この裏切りは、君を守るため

島崎 紗都子

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第6章 もう君を離さない

1 エスツェリアの黒い悪魔

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 反エスツェリア組織〝時の祈り〟のアジト前を、コンツェットが率いる数十名のエスツェリア軍特務部隊が取り囲んだ。
 彼らがこのアパートを根城としていることが諜報部の〝キャリー〟の情報で明らかになったのだ。
 組織のメンバーのリストも手に入れた。
 これも〝キャリー〟によってのものであった。
「いいのか? コンツェット」
 問いかけてきたのは、背後に控えるロイであった。
「何がだ」
「この中に……」
 コンツェットはロイのその先の言葉を手で遮る。
 ロイは一言、そうですか、と呟いただけであった。
 コンツェットの幼なじみが反エスツェリア組織〝時の祈り〟にいることは先日の大佐のパーティーで明白となった。もし、この中に彼女がいれば、コンツェットは自らの手で幼なじみを捕らえることになる。
 彼らが抵抗すれば、射殺しろとの命令も出ている。
 あるいは、彼女がここにはいないと知っていての態度か。だが、どのみち上層部の命礼には逆らえない。
 逆らえばコンツェットが罰せられる。
 コンツェットはゆっくりと右手をあげ、振りおろす。それを合図に、部隊全員が扉を蹴破りいっせいにアパートへと流れ込んでいく。
「な、なんだ!」
 よもや、エスツェリア軍が踏み込んでくると予想もしなかった組織の者は、あまりにも突然すぎる出来事に面を食らっていた。
 否、何が起きたのか、分からないという様子であった。
「全員、その場から動くな!」
 コンツェットの声に、みな、言葉通り自分のいる場所から一歩も動けないでいた。
 打ち合わせ通り、部隊の者が何組かに別れ、アパート内を捜索する。
「エスツェリア国に逆らう者として、おまえたち全員連行する」
 自分たちが敵軍に囲まれたことを知ると、彼らは絶望の色を顔に浮かべた。
 さらに、この場を指揮する人物が生粋のエティカリア人だと知り、彼らはいっせいに怒りと憎しみを敵の指揮官に放った。
「連れて行け」
 コンツェットの非情な言葉に、彼らは表情を引きつらせる。
 なぜ、このアジトがばれたのかという疑問が浮かんだのは、捕らえられてからのこと。今の彼らにはそんなことを考える余裕もなかった。
 敵の手に落ちてしまえば、待っているのは死。
 エスツェリア軍によって組織の者たちは連れて行かれ、外で待機していたトラックに乗せられた。
「待ってくれ。俺は、ここにいれば安全だと聞いて……あんたたちに逆らうつもりはこれっぽちもなかったんだ!」
「黙れ。話は本部で聞く」
「本当だ! 頼むから……」
「それ以上、口を開けば撃つ」
 コンツェットは抑揚のない声で、懇願などいっさい受けつけないというように無情にもはねつける。
「この裏切り者がよ!」
 一人の男が手にした銃をコンツェットに向けた。が、男が引き金をひくよりも早くコンツェットはその男の眉間を正確に撃ち抜いた。
 水をうったように、場内がしんと静まりかえる。
 組織の者は口を開けてこの様子を他人事のように眺めていた。けれど、それは一つ呼吸をするだけのほんのわずかな時間。
 次に訪れたのは、悲鳴と怒号。
 混沌とした空気が交錯する。
「ケリー!」
 そこへ、悲鳴をあげて若い女が駆けつけた。撃たれた男の恋人だろうか。大声で泣き叫び、息のない男の身体を必死になって揺さぶっている。
 涙に濡れた瞳の奥に、憎悪の光をたたえ、女はコンツェットを見上げる。
 コンツェットは感情のない冷ややかな目で女を見下ろした。
「この悪魔! 裏切り者! 売国奴! エスツェリア軍の薄汚い犬! 最低野郎っ!」
 ありったけの憎悪の罵声を並びたて、コンツェットに放つと、女は死んだ男の手から銃を取り握る。そして、震える手で銃口をコンツェットに向けた。
 コンツェットはふっと笑った。
 次の瞬間、女の身体が弾かれたように跳ねる。
 女の眉間に銃弾が穿たれた。男の身体の上に女が折り重なる。
 背後にいたロイの銃口から硝煙がたちのぼる。
 ロイはコンツェットの肩に手をかけた。
 たとえ、女といえども容赦なく撃ち殺すエスツェリア軍の非情さをまざまざと見せつけられ、組織の者はもはや、抗う気力さえ根こそぎ挫かれた。
 抵抗すれば間違いなく殺される。
 敵は自分たちを殺すことに躊躇いもみせない。
「ここにいる者は全員、捕らえました。ですが、報告にあった人数と一致しておりません」
 部下の報告に、コンツェットは頷く。
「アジトにいない者もいるのだろう。何人かこの場に残り仲間が戻って来ないか見張れ。外と中で少しでも怪しい素振りを見せる者がいたらかまわず捕らえろ」
 は! と靴の踵を鳴らし、部下は敬礼する。
 コンツェットは一度だけ内部を見渡し、きびすを返し、外へ出た。
 この場にファンローゼはいなかった。
 胸をなでおろすコンツェットの心中を誰も知るよしもない。
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