【完結】涅槃の霧、因果の池

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第十一話 僧侶

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 品の良い庭園に午後の日差しが影を落とす中、怪しい屋敷・玉藻たまもの室内では、なまめかしい喘ぎ声と生々しい水音が満ちている。

「んっ……んんっ……」
「ふう……白狐はっこよ、そんなに旨いか? もっと味わうが良い」

 巨根はいない? と老女に伝えたら、今度は僧侶が相手だった。

 れんはいま、男盛りの僧侶の股間に顔を埋め、ちゅばちゅばと音を立てつつ口淫していた。生臭坊主という言葉通りというべきか、この男は体臭がキツい。本心では嫌だなと思っているが、久々の巨根ということもあり、漣はわずかな期待を寄せてしゃぶっている。

 カネのある人間は年寄りが多い。肌をねぶったり、怪しい性具を試したり、前回のように縛ったりと、それなりの刺激はあるけれど、彼らはたいてい歳のせいもあってか貧相な代物ばかりだ。

 そのせいで、なかなか尻が満足しない。漣の後孔が太竿を欲しがって疼く。その上、舌も唇も口の中も物足りなさを感じている。白羅はくらみたいな太くて熱い肉の棒をしゃぶりたくて嵌めたくて落ち着かなかった。

 そういう意味なら、今日の相手は悪くない。玉藻で最初にまぐわった男くらいには大きな一物いちもつだし、体格の良さならこれまでで一番だ。白羅よりも筋肉質で骨が太い。

 だが、臭いがどうにも好きになれなかった。そして全体的に薄汚い。あまり口をゆすがず、風呂に入らないのかもしれない。それを男臭さと好む向きもいるようだが、漣はそうではなかった。

 まあ恐らくは、普段から寺で哀れな稚児をもてあそぶか、へつらいばかりの安い陰間茶屋で一方的に性欲を発散させているせいで、誰からも体臭を指摘されたことがないのだろう。吉原通いをしていれば、割とすぐにやんわり注意されるから気づくものだが。

 襖をそっと開けながら、白狐ですと名乗った直後にいきなり唇を吸われた漣は、あまりの酷い口臭に辟易した。

(白羅なら、こんなに臭くなかったのに……)

 頭痛に悩む白羅は、柳の小枝をよく咥えていた。柳には鎮痛作用があるからだ。そして、暇になると歯と歯の間を枝先でほじっていた。虫歯でもあるのかと思っていたが、気を紛らわせるためにやっていたらしい。

 他にも、薄荷や山椒の葉を見つけると毟って噛んでいた。不思議に思って尋ねたところ、スウッとする香りがするから、頭の痛みが和らぐのだと言っていた。だから、白羅と唇を重ねた時に口臭で悩まされたことはない。

 それに白羅は食べることにあまり興味を持たなかった。住んでいた屋敷で出された食事は残さず平らげるが、あれが食いたいこれが食いたいと文句を言うこともなく、酒や茶も出されたから飲むというだけ。性欲は旺盛だが、食欲はさほど無い男だった。

 そのせいか、白羅の身体から変な匂いはしなかった。

 さすがに人斬りの後は血腥ちなまぐさい臭いに包まれるが、すぐに湯浴みをするし、その後は漣と交わるだけだ。男同士の性行為で発する雄汁の匂いは、漣にとって興奮材料なので気にならない。

 悪食や暴飲暴食に由来する嫌な体臭について知ったのは、玉藻へ通うようになってからだ。

(コイツに何度も口を吸われたくないな……)

 唇が離れた後、漣はすかさず股間に顔を寄せた。

 ムワッとした男の臭いが鼻を突くが、口臭よりはまだ耐えられる気がした。それに、遣手やりての老女が差配しただけのことはあり、最近ではまれな一物だ。雁首が小さくて竿が長いだけという気がしなくもないが、いまは贅沢を言ってられない。

「白狐よ。あまりの大きさに驚いたか。尺八を吹く栄誉を与えてやろう。存分に味わうが良い」

 僧侶が高らかに笑った。しかし、そんなご自慢の逸物いちもつを咥えてまもなく、漣は幻滅する。

(……形が悪いし、固くならない……)

 一日に何人もの男を相手にする遊女や陰間なら、竿は柔らかい方が楽だろう。しかし、漣は白羅の名残を求めて玉藻へ来ている。己の舌技で亀頭が張り詰めて雫を垂らし、竿が力んで固くなり、ビキビキと血管が浮き出るのを期待しているのだ。

(駄目だ、これは。早く終わらせよう)

 漣にしては珍しく、打算が働いた。わざとらしい上目遣いで僧侶を見上げ、舌を長く出して竿をベロリと舐めた後、小さな雁首にチュッチュッと音を立てて吸い付いた。

「……なかなか上手ではないか。どこの陰間茶屋で仕込まれた?」

 顔を赤くして興奮した面持ちの僧侶に答えることなく、漣は陰茎の先を咥えたまま頭を左右に動かし、竿をすする舌の動きを早めていった。

(口で出させてから尻? それとも、一回だけかな?)

 念の為、出合茶屋で着替えた時に後孔を解しておき、玉藻の控えの間で尻に通和散を仕込んでおいたのは正解だった。この男は達するのも早そうだ。そう思ったのも束の間、いきなり漣の両肩が掴まれた。しゃぶっていた陰茎が口元から離れ、ぱちんと軽く頬に当たる。

「白狐よ、今度はそなたを極楽へ導いてやろう」

 僧侶は自信ありげに笑いつつ、漣を四つん這いにした。そして張り詰めた男根を尻に押し付け、小さな亀頭を後ろ孔へグイッと入れようとする。

「あんっ……」

 漣はわざとらしく喘ぎながら、腰を回すように動かして強引な挿入を回避した。

 あざとく喘いで尻穴に力を込めたり脱力したりを繰り返しつつ、後ろに回した手の人差し指と中指を使って襞を広げる。ついでに空いた指先で、待ちきれないようにつついてくる竿の先をサワサワと撫でてやった。

「あまり焦らすな。白狐よ」

 鈴口から先走りがダラダラ出たのを確認してから、漣は後ろ孔へ僧侶の竿をいざなった。ズプンと太い肉棒が挿さる。確かに自慢しているだけのことはある。腸の粘膜いっぱいに広がる熱さは久々だ。

「はあんっ、んふうっ……」

 若干ほぐし足りなかった気もするが、竿が柔らかいので大丈夫だろう。きゅっと目を閉じ、白羅とのまぐわいを思い出しつつ腰を動かす。もっと奥へ、激しく突いてほしい。

 ところが。

「おおっ、おうっ。いい、良いぞ、白狐。これは、これは、なんと素晴らしい。極楽だ!」

 やたらとうるさわめき散らす男だった。しかも漣の動きに合わせようともせず、ただ一方的に抜き挿しするだけ。

(ああ……下手な男だったか)

 漣は我に返った。せっかく熱い雄竿が腹を埋めているのだから、もう少し妄想に耽りたかったのに……。これならまだ今までの爺どもの方が、雰囲気を作るのが巧かった。

「………………ああんっ、ああーっ! いい、いいっ!!」

 しらけた漣は、わざと棒読みに近い喘ぎ声を上げてみた。

「おお、白狐、良い尻だ。いいぞ、いいぞ!!」

 僧侶というのは伊達でなく、朗々とした声が返ってくる。

 演技だと気づけよ……と、ますます漣の心は冷めてきて、わずかに残っていた欲情まで消えてしまった。これは本当にとっとと終わらせねば。きゅうっと尻穴に力を込め、柔竿を締め付けつつ、

「………………あふうぅんっ、いい、はあんっ、イク、イクーっ!!」

 はるか昔に夜鷹の女に教わった、嫌な客を早く終わらせる手管をまさかこんな所で使うことになろうとは。冷ややかな眼差しを壁に向けながら、漣は背中を仰け反らせ、絶頂に達した演技を続けた。



「私の念弟ねんていにならないか?」

 わざとらしく喘いでいたら、勘違いされたらしい。ちょっと締めつけただけで呆気なく達した男は、漣の尻から陰茎を引き抜きながら尋ねてきた。漣の予想通り、一回しかたなかったクセに何を言う。

「ここはあやかしの住まう屋敷。仏の教えに逆らうのではございませんか」

 冗談じゃない、と心の中で苦笑いしつつ、漣は襦袢じゅばんの袖に腕を通しながら断った。とっとと風呂に入って早く帰りたい。

「なに、仏も大悦だいえつは認めておられる。それに、私はかつて焔禅えんぜん様の下で修行をした者。今では……」

 裸の男はだらりと男根を垂らして立ち上がり、傲岸不遜な笑みを浮かべて漣の手首を取ろうとした。

「なんとおそれ多いことを。おたわむれはここだけになさいませ」

 ピシャリと言い放った漣は、僧侶が伸ばした腕を跳ね除けた。そのままスッと立ち上がるなり衣を引っ掴み、振り返りもせず襖を開けて廊下に出る。

「もう終わりか?」

 座敷の奥から間抜けな声が聞こえたが、漣は無視した。



 庭の奥にある温泉へ向かった漣は、念入りに尻の奥から精液を掻き出した。そして、ざざっと湯を浴びただけで浴室を出ると、控えの間でいそいそと着替えを終わらせ、足早に玄関へと向かった。

「あら白狐さん、今日は随分お早いお帰りで」

 玉藻を取り仕切る遣手の老女が瞠目どうもくする。いつもなら、あと一刻はかかるのに。おかしいねえ……と老女がいぶかしんでいたところ、漣はキッと眉をしかめて振り向いた。

「坊主は嫌いだから、これからは断って」

 吐き捨てるように告げた後、漣は背中を向けて草履を履いた。

「待って下さいよ白狐さん、今日の分を……」
「いらない」

 振り返りもせず、肩を怒らせて立ち去る細い背中を眺めつつ、老女は小さく舌打ちした。何があったのか、あの僧侶に聞かないといけないね。これで白狐に逃げられたら、わっちの稼ぎがおじゃんだよ……。



 玉藻の屋敷から出た漣は、忌々しげな顔を隠しもせずに、森の中の一本道を歩いた。

(焔禅の元部下だって? くそったれ!)

 もっと前にこの事態を想定しておかねばならなかった。抱かれた後に気づいたのでは遅い。

「ああもう、畜生、畜生、ちくしょうっ!」

 森を抜ける前に立ち止まり、やるせない憤りを吐き出す。

 焔禅には恨みしかない。父を殺された上に、配下の僧侶に犯されかけた。その上、白羅と漣がいた屋敷を燃やされたのだ。

(敵に股を開くなんて……)

 愚かな自分が許せない。苦々しく顔を歪めたまま、漣は出合茶屋へ向かった。
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