怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁

島崎 紗都子

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第1章 村祭りの夜のできごと

10 夏祭りの準備

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 翌日、夜明けとともに目覚めた雪子は、身支度を調え主屋へ向かった。
 実家にいる時はまだ眠っている時間だが、嫁ぎ先ではそうはいかないと思い朝早く起きたのだ。しかし、台所に行ってみると、使用人たちはすでに忙しく動き回っていた。
「おはようございます」
 使用人たちに挨拶をするが、皆ちらりとこちらに視線を向け、形ばかりに頭を下げるだけ。
 そこへ、昨夜の女性が膳を手にやって来た。
「雪子様、朝食でございます。こちらに置いておきますので召し上がってください」
 どうやら朝食は離れの間で、一人でとらなくてもよいのだとほっとした雪子だが、皆が働いている中で食事をとるという落ち着かなさに居心地の悪さを感じる。

 用意された食事を流し込むように胃におさめたと同時に、膳を片付けられる。忙しいのだから早く片付けたいと、思っていたのだろう。
 朝食を終え、これから何をするべきか思い悩む。
 何か手伝えることはないか訊ねようと思ったが、皆自分の仕事に忙しく、声をかける雰囲気ではない。
 使用人たちも、所在なく立ち尽くす雪子に声をかけることはおろか、目を向けようともしない。それどころか、話しかけないでという気を放っている。

 世津子の姿があれば訊ねることもできたが、ここにはいない。
 やむなく、いったん離れに戻ろうとしたところへ、再び先ほどの使用人が膳を手にやって来た。
「雪子様、申し訳ございませんがこのお膳を旦那様に運んでいただけますか。旦那様は朝のお勤めを終えた後、朝食はいつも自室で召し上がります」
「はい」
 ほっとした声が雪子の口からもれた。
 どんな頼まれ事も、今の雪子にはありがたい。
 膳を受け取り、雪子は迷路のような屋敷の廊下を歩いていく。

 隆史の元へ向かう途中の部屋の障子が開かれていることに気づき、雪子は覗き込む。
 仏間だろうか、黒塗りの仏壇の前で隆史が手を合わせ正座をしていた。
 使用人が言っていた朝のお勤めとは、仏間でお経を唱えることだった。
「あの、お食事をお持ちしたのですが」
「ああ、ありがとう。では、僕の部屋にお願いできますか」
「はい」

 雪子は部屋の長押にずらりと掛けられた遺影を見上げた。代々利蔵家の当主をつとめてきた者の写真と思われる。その中で、一番左端にかけられた写真の男性に目を止め、雪子は目を見開く。
 写真の男性は、隆史によく似ていた。
 そういえば、隆史は生まれてすぐ父親を亡くしたと聞いた。写真の男性が隆史の父であろうか。
「雪子さん、食事はすみましたか? もし、まだなら一緒にいかがです?」
「すみません。先ほどいただきました」
「そうですか。それは残念。では、よかったら僕の部屋で話をしませんか」
 雪子は嬉しそうに頷く。
 思えば結婚が決まって以来、隆史も忙しかったようで、ゆっくり話をする機会がなかった。

 膳を運び、雪子も隆史の側に腰をおろす。
「あの、仏間の一番左のお写真、隆史さんによく似ておられました。お父様ですか?」
「そうです。よく言われるのですが、そんなに父と僕は似ていますか? 自分ではよく分からないもので」
「ええ、とても似ております。あの、お父様はご病気かなにかでしょうか」
 立ち入ったことを聞いたかと思ったが、利蔵はとくに気にしたふうもなく語ってくれた。
「病気と聞かされましたが、実は僕も詳しいことは知らなくて。母に訊ねても、あまり父のことを語りたくないのか、いい顔をされないのです」
 苦笑いを浮かべながら、利蔵は机の引き出しから一枚の写真を取り出し見せてくれた。
「僕の父です」

 色褪せ古びた写真には、若い男の姿が写っていた。
 整った甘い顔立ちに、爽やかな笑顔を浮かべた男性。その男の写真と目の前に座る隆史を見比べ、雪子は目を丸くする。
「本当に、隆史さんにそっくりです」
 親子なのだから似ていて当然なのだが、写真の中の男性がそのまま目の前に現れたのかと思うほど、よく似ていた。
 雪子はその写真をまじまじと眺める。
 これだけの美男子なら、女性も放っておかないかもしれないわ。
 そんなことを考え、雪子は写真から視線をあげ夫となる人の顔をまじまじと見る。

 間近で見れば見るほど、隆史の顔立ちはきれいだと思った。
 顔の造作のバランスがよく、完璧ともいえる美貌。仕草も言葉使いも穏やかで、着物姿もさまになっている。
 写真の男性と同じく笑顔も素敵だ。
 言い寄る女性だって村にたくさんいたであろう。
 実際、隆史と一緒に町に出かけたときも、すれ違う女性たちの大半が頬を赤らめて振り返り、彼に熱い視線を送っていた。
 なのに、これといって取り柄もない自分をなぜ妻として選んだのか分からない。

 私と隆史さんとでは、ちっとも釣り合わないのに。
「そうそう、このあと夏祭りの打ち合わせで出かけるのですが、雪子さんも一緒にどうですか」
 雪子ははっとなり、考え事の底から浮かび上がる。
「私もですか?」
「もしよろしければですが」
「私などがお邪魔をしてもよいのでしょうか」
「もちろんです」
 雪子の顔に笑みが浮かぶ。
 どのみち、屋敷にいてもすることもなく、居心地の悪さを感じていた。
 何か手伝えることがあるなら嬉しいこと。
 何より気がまぎれる。それに、隆史と一緒にいれば気持ち的にも安心できるし、これを機に、村人たちと親しくなれたらいいと思った。

 村に知り合いなど一人もいない雪子にとって、頼れる存在は隆史しかいないのだから
「ぜひ、連れて行ってください!」
「よかった」
 と、隆史は屈託のない笑顔を浮かべた。
「村の人たちに是非、雪子さんを紹介したいと思っていたので」
「ありがとうございます。私も皆さんと親しくなりたいと思っていました」
「雪子さんなら大丈夫ですよ。すぐに皆と仲良くなれますよ」
「そうでしょうか……」
 思わず不安そうな声が雪子の口からもれる。

 ここへやって来た時、村の人たちの目はあきらかに、自分のことを歓迎している雰囲気はなかったことを思い出す。
「ここの者たちは、あまり村の外の人間と接触する機会がないから単純に人見知りをしているだけですよ。皆、本当は気の良い人たちばかりだから安心してください。それでも、もし何かあったら僕に相談するのですよ。雪子さんのことは僕が必ず守りますから」
「はい……ありがとうございます」
 嬉しくて涙がでそうになった。

 私、この人の元に嫁いでよかったんだわ。
 隆史さんに、精一杯尽くさなければ。
 屋敷にも早く慣れるように、頑張るわ。
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