コーヒーが冷めるまで。

セツナ

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コーヒーが冷めるまで。

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 私は、喫茶店めぐりが好きだったりする。
 ちょっと遠出をして都内に行ったりすると、オシャレな喫茶店を探して入ったりするのが好きだ。
 だから、いつもかばんの中には必ず喫茶店で読みたい本をしのばせておくのを忘れないようにしている。
 今日も私は、都内へちょっとお出かけしたついでに、とある喫茶店に入ることにした。
その喫茶店は、お客はあまり入っていないけれど、過疎っているわけではなく、落ち着いた雰囲気の心惹かれる喫茶店だった。
看板には『gateau-ガトー-』という店名が書かれており、その店名もとても私好みだった。
 その喫茶店へ入ると、私は窓際の日の良く当たる席に座った。いつも、他のお店へ入る時も私は窓際の席を選んで座る。店の奥の方は大体常連さんの席になっていることが多く、一度しか来ないような私のような客はその席に座ってしまってはいけないような気になるのだ。
 一人掛けの席に座り、持ってきていたバックから読みかけの本を出し、バックを椅子の背もたれと背中の間に挟むと、お店のメニューを開き注文する商品を選ぶことにした。
 お店のメニューは、オシャレだけど、お客の事をよく考えているような見やすいデザインで、メニューの他に『マスターのオススメセット』という手書きのラミネートされた用紙もあり、私はそれにある「卵とハムのサンドイッチとドリンクのセット」を頼むことにした。
 注文をするために、呼び鈴を鳴らし店員さんを呼ぶ。店内にファミレスなどとはまた違う、チリリーンという綺麗なベルの音が響く。
 すると時間をおかずにしっかりとシャツを着こなしている、若い男性の店員さんがやってきた。
「ご注文はお決まりですか?」
 私はメニューを指さしながら、「マスターのオススメセット」を頼むことにした。
「この『卵とハムのサンドイッチとドリンクのセット』をお願いします」
「『マスターのオススメセット』、『卵とハムのサンドイッチとドリンクのセット』ですね、かしこまりました」
 落ち着いた静かな声が、注文を復唱する。そして、少し間を置き尋ねてきた。
「ドリンクはいかがなさいますか?」
私はそれに悩むことなく、メニューのドリンクメニュー欄を指さした。
「コーヒー、ミルクと砂糖を一つずつ付けてください」
「かしこまりました」
 店員さんはさっと一礼をすると、軽やかに去って行った。
 私は注文したものが届くまで、読みかけの小説の半ばに挟んでいた栞を外し、小説を読み進めることにした。
 小説を5ページほど読み進めたあたりで、店員さんが机の横に立つ気配がした。本に栞をはさみ、本を閉じて顔をあげた。
 先ほどの男性の店員さんがコーヒーを運んできてくれていて、それをそっと私の前に置いた。
「ありがとうございます」
 軽く頭だけで会釈をする。店員さんはすぐにいなくなるものと思っていたが、中々去ってくれなかった。不思議に思い、顔をそっと上げると、店員さんは私の顔をみつめていた。
「あの……?」
 なんだろう? 口を開こうとしたが、それより先に店員さんが口を開いた。
「就職活動は上手くいきましたか?」
「えっ……?」
 一瞬何の事だが分からなかった私だったが、店員さんは「覚えていませんか?」と、カフェエプロンのポケットから名刺入れを取り出し、その名刺入れから一枚の名刺を抜いて私に差し出した。
 そこには『中川 美咲』という私の名前が印刷されていた。
 その名刺を見て、私は思い出した。3年前、この喫茶店に私が来た事があったことを。


***


 3年前、私は大学4年生。就職活動まっただ中だった。そんな就職活動時期に会社への面接帰り、私はこの喫茶店『gateau』に訪れた。
 一次面接が思ったよりも上手くいかず、がっくりと肩を落としながら家へと帰ろうと、駅までの道を駆け足で歩いていると、落ち着いた雰囲気の喫茶店を見つけた。
 その時からコーヒーが好きだった私は、少しだけ気持ちを落ちつけようと、『gateau』へと足を向けた。
 お店に入ると、今回と同じように窓際の席に座り、その時も確か『マスターのオススメセット』を注文した。ドリンクは勿論、コーヒー。ミルクと砂糖1つずつ。
 注文を終えて、就活用の手帳で今週の予定を確認していると、机の隣に店員さんが立った気配がした。手帳をしまい、受け取る準備をしようと思っていると――
 ガシャンッ!
 店員さんの持っていたカップが机の上へと倒れた。どうやら、トレイをななめに持ちすぎていたようだ。
見る見るうちにテーブルに広がっていくコーヒー。それは、遂にはテーブルからこぼれ落ち、私のスーツにもたれてしまった。
「あっ、スーツが……」
 私が唖然としていると、店員さんが大慌てで謝罪をしてきた。
「し、失礼しました!!」
 そうして、呼び止める間もなくタオルを取りに行き、小走りで取ってきたタオルを私に渡してきた。
「あの、これ使って、急いでスーツ拭いてください! シミになる前に……」
 そうして自分は持ってきていたもう一枚のタオルで慌てた様子でテーブルの上を吹き、地面にこぼれたコーヒーも拭った。
 全てが終わったのを見届け、私が借りていたタオルを返すと、店員さんはとても申し訳なさそうに、タオルを受け取った。
「大変申し訳ありませんでした……。あの、汚れてしまったスーツのクリーニング代を出させていただきたいのですが……」
 と、までいってくれたのだが、そこまではさすがにこちらも申し訳ないのでお断りをした。
 すると「一応何かあった時は連絡をください」と、店員さんが名刺を差し出してきた。名刺を受け取り、自分だけもらっておくのもどうかと思ったので、就活用に作っていた名刺を私も渡すことにした。
 お互いに名刺交換をした後で、店員さんは「僕、最近このお店で働くようになったばかりなので失敗ばかりしていて……」と恥ずかしそうに言った。そんな素直な店員さんの様子に私もついおしゃべりの口が動いてしまった。
「私も、今就活生で……今日も面接失敗しちゃいました」
 なんて、こちらも恥ずかしそうに、笑い返した。そして、
「だから、なんかちょっと親近感感じちゃいました。あの、お互い大変だと思いますが、がんばりましょうよ」
 と、店員さんに笑いかけた。
「店員さん、とてもいい声してるからもっとリラックスして対応すればファンがきっと付きますよ」
 なんて、励ましてるのかよく分からないアドバイスまでして、店員さんをフォローした。
 私より少しだけ年上なはずの店員さんは本当に嬉しそうに笑って「ありがとうございます」と言ってくれた。
 その様子を、カウンターの向こうで初老のマスターのような男性がとくに怒った様子もなく、微笑みを浮かべ見つめていた。


***


「あぁ、店員さん、あの時のお兄さんだったのですね」
 3年ぶりに会った店員さんは、当時よりずっと落ち着いている雰囲気で、正直言われるまで声をかけられるまで気づかなかった。
「そうです。あー、言っても気づかれなかったらどうしようかと思いましたよ」
 そう言って、照れくさそうに笑う表情なんかは3年前のままで、少しだけ嬉しく感じる私がいた。
「貴女にもう一度会えたら、お礼を言いたくて」
店員さんは、私の顔を見つめたまま、真剣な顔で言った。
「貴女があの時、僕を励ましてくれたから、今の僕が居ると思っています。貴女のおかげで、失敗しても頑張ろうって思えるようになりました」
 私は、ぐっと息をのむ。なんだろう、すごく胸がドキドキしてきた。
「中川 美咲、さん」
「……はい」
「また、貴女に会えてよかったです」
 そう言って、彼はとても嬉しそうに笑った。
 ドキン、さっきよりずっと大きく胸が脈打つ感じがした。



 そうして私はそっと、3年前から使っている名刺入れを取り出した。その一番古いポケットに『折原 静』と書かれた名刺が入っていた。
「折原、さん」
「はい」
 はじめて口に出したその名前は、ポッと温かく私の中に染み込んでいき、何故か身体がぽかぽかしてくるような響きだった。
「あの」
 名前を呼んでから、なんて言うべきか戸惑ってしまった。
 この状況で仲を進展させようとするのは少し軽く思われるだろうか。
 そんな私の様子を見て、折原さんは少し微笑んだまま、声を掛けてくれた。
「中川さん、この後17時からとかお暇ですか?」
 店内のかけ時計の針は16時半を指している。
「僕、17時で上がりなのですけど、この後夕食とか、一緒にどうですか……?」
 えっ、と顔をあげ折原さんを見つめると、彼は少し恥ずかしそうに目線を下に向けていた。そして、目線を下に向けたまま続ける。
「もちろん、中川さんが嫌じゃなければ……なんですけど」
 そんな折原さんのお誘いを、私が断る理由などなく、私はただうなずくことしかできなかった。
 そんな私たちの様子を、カウンターの向こうで今日もマスターが見守っていた。


 折原さんが持ってきてくれた少し冷めたコーヒーに口をつけながら、時計の針が17時を指すまで、私は読みかけの本を読むことにした。
 そのコーヒーはいつもよりずっと、甘い気がした。


-END-
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