶絶した愛娘の姿はただただ痛々しくソフィアの目に映った。想像を絶したであろう苦痛を察して、ソフィアは「痛かったのね……ズズッ」と瞳を揺らす。

 今はほとんど息をしていないが、まだ時間はほとんど経過していない。そして何よりしんの鼓動から弱々しいが生きていることがわかる。「すぐよ。今癒やすわね」と癒やしを掛け始めながら、ソフィアはマコトの全身を診始める。

 と、すぐにソフィアはその異常さに気付き、急ぎ涙を拭って目を見張る。

「ななな、なに? いったい何をすればこんな姿に?」

 感傷に浸っている場合ではないことを胸に刻むと、ソフィアは自身の打ち震える心を強引に抑え込み、両手のひらでその両頬を強く叩く。

 バシーーン!

 マコトは、息絶え絶えの状態だけではない。顔面は蒼白。それ自体もかなり異常だが、それよりも何よりも、手足がはち切れそうなほどに酷く腫れ上がり、激しく内出血している状態だった。そこへジンが所感を加える。

「おそらくG-LOCという状態だと思うんだ」
「Gロック? それは何?」
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