8 / 59
第1章 わたしの師匠になってください!
嵐の日に 3
しおりを挟む
どのくらいそうしていたのだろうか。
やがて落ち着きを取り戻したツェツイは、ゆっくりと顔を上げ涙に濡れた目でイェンを見上げる。
「ごめ……ごめんなさい……」
イェンはツェツイの頭をくしゃりとなで、目の縁にたまっていた涙を人差し指の背でそっと拭った。
「そいつの墓、作ってやろうぜ」
そいつと言って、イェンはツェツイの手の中のヒナに視線を落とす。
ツェツイは目を閉じ、ヒナのお腹のふわふわの毛にそっと頬を押しあてた。そして、手近にあった石と木の棒で桜の木の根元に穴を掘り、ヒナを土に埋める。
イェンは花壇に咲いている花を手折り、ツェツイの手に握らせた。
仰ぎ見るように顔を上げたツェツイの目から、ぽろりと涙がこぼれ落ちる。
花を添え手をあわせた後、ツェツイは木の上に視線を上げた。
親鳥が巣のわきの枝にとまって鳴いていた。
「ツェツイ、本当に魔道士になりたいと思っているのか?」
「なりたいです!」
ツェツイの真剣な答えに、しかし、イェンはまなじりを鋭く細める。
不意に様子の変わったイェンに、ツェツイは不安そうな表情を浮かべた。
「もし、母親の命を蘇らせたいという邪な思いを抱いているなら、俺はおまえを魔道士にさせるわけにはいかない。全力で阻止する」
ツェツイは慌てて違うと激しく頭を振る。
わかっている。魔術が使えたら、死んだ鳥のヒナをよみがえらせることも、そして母親の命も……と言ったツェツイの言葉が本心からではないことを。
「あるいは、もしかして、母親の病を魔術で治せたんじゃないか、だから、同じように病で苦しむ人たちを救えたら、と考えているなら、それはおまえの大きな思い違いだ。魔術はそこまで万能じゃない」
ツェツイはうつむく。どうやらこれは少なからずあたりのようだ。
ふっと笑って肩をすくめ、イェンはうつむくツェツイのあごに手をかけ、顔を上向かせた。
「おまえ、本当に〝灯〟に入る覚悟はあるのか? 誰もが憧れるほど、魔道士なんて実はあまりいいもんじゃねえんだぞ。と言っても、俺や俺の弟たちを見てもあまりぴんとこねえだろうがな」
ツェツイはこくりとうなずいた。
「魔道士になって誰かのために力を使いたい。人の役に立ちたいと言ったのは嘘じゃないです」
イェンは笑って左手を伸ばし、くしゃりとツェツイの頭をなでた。
その手首に〝灯〟の魔道士である証しの銀色の腕輪。それは、魔道士である以上、一生〝灯〟に拘束され続けるという意味でもある。
「行くぞ」
立ち上がったイェンはツェツイに向かって手を伸ばした。
目の前に出された大きなその手を見つめ、ツェツイはきょとんと小首をかしげる。
「修行だ」
ツェツイは大きく目を見開いた。
「修行? 魔術、教えてくれるのですか? ほんとうに?」
「そのつもりだったんだろ?」
「そうですけど……でも、こんなにすぐ弟子にしてくれるとは……お師匠様を口説き落とすのは長期戦になるかと思っていたから」
「何だよ。あきらめないとか言っておきながら、そのくせちっとも姿を見せなかったじゃねえか」
「それは、その……お仕事とかいろいろ忙しく……て」
と、言いかけたツェツイはえ? と顔を上げた。
「もしかしてお師匠様、あたしのこと気にかけてくれてたのですか?」
ツェツイの口元が嬉しそうにほころんだ。
イェンは肩をすくめただけであった。
「その仕事だが、辞めろ。〝灯〟に所属すれば、下っ端でもいくらかの給金は出る。さらに上の階級に進めば、当然、その給金も上がる。上級の魔道士ともなれば、まあ一生、生きていくには困ることはねえ。さらに上層部に登りつめれば」
「登りつめ、れば……?」
「はは、毎日忙しくて遊ぶ暇もなくなるな」
「でも、それは」
と、言いかけツェツイは口をつぐむ。それは〝灯〟の所属試験に合格すれば、の話だ。
「仕事の合間に魔術を会得しようなんて、そんな生やさしいもんじゃねえよ」
魔術を扱える素質を秘めていたとしても、成果を表せなければ意味がない。
「生半可な気持ちと覚悟でいるなら、後悔することになる。言っておくが、おまえが子どもだからといって俺は甘やかすつもりはない」
「望むところです!」
「才能がないとわかれば、そこでやめだ」
「あたし、がんばります!」
「だけど、だらだらやっても意味がねえ。期限をつけようぜ」
期限? とツェツイは繰り返す。
「一ヶ月だ。その間に結果がでなければ。あきらめな」
ツェツイはごくりと唾を飲み込んだ。
素質がないとわかれば、あきらめなければならない。
だが、その時には仕事も失っている。生半可な気持ちと覚悟でいるなら、後悔することになる。つまり、そういうことだ。
「それでも本気で魔道士になりたいと思うなら、この手をとれ」
ツェツイは大きくうなずいて、差し出されたイェンの手に手を伸ばした。
やがて落ち着きを取り戻したツェツイは、ゆっくりと顔を上げ涙に濡れた目でイェンを見上げる。
「ごめ……ごめんなさい……」
イェンはツェツイの頭をくしゃりとなで、目の縁にたまっていた涙を人差し指の背でそっと拭った。
「そいつの墓、作ってやろうぜ」
そいつと言って、イェンはツェツイの手の中のヒナに視線を落とす。
ツェツイは目を閉じ、ヒナのお腹のふわふわの毛にそっと頬を押しあてた。そして、手近にあった石と木の棒で桜の木の根元に穴を掘り、ヒナを土に埋める。
イェンは花壇に咲いている花を手折り、ツェツイの手に握らせた。
仰ぎ見るように顔を上げたツェツイの目から、ぽろりと涙がこぼれ落ちる。
花を添え手をあわせた後、ツェツイは木の上に視線を上げた。
親鳥が巣のわきの枝にとまって鳴いていた。
「ツェツイ、本当に魔道士になりたいと思っているのか?」
「なりたいです!」
ツェツイの真剣な答えに、しかし、イェンはまなじりを鋭く細める。
不意に様子の変わったイェンに、ツェツイは不安そうな表情を浮かべた。
「もし、母親の命を蘇らせたいという邪な思いを抱いているなら、俺はおまえを魔道士にさせるわけにはいかない。全力で阻止する」
ツェツイは慌てて違うと激しく頭を振る。
わかっている。魔術が使えたら、死んだ鳥のヒナをよみがえらせることも、そして母親の命も……と言ったツェツイの言葉が本心からではないことを。
「あるいは、もしかして、母親の病を魔術で治せたんじゃないか、だから、同じように病で苦しむ人たちを救えたら、と考えているなら、それはおまえの大きな思い違いだ。魔術はそこまで万能じゃない」
ツェツイはうつむく。どうやらこれは少なからずあたりのようだ。
ふっと笑って肩をすくめ、イェンはうつむくツェツイのあごに手をかけ、顔を上向かせた。
「おまえ、本当に〝灯〟に入る覚悟はあるのか? 誰もが憧れるほど、魔道士なんて実はあまりいいもんじゃねえんだぞ。と言っても、俺や俺の弟たちを見てもあまりぴんとこねえだろうがな」
ツェツイはこくりとうなずいた。
「魔道士になって誰かのために力を使いたい。人の役に立ちたいと言ったのは嘘じゃないです」
イェンは笑って左手を伸ばし、くしゃりとツェツイの頭をなでた。
その手首に〝灯〟の魔道士である証しの銀色の腕輪。それは、魔道士である以上、一生〝灯〟に拘束され続けるという意味でもある。
「行くぞ」
立ち上がったイェンはツェツイに向かって手を伸ばした。
目の前に出された大きなその手を見つめ、ツェツイはきょとんと小首をかしげる。
「修行だ」
ツェツイは大きく目を見開いた。
「修行? 魔術、教えてくれるのですか? ほんとうに?」
「そのつもりだったんだろ?」
「そうですけど……でも、こんなにすぐ弟子にしてくれるとは……お師匠様を口説き落とすのは長期戦になるかと思っていたから」
「何だよ。あきらめないとか言っておきながら、そのくせちっとも姿を見せなかったじゃねえか」
「それは、その……お仕事とかいろいろ忙しく……て」
と、言いかけたツェツイはえ? と顔を上げた。
「もしかしてお師匠様、あたしのこと気にかけてくれてたのですか?」
ツェツイの口元が嬉しそうにほころんだ。
イェンは肩をすくめただけであった。
「その仕事だが、辞めろ。〝灯〟に所属すれば、下っ端でもいくらかの給金は出る。さらに上の階級に進めば、当然、その給金も上がる。上級の魔道士ともなれば、まあ一生、生きていくには困ることはねえ。さらに上層部に登りつめれば」
「登りつめ、れば……?」
「はは、毎日忙しくて遊ぶ暇もなくなるな」
「でも、それは」
と、言いかけツェツイは口をつぐむ。それは〝灯〟の所属試験に合格すれば、の話だ。
「仕事の合間に魔術を会得しようなんて、そんな生やさしいもんじゃねえよ」
魔術を扱える素質を秘めていたとしても、成果を表せなければ意味がない。
「生半可な気持ちと覚悟でいるなら、後悔することになる。言っておくが、おまえが子どもだからといって俺は甘やかすつもりはない」
「望むところです!」
「才能がないとわかれば、そこでやめだ」
「あたし、がんばります!」
「だけど、だらだらやっても意味がねえ。期限をつけようぜ」
期限? とツェツイは繰り返す。
「一ヶ月だ。その間に結果がでなければ。あきらめな」
ツェツイはごくりと唾を飲み込んだ。
素質がないとわかれば、あきらめなければならない。
だが、その時には仕事も失っている。生半可な気持ちと覚悟でいるなら、後悔することになる。つまり、そういうことだ。
「それでも本気で魔道士になりたいと思うなら、この手をとれ」
ツェツイは大きくうなずいて、差し出されたイェンの手に手を伸ばした。
10
あなたにおすすめの小説
未来スコープ ―この学園、裏ありすぎなんですけど!? ―
米田悠由
児童書・童話
「やばっ!これ、やっぱ未来見れるんだ!」
平凡な女子高生・白石藍が偶然手にした謎の道具「未来スコープ」。
それは、未来を“見る”だけでなく、“触れたものの行く末を映す”装置だった。
好奇心旺盛な藍は、未来スコープを通して、学園に潜む都市伝説や不可解な出来事の真相に迫っていく。
旧校舎の謎、転校生・蓮の正体、そして学園の奥深くに潜む秘密。
見えた未来が、藍たちの運命を大きく揺るがしていく。
未来スコープが映し出すのは、甘く切ないだけではない未来。
誰かを信じる気持ち、誰かを疑う勇気、そして真実を暴く覚悟。
藍は「信じるとはどういうことか」を問われていく。
この物語は、好奇心と正義感、友情と疑念の狭間で揺れながら、自分の軸を見つけていく少女の記録です。
感情の揺らぎと、未来への探究心が交錯するSFラブストーリー、シリーズ第3作。
読後、きっと「誰かを信じるとはどういうことか」を考えたくなる一冊です。
左左左右右左左 ~いらないモノ、売ります~
菱沼あゆ
児童書・童話
菜乃たちの通う中学校にはあるウワサがあった。
『しとしとと雨が降る十三日の金曜日。
旧校舎の地下にヒミツの購買部があらわれる』
大富豪で負けた菜乃は、ひとりで旧校舎の地下に下りるはめになるが――。
少年騎士
克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞参加作」ポーウィス王国という辺境の小国には、12歳になるとダンジョンか魔境で一定の強さになるまで自分を鍛えなければいけないと言う全国民に対する法律があった。周囲の小国群の中で生き残るため、小国を狙う大国から自国を守るために作られた法律、義務だった。領地持ち騎士家の嫡男ハリー・グリフィスも、その義務に従い1人王都にあるダンジョンに向かって村をでた。だが、両親祖父母の計らいで平民の幼馴染2人も一緒に12歳の義務に同行する事になった。将来救国の英雄となるハリーの物語が始まった。
今、この瞬間を走りゆく
佐々森りろ
児童書・童話
【第2回きずな児童書大賞 奨励賞】
皆様読んでくださり、応援、投票ありがとうございました!
小学校五年生の涼暮ミナは、父の知り合いの詩人・松風洋さんの住む東北に夏休みを利用して東京からやってきた。同い年の洋さんの孫のキカと、その友達ハヅキとアオイと仲良くなる。洋さんが初めて書いた物語を読ませてもらったミナは、みんなでその小説の通りに街を巡り、その中でそれぞれが抱いている見えない未来への不安や、過去の悲しみ、現実の自分と向き合っていく。
「時あかり、青嵐が吹いたら、一気に走り出せ」
合言葉を言いながら、もう使われていない古い鉄橋の上を走り抜ける覚悟を決めるが──
ひと夏の冒険ファンタジー
だからウサギは恋をした
東 里胡
児童書・童話
第2回きずな児童書大賞奨励賞受賞
鈴城学園中等部生徒会書記となった一年生の卯依(うい)は、元気印のツインテールが特徴の通称「うさぎちゃん」
入学式の日、生徒会長・相原 愁(あいはら しゅう)に恋をしてから毎日のように「好きです」とアタックしている彼女は「会長大好きうさぎちゃん」として全校生徒に認識されていた。
困惑し塩対応をする会長だったが、うさぎの悲しい過去を知る。
自分の過去と向き合うことになったうさぎを会長が後押ししてくれるが、こんがらがった恋模様が二人を遠ざけて――。
※これは純度100パーセントなラブコメであり、決してふざけてはおりません!(多分)
四尾がつむぐえにし、そこかしこ
月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。
憧れのキラキラ王子さまが転校する。
女子たちの嘆きはひとしお。
彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。
だからとてどうこうする勇気もない。
うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。
家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。
まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。
ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、
三つのお仕事を手伝うことになったユイ。
達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。
もしかしたら、もしかしちゃうかも?
そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。
結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。
いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、
はたしてユイは何を求め願うのか。
少女のちょっと不思議な冒険譚。
ここに開幕。
オバケの謎解きスタンプラリー
綾森れん
児童書・童話
第3回きずな児童書大賞 奨励賞をいただきました! ありがとうございます!
――七不思議を順番にめぐると、最後の不思議「大階段踊り場の鏡」に知らない自分の姿が映るんだって。
小学六年生の結菜(ユイナ)が通う三日月(みかづき)小学校では、そんな噂がささやかれていた。
結菜は難関中学に合格するため、塾の夏期講習に通って勉強に励んでいる。
だが一方で、自分の将来にひそかな期待と不安をいだいてもいた。
知らない自分を知りたい結菜は、家族が留守にする夏休みのある夜、幼なじみの夏希(ナツキ)とともに七不思議めぐりを決意する。
苦労して夜の学校に忍び込んだ二人だが、出会うのは個性豊かなオバケたちばかり。
いまいち不真面目な二宮金次郎のブロンズ像から、二人はスタンプラリーの台紙を渡され、ルールを説明される。
「七不思議の謎を解けばスタンプがもらえる。順番に六つスタンプを集めて大階段の鏡のところへ持って行くと、君の知らない君自身が映し出されるんだ」
結菜と夏希はオバケたちの謎を解いて、スタンプを集められるのか?
そして大階段の鏡は二人に何を教えてくれるのか?
思春期に足を踏み入れたばかりの少女が、心の奥底に秘めた想いに気付いてゆく物語です。
【完結】アシュリンと魔法の絵本
秋月一花
児童書・童話
田舎でくらしていたアシュリンは、家の掃除の手伝いをしている最中、なにかに呼ばれた気がして、使い魔の黒猫ノワールと一緒に地下へ向かう。
地下にはいろいろなものが置いてあり、アシュリンのもとにビュンっとなにかが飛んできた。
ぶつかることはなく、おそるおそる目を開けるとそこには本がぷかぷかと浮いていた。
「ほ、本がかってにうごいてるー!」
『ああ、やっと私のご主人さまにあえた! さぁあぁ、私とともに旅立とうではありませんか!』
と、アシュリンを旅に誘う。
どういうこと? とノワールに聞くと「説明するから、家族のもとにいこうか」と彼女をリビングにつれていった。
魔法の絵本を手に入れたアシュリンは、フォーサイス家の掟で旅立つことに。
アシュリンの夢と希望の冒険が、いま始まる!
※ほのぼの~ほんわかしたファンタジーです。
※この小説は7万字完結予定の中編です。
※表紙はあさぎ かな先生にいただいたファンアートです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる