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第1章 わたしの師匠になってください!
修行開始! 1
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そして、イェンの家にしばらくお世話になりながら、ツェツイの一ヶ月という期限つきの魔道士修行が始まった。
果たして、一ヶ月という期間が短いのか長いのかと問えば、誰もが間違いなく同じ反応を示すだろう。
たったそれだけの期間で魔術を習得しようとは、何をばかなことを言っているのだ。
無理に決まっているだろう、おまけに、師匠があの万年初級、落ちこぼれ無能魔道士じゃあ、望みの欠片もない……と。
たとえ、無理でも何でも、人から失笑をかおうと、成し遂げなければならない。
何より、仕事を辞めたツェツイには後がないのだ。
テーブルを挟んで向かい合うイェンとツェツイの二人。
ツェツイは緊張した面持ちで、イェンは足を組んで椅子にふんぞり返って座っている。
そんな二人の様子を、薄く開いた扉の隙間から、ノイとアルトが顔をのぞかせていた。
「まずはこの花を元気にさせてみろ。回復術の基本の基本、初歩の初歩。これができなきゃ、まあ、話にならねえな」
イェンはテーブルの中央に置いた一輪のすみれの花をあごで示す。水に挿すことなく、切り取って時間がたったすみれの花は、しんなりとして心なしか元気がない。
ツェツイはじっと花を見つめ、イェンに視線を移し、戸惑いに首を傾げる。
「あの、お手本とかはないのですか?」
やる気はじゅうぶんにある。
どんな辛い修行も必死でくらいついていく覚悟もある。
だがしかし、やれ、と言われてすぐにできるものではない。
「言ったろ? 俺、魔術使えないって」
偉そうに椅子にふんぞり返ったまま、はは、と笑ってイェンは肩をすくめる。
態度だけはでかいが、師匠がそれでは修行になるのかどうか、本当にあやしいものであった。
「兄ちゃん、そこいばるところか。それに態度でかいぞ。話にならないのは兄ちゃんだ」
「兄ちゃんが態度でかいのはいつものことじゃないか。今日に始まったことじゃないよ」
「だけど、いきなり術を使えっていっても」
「そりゃ、いくら何でも無理があるな……」
「だいいち兄ちゃん術使えないのに、どうやってツェツイに教えんだ?」
アルトがじれったそうに身体をもぞもぞと動かしている。
今にも俺が手本を見せてやる! と飛び出していきそうな様子だ。
けれど、イェンにもアリーセにも、絶対に修行の邪魔はするな、とかたく釘をさされているのだ。
飛び出して行きたくても、それができないでいる。
しかし、ノイがいや、と呟き。
「指先に小さな火を灯したのを見たことがあるって人は、いるらしいぞ」
最後に噂だけど、とつけ加える。
「そうなのか! 俺そんなこと初めて聞いたぞ」
だから、イェンは決して術を使えないわけではない。
使えないわけではない、らしいのだが……。
「だけど、まさに風前の灯火みたいだって……あんな小さな火じゃ、煙草の火だってつかないよって」
そんなことをささやきあい、双子たちは気の毒そうな目でツェツイを見る。
「それにしてもこの部屋ぴりぴりするな」
「それだけ、ツェツイが緊張してんだろ」
「なあ、ツェツイはどうして兄ちゃんを師匠に選んだのかなあ?」
問いかけるノイに、アルトはさあ、そんなの知らないよ、と首を傾げるだけ。
そして、部屋ではツェツイが眉間にしわを寄せ、真剣にすみれの花を凝視している。
うーん、と唸りながら花を見つめること数十分。
おもむろにツェツイは立ち上がって奥の台所に小走りで行き、コップに水をくんで戻ってきた。そして、そこにすみれの花を挿す。
「これで元気になるはずです!」
一瞬の沈黙。
「だ、だめですよね……」
「いや……まあ……」
何がいや、まあ……なのかわからないまま、ツェツイは日が暮れるまで、すみれの花と睨み合っていたが、結局、魔術の発動にはおよばなかった。
双子たちも扉の前で膝を抱えて座り、ツェツイの修行の様子をただ黙って見守っていた。
そうこうするうちに修行一日目は何の成果も出すことなく終わった。
そして、夕食の時間。
その日の食卓もアリーセの手料理がテーブルいっぱいに並べられた。
「ツェツイ、疲れただろ? いっぱい食えよな」
ノイがパプリカの肉詰めを上手に切り分けツェツイの皿に取り分ける。
皿の上に肉汁があふれ、ふわりと香草の香りがただよった。
「そうだぞ。魔術は意外にも体力勝負だからな」
アルトが香辛料で煮込んだワインをツェツイのカップにそそぐ。独特な香りだったが、飲むと身体がぽかぽかと温まった。
「ノイもアルトもありがとう。アリーセさん、本当にありがとうございます。こんなに可愛い服までいただいちゃって」
ツェツイは頬を紅潮させ、嬉しそうにスカートの裾をつまんで広げた。
淡いピンクのワンピースに、裾の部分にはレースがあしらわれている。
長い間手入れをしていなかった髪も、アリーセに整えてもらい、ずいぶんとさっぱりとした。
こうしてみると、なかなかの美少女だ。
見違えるように可愛らしくなったツェツイを見た双子たちの反応は、そろって目をまん丸くしてぽかんと口を開けていた。
「ツェツイ、か、かわいいぞ」
「なんだか、お姫様みたいだ」
「可愛いでしょう。やっぱり女の子はいいわね。ほんと、着せ替えのかいがあるよ」
ほんとに可愛いわー、とアリーセはツェツイを背後からぎゅっと抱きしめ、小さな頭に頬を寄せ、すりすりし始めた。
自分の見立てた服にご満悦のアリーセに、双子たちは即座に向き直る。
「母ちゃん、着せ替えしたかったのか?」
「それならそうと、早く言ってくれよな」
「なんなら母ちゃん、俺もそういう服、着てやってもいいぞ」
「あんたたち、ほんと?」
アリーセの目がきらりと光った。
「俺にも似合うと思うぞ。兄ちゃんも着てみたくないか?」
バカ言え、とイェンは口元をゆがめ、ぐいっと麦酒をあおる。
「そうか? 案外一番似合うと思うけどな」
「なんたって兄ちゃん、美人さんだからね」
「髪をおろして女の格好させたら、兄ちゃん間違いなく女で通るぞ。 それも、極上の美女だ。なあ、母ちゃんもそう思わないか?」
アリーセはひたすら麦酒を飲んでいるイェンを、目をすがめてじろりと見る。
「いやよ。こんな可愛げの欠片もない子なんて。側にいるだけでうっとうしい」
聞いているのかいないのか、イェンは無視だ。
ツェツイはくすりと笑った。けれど次の瞬間、ツェツイの目からぽろりと涙がこぼれ落ちる。
「あれ、あたし……」
「ツ、ツェツイ!」
「どうしたんだ!」
突然泣き出したツェツイを見て、双子たちはおろおろと慌て始める。
椅子から飛び降りた双子は、テーブルを回り込んでツェツイの元に駈け寄った。
「ち、違います。ごめんなさい……こんなに大勢で食事をするのは初めてで、楽しくて、嬉しくて。お母さんほとんど毎日お仕事で忙しくて、だからあたし、いつもひとりでご飯食べてて、でも、お母さん生活のためにがんばってるって知ってたから、だから……ごめんなさい、こんなこと言うつもりも、泣くつもりもなかったのに、ただ本当に嬉しかっただけなのに……」
ぽろぽろと涙をこぼすツェツイの頭をノイがなでなでする。そして、涙に濡れたツェツイの右頬にちゅっとキスをした。
「ツェツイ、泣いちゃだめだ。今は俺たちがいるだろ?」
「俺もツェツイを慰めてやる。寂しい思いはさせないぞ」
さらに、反対の頬にアルトが唇を寄せてキスをした。途端、ツェツイの頬がかっと真っ赤に染まる。
「ちょっと……あんたたち何してるの!」
「ツェツイを慰めてんだよ」
「あのね、それは慰めているんじゃなくて困らせてるの。二人ともツェツイから離れなさい」
「だってツェツイ、隣んちの子犬みたいでかわいい」
「ツェツイは子犬じゃないでしょ」
「母ちゃんだってさっき、ツェツイを抱きしめてぐりぐりしたじゃないか。子犬の頭をなでているみたいだったぞ」
「なあ、兄ちゃんもツェツイに何か言ってやれよ」
「弟子の悩みを取りのぞくのも、師匠の役目だぞ」
涙に濡れた目で、ツェツイは隣に座るイェンを見上げる。
「お師匠様……」
開きかけたツェツイの口に、イェンはフォークに刺した茹でたじゃがいもを放り込む。
「うまいか?」
ツェツイはこくんとうなずいた。
「冷めないうちに食え。食ったらまた続きをやるぞ」
口の中のじゃがいもをごくりと飲み込み、ツェツイはごしごしと袖口で涙を拭う。
「はい! お師匠様!」
「泣いてる暇なんて与えてやらねえからな。いいな」
テーブルに頬杖をつき、フォークを持つ手をゆらゆらさせながら、イェンはにっと笑う。
ツェツイはもう一度元気よくはい、と返事をして大きくうなずいた。
その顔には満面の笑みが広がった。
「兄ちゃん」
「さすがだ」
これで、魔道士としても有能なら言うことないんだけどな、と双子たちがそれぞれ心の中で思っていたことは内緒である。
そこでノイは、あ! と声を上げ、手をぽんと叩いた。
「これが兄ちゃんが言ってた、聞き分けのない女や、泣いてる女を黙らせるには口をふさげってやつだな。まさにこのことか!」
アルトは、おお! なるほど……と感心した目で兄イェンを見つめ、何度もうなずいている。
「あんたはこの子たちに何を教えてるんだい。バカ!」
アリーセは眉間を険しくさせ、側にあった台ふきんをイェンの顔めがけて投げつけた。
見事顔面に命中した台ふきんが、ぽとりとイェンの膝に落ちる。
「何すんだよ。いてえな!」
ツェツイはお腹を抱えて笑い出す。
「ツェツイが笑ってくれたぞ! だったらこれも食え」
ノイはフォークにブロッコリーを刺し、ツェツイの口元に持っていく。
「なら、俺も食べさせてやるぞ。さあ、これも食え!」
アルトもノイの真似をして、フォークに突き刺したにんじんをツェツイの前に突き出す。
「えっと……」
「あんたたち、そろそろいい加減になさい。でないと怒るよ」
アリーセは、双子たちの首根っこをむずりとつかんで強引に引きずり、それぞれの椅子に座らせた。
「ノイ、アルト、慰めてくれてありがとう。こんなに笑ったの久しぶり。あたし、もう大丈夫。すごく元気がでました」
そして、にこりと笑ってアリーセに視線を向ける。
「アリーセさん、ご飯おいしそう。いただきます!」
隣の席でおいしそうにご飯を食べるツェツイをちらりと一瞥し、イェンは口元にふっと笑みを刻んだ。
果たして、一ヶ月という期間が短いのか長いのかと問えば、誰もが間違いなく同じ反応を示すだろう。
たったそれだけの期間で魔術を習得しようとは、何をばかなことを言っているのだ。
無理に決まっているだろう、おまけに、師匠があの万年初級、落ちこぼれ無能魔道士じゃあ、望みの欠片もない……と。
たとえ、無理でも何でも、人から失笑をかおうと、成し遂げなければならない。
何より、仕事を辞めたツェツイには後がないのだ。
テーブルを挟んで向かい合うイェンとツェツイの二人。
ツェツイは緊張した面持ちで、イェンは足を組んで椅子にふんぞり返って座っている。
そんな二人の様子を、薄く開いた扉の隙間から、ノイとアルトが顔をのぞかせていた。
「まずはこの花を元気にさせてみろ。回復術の基本の基本、初歩の初歩。これができなきゃ、まあ、話にならねえな」
イェンはテーブルの中央に置いた一輪のすみれの花をあごで示す。水に挿すことなく、切り取って時間がたったすみれの花は、しんなりとして心なしか元気がない。
ツェツイはじっと花を見つめ、イェンに視線を移し、戸惑いに首を傾げる。
「あの、お手本とかはないのですか?」
やる気はじゅうぶんにある。
どんな辛い修行も必死でくらいついていく覚悟もある。
だがしかし、やれ、と言われてすぐにできるものではない。
「言ったろ? 俺、魔術使えないって」
偉そうに椅子にふんぞり返ったまま、はは、と笑ってイェンは肩をすくめる。
態度だけはでかいが、師匠がそれでは修行になるのかどうか、本当にあやしいものであった。
「兄ちゃん、そこいばるところか。それに態度でかいぞ。話にならないのは兄ちゃんだ」
「兄ちゃんが態度でかいのはいつものことじゃないか。今日に始まったことじゃないよ」
「だけど、いきなり術を使えっていっても」
「そりゃ、いくら何でも無理があるな……」
「だいいち兄ちゃん術使えないのに、どうやってツェツイに教えんだ?」
アルトがじれったそうに身体をもぞもぞと動かしている。
今にも俺が手本を見せてやる! と飛び出していきそうな様子だ。
けれど、イェンにもアリーセにも、絶対に修行の邪魔はするな、とかたく釘をさされているのだ。
飛び出して行きたくても、それができないでいる。
しかし、ノイがいや、と呟き。
「指先に小さな火を灯したのを見たことがあるって人は、いるらしいぞ」
最後に噂だけど、とつけ加える。
「そうなのか! 俺そんなこと初めて聞いたぞ」
だから、イェンは決して術を使えないわけではない。
使えないわけではない、らしいのだが……。
「だけど、まさに風前の灯火みたいだって……あんな小さな火じゃ、煙草の火だってつかないよって」
そんなことをささやきあい、双子たちは気の毒そうな目でツェツイを見る。
「それにしてもこの部屋ぴりぴりするな」
「それだけ、ツェツイが緊張してんだろ」
「なあ、ツェツイはどうして兄ちゃんを師匠に選んだのかなあ?」
問いかけるノイに、アルトはさあ、そんなの知らないよ、と首を傾げるだけ。
そして、部屋ではツェツイが眉間にしわを寄せ、真剣にすみれの花を凝視している。
うーん、と唸りながら花を見つめること数十分。
おもむろにツェツイは立ち上がって奥の台所に小走りで行き、コップに水をくんで戻ってきた。そして、そこにすみれの花を挿す。
「これで元気になるはずです!」
一瞬の沈黙。
「だ、だめですよね……」
「いや……まあ……」
何がいや、まあ……なのかわからないまま、ツェツイは日が暮れるまで、すみれの花と睨み合っていたが、結局、魔術の発動にはおよばなかった。
双子たちも扉の前で膝を抱えて座り、ツェツイの修行の様子をただ黙って見守っていた。
そうこうするうちに修行一日目は何の成果も出すことなく終わった。
そして、夕食の時間。
その日の食卓もアリーセの手料理がテーブルいっぱいに並べられた。
「ツェツイ、疲れただろ? いっぱい食えよな」
ノイがパプリカの肉詰めを上手に切り分けツェツイの皿に取り分ける。
皿の上に肉汁があふれ、ふわりと香草の香りがただよった。
「そうだぞ。魔術は意外にも体力勝負だからな」
アルトが香辛料で煮込んだワインをツェツイのカップにそそぐ。独特な香りだったが、飲むと身体がぽかぽかと温まった。
「ノイもアルトもありがとう。アリーセさん、本当にありがとうございます。こんなに可愛い服までいただいちゃって」
ツェツイは頬を紅潮させ、嬉しそうにスカートの裾をつまんで広げた。
淡いピンクのワンピースに、裾の部分にはレースがあしらわれている。
長い間手入れをしていなかった髪も、アリーセに整えてもらい、ずいぶんとさっぱりとした。
こうしてみると、なかなかの美少女だ。
見違えるように可愛らしくなったツェツイを見た双子たちの反応は、そろって目をまん丸くしてぽかんと口を開けていた。
「ツェツイ、か、かわいいぞ」
「なんだか、お姫様みたいだ」
「可愛いでしょう。やっぱり女の子はいいわね。ほんと、着せ替えのかいがあるよ」
ほんとに可愛いわー、とアリーセはツェツイを背後からぎゅっと抱きしめ、小さな頭に頬を寄せ、すりすりし始めた。
自分の見立てた服にご満悦のアリーセに、双子たちは即座に向き直る。
「母ちゃん、着せ替えしたかったのか?」
「それならそうと、早く言ってくれよな」
「なんなら母ちゃん、俺もそういう服、着てやってもいいぞ」
「あんたたち、ほんと?」
アリーセの目がきらりと光った。
「俺にも似合うと思うぞ。兄ちゃんも着てみたくないか?」
バカ言え、とイェンは口元をゆがめ、ぐいっと麦酒をあおる。
「そうか? 案外一番似合うと思うけどな」
「なんたって兄ちゃん、美人さんだからね」
「髪をおろして女の格好させたら、兄ちゃん間違いなく女で通るぞ。 それも、極上の美女だ。なあ、母ちゃんもそう思わないか?」
アリーセはひたすら麦酒を飲んでいるイェンを、目をすがめてじろりと見る。
「いやよ。こんな可愛げの欠片もない子なんて。側にいるだけでうっとうしい」
聞いているのかいないのか、イェンは無視だ。
ツェツイはくすりと笑った。けれど次の瞬間、ツェツイの目からぽろりと涙がこぼれ落ちる。
「あれ、あたし……」
「ツ、ツェツイ!」
「どうしたんだ!」
突然泣き出したツェツイを見て、双子たちはおろおろと慌て始める。
椅子から飛び降りた双子は、テーブルを回り込んでツェツイの元に駈け寄った。
「ち、違います。ごめんなさい……こんなに大勢で食事をするのは初めてで、楽しくて、嬉しくて。お母さんほとんど毎日お仕事で忙しくて、だからあたし、いつもひとりでご飯食べてて、でも、お母さん生活のためにがんばってるって知ってたから、だから……ごめんなさい、こんなこと言うつもりも、泣くつもりもなかったのに、ただ本当に嬉しかっただけなのに……」
ぽろぽろと涙をこぼすツェツイの頭をノイがなでなでする。そして、涙に濡れたツェツイの右頬にちゅっとキスをした。
「ツェツイ、泣いちゃだめだ。今は俺たちがいるだろ?」
「俺もツェツイを慰めてやる。寂しい思いはさせないぞ」
さらに、反対の頬にアルトが唇を寄せてキスをした。途端、ツェツイの頬がかっと真っ赤に染まる。
「ちょっと……あんたたち何してるの!」
「ツェツイを慰めてんだよ」
「あのね、それは慰めているんじゃなくて困らせてるの。二人ともツェツイから離れなさい」
「だってツェツイ、隣んちの子犬みたいでかわいい」
「ツェツイは子犬じゃないでしょ」
「母ちゃんだってさっき、ツェツイを抱きしめてぐりぐりしたじゃないか。子犬の頭をなでているみたいだったぞ」
「なあ、兄ちゃんもツェツイに何か言ってやれよ」
「弟子の悩みを取りのぞくのも、師匠の役目だぞ」
涙に濡れた目で、ツェツイは隣に座るイェンを見上げる。
「お師匠様……」
開きかけたツェツイの口に、イェンはフォークに刺した茹でたじゃがいもを放り込む。
「うまいか?」
ツェツイはこくんとうなずいた。
「冷めないうちに食え。食ったらまた続きをやるぞ」
口の中のじゃがいもをごくりと飲み込み、ツェツイはごしごしと袖口で涙を拭う。
「はい! お師匠様!」
「泣いてる暇なんて与えてやらねえからな。いいな」
テーブルに頬杖をつき、フォークを持つ手をゆらゆらさせながら、イェンはにっと笑う。
ツェツイはもう一度元気よくはい、と返事をして大きくうなずいた。
その顔には満面の笑みが広がった。
「兄ちゃん」
「さすがだ」
これで、魔道士としても有能なら言うことないんだけどな、と双子たちがそれぞれ心の中で思っていたことは内緒である。
そこでノイは、あ! と声を上げ、手をぽんと叩いた。
「これが兄ちゃんが言ってた、聞き分けのない女や、泣いてる女を黙らせるには口をふさげってやつだな。まさにこのことか!」
アルトは、おお! なるほど……と感心した目で兄イェンを見つめ、何度もうなずいている。
「あんたはこの子たちに何を教えてるんだい。バカ!」
アリーセは眉間を険しくさせ、側にあった台ふきんをイェンの顔めがけて投げつけた。
見事顔面に命中した台ふきんが、ぽとりとイェンの膝に落ちる。
「何すんだよ。いてえな!」
ツェツイはお腹を抱えて笑い出す。
「ツェツイが笑ってくれたぞ! だったらこれも食え」
ノイはフォークにブロッコリーを刺し、ツェツイの口元に持っていく。
「なら、俺も食べさせてやるぞ。さあ、これも食え!」
アルトもノイの真似をして、フォークに突き刺したにんじんをツェツイの前に突き出す。
「えっと……」
「あんたたち、そろそろいい加減になさい。でないと怒るよ」
アリーセは、双子たちの首根っこをむずりとつかんで強引に引きずり、それぞれの椅子に座らせた。
「ノイ、アルト、慰めてくれてありがとう。こんなに笑ったの久しぶり。あたし、もう大丈夫。すごく元気がでました」
そして、にこりと笑ってアリーセに視線を向ける。
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