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第1章 わたしの師匠になってください!

嵐の日に 2

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 街の中心部から外れたそこは、ところどころに家が点在するだけの田畑が広がるのどかな、悪く言えば閑散とした寂しい場所だった。
 どの家だよ、とイェンは立ち止まり辺りを見渡す。
 強風で砂埃が舞い見通しが悪い。
 誰かに尋ねたくても人影が見あたらないのだ。
 あきらめて一軒一軒あたってみるかと歩き出したところへ、遠くに鍬をかついで歩いている農夫を見かけた。
 逃してたまるかと、すかさず男の元へと駆けより肩をつかんで呼び止める。
「ツェツイっていう女の子が住んでいる家はどこだ?」
 いきなり呼び止め、人にものを尋ねる態度ではないとわかってはいるが、こっちも焦っている。
 思っていた以上に外は風が強い。
 確かに、こんな日に小さな女の子がひとりぼっちで家にいるのは心細いはず。
 ん? と農夫が振り返る。イェンの態度に気分を害した素振りも見せず、ああ、と笑みを崩してうなずく。
 いかにも人の良さそうな中年男だった。
「ツェツイーリアちゃんかい? だったら、あの家だよ」
「どこ!」
「あそこだよあそこ」
「見えねえよ!」
「だから、あそこの家」
 イェンは目をすがめる。砂塵に煙る向こう、農夫が指差した先に小さな家があった。
「あの子は本当に明るく優しいいい子でね。かわいそうに、早くに父親を事故で亡くしてしまってね。それでも笑顔ひとつたやさず」
 こんな寂しいところでたったひとりで。
「病気がちだった母親の手伝いをよくやっていたよ。その母親も気の毒なことに……」
 まだ、あんなに小さい子どもなのに。
「身を寄せる親戚もいないらしくて……」
「ありがとよ、おっさん」
 放っておけばいつまでも語っていそうな農夫の肩をぽんと叩き、イェンは教えてもらったツェツイの家へと走った。
「おい、いるか!」
 扉も叩かず開け放ち、家に飛び込む。
 返事はなく、しんとした室内にイェンの声が響くだけ。
 どうやら留守のようだ。さらに家の中に足を踏み入れ見渡す。
 お世辞にも広い家とはいえなかった。家財道具も必要最低限のものしか置かれていない、殺風景な部屋。
 狭い居間の中央に小さなテーブル。
 その上に学校の教材が開いたまま置いてあった。
 学校には行けなくても勉強は続けていたらしい。
 強風で窓がかたかたと音をたて、立て付けの悪い板戸がきいと軋む。
 春先とはいえ、日が落ちると空気は冷たく、暗い室内は底冷えした。
 誰に頼るわけでもなく。イェンは手をぐっと握りしめた。
 それにしても、あいつどこ行きやがった。
『俺、この間〝灯〟の裏庭で見かけたぞ』
『ぼんやり木の上を見てた』
 ふと、弟たちの言葉が脳裏をかすめ、イェンは身をひるがえし家を飛び出した。
 予想は的中した。初めてツェツイに声をかけられた〝灯〟の裏庭、桜の木の下で、ツェツイは背中を丸めて地面にうずくまっていた。
 怪我でもしたのかと血相をかえてイェンは走り寄り片膝をつく。
「おい! 大丈夫か?」
 小さな肩をつかんでこちらを振り向かせ、息を飲む。
 その目には涙が浮かんでいた。視線をツェツイの手元に移し、涙の理由を知る。
 ツェツイの小さな両手の中に、一羽のヒナが力なく横たわっていた。
 イェンは頭上の巣を見上げる。
 この強風で運悪く巣から落ちたのであろう。
「ずっとこうやって手で暖めているのに動かないの。まだこんなに暖かいのに……」
 動かないのは当たり前だ。手の中のヒナはすでに死んでいるのだから。
「この子を生き返らせてあげることはできないの?」
 声を震わせるツェツイに、イェンは無言で首を振る。
「お師匠様は魔道士でしょう! 生き返らせることなんて簡単にできるはずですよね!」
 声を上げた瞬間、うねるような風がツェツイの足元から渦を巻いて空へと昇っていく。
 イェンは身体を震わせた。ツェツイの身体から放たれた〝気〟に鳥肌がたったのだ。
「あたしに魔術が使えたら、この子をよみがえらせることが。お母さんだって生き返らせっ!」
 イェンは眉をひそめ、ぺちりとツェツイの頬を叩く。
 闇に捕らわれかけたツェツイの心を引き戻すように、両肩に手をかけ、かけた指に力を込める。
 肩に食い込んだ指の痛みに、ツェツイは口元をひき結ぶ。
「そんなこと考えちゃ……たとえ、もし出来たとしても、それは絶対にやってはいけないことなんだ。魔術を教えて欲しいって言ったのは、そんなことのためじゃないだろ?」
 厳しく言い聞かせるイェンの言葉に、我に返ったツェツイは唇を震わせる。
 大粒の涙をためたツェツイを胸に引き寄せ抱え込む。
 すっぽりとイェンの腕におさまったツェツイは肩を震わせた。
 最初は声を押し殺して泣いていたツェツイだが、とうとうこらえきれず声を振り絞り大声で泣いた。
 今までたまっていたものを一気に吐き出すように。
 泣きじゃくるツェツイの頭をイェンは優しくなでる。
 気が済むまで泣けばいい。
 泣いて少しでも気持ちが楽になれるのなら、いつまででもこの胸をかしてやる。
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