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背負うべき宿命

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「そんなことは私にはできない!できるわけないじゃない!」

 レナは座り込み、頭を抱えながら横に振る。

「時間が無いのです。このままでは主様はアンデッドに、いえドラゴン・ゾンビの餌に成り下がってしまいます。主様をお助けするには他に手がありません。左目を犠牲にして命を繋ぐしかないのです」

 バンシーに詰め寄られ、レナは救いを求めて周囲を見渡すが、そこに居るのは自分よりも位が低い冒険者とゼロのアンデッドだけ。
 しかも、まがりなりにもゼロとの付き合いが一番長く、ゼロのことを一番よく理解しているのも自分だろうと思う。
 決断するのは自分しかいない。
 倒れているゼロに目を向ける。
 一刻の猶予もないことは明らかだが

「ゼロの目を抉るなんて、私には・・・」

レナは俯いて拒絶の言葉を言いかける。

(私がやらなければゼロが死ぬ?いえ、死よりも悲惨なことになる。皆のために戦ったゼロを見殺しにする?そんなことが私にできるの?)

 震える拳を握り締め、迷いを振り切ろうとする。
 そして決断し、顔を上げた。

「私がやるわ」

 ゼロを助けることができるならば自分がやらなければいけない。
 ゼロの光の半分を奪い、消えることのない傷跡を刻むのは自分でなければならないのだ。
 震える手でゼロの左目に刺さった木片を抜き捨て、腰のショートソードを抜いた。
 刃を手持ちの聖水で清めるべきだが、ゼロに対してそれはできない。
 代わりに毒消しと傷薬を刃に塗りつけてゼロの左目にあてがう。
 しかし、手の震えが収まらない。

「しっかりしなさい、レナ」

 自分自身に言い聞かせるが、どうしても刃を進めることができないのだ。
 見かねたレオンが口を開く。

「レナさん!俺が代わりにやります」

 しかし、レナは首を振る。
 他の者にさせるわけにはいかない。
 いや、自分以外の誰にもやらせはしない。
 両手で柄を握り締める。
 その時、ゼロの右目が僅かに開いた。

「・・大・夫・す。貴女にそ・な宿命を背負わせ・わけ・はいきま・・。自分のことは・・自分で・・」

 絶え絶えに話しながら袖口のナイフを取り出そうとするが、虚ろな意識の中でナイフを取り落としてしまう。

(私が背負う宿命・・)

 レナは今度こそ決心した。

「聞こえるゼロ?今から貴方の左目を潰して、毒に犯された皮膚を削ぎ落とすわよ。貴方に傷を刻む宿命を私が背負ってあげる」

 レナは再び刃をゼロの左目にあてがった。
 覚悟を決めたせいか不思議と手の震えは収まっている。

「・・すみま・ん」

 ゼロは薄く笑った。

「左目を開きなさい。まだ光を感じるならば私を見なさいゼロ」

 レナの声にゼロが左目の瞼を開く。
 毒に犯されて変色した瞳がレナを見る。

ズグッ!

 その目にレナは刃を突き立てた。

「グッ!・・・」

 ゼロは僅かに声を漏らし、そのまま意識を失った。
 レナはゼロの左目を抉り、顔面の毒に犯された箇所や左肩や右脚に突き刺さった礫を抜いてその周囲の皮膚を削ぎ落として焼き払った。
 その結果、ゼロは左目を失い、顔の左半分に酷い傷が残った。
 肩や脚も毒に犯されていたため、どのような後遺症が残るかは分からない。
 それどころかまだ命の危機すら脱していないのだ。

「終わったわ。でも直ぐに治療院に連れて行かないと」

 レナの言葉を聞いて全てを見守っていたバンシーが立ち上がり北の方角を見た。

「向こうも終わったようですね。ドラゴン・ゾンビを倒すには至らずとも足止めには成功したようです。彼等も狭間に帰ったようですね。私達も帰りましょう」

 バンシーはレナに向き直った。

「魔導師様、主様をお救いくださり感謝申し上げます。私達は狭間に帰りますので主様のことをお願いします」

 そう言い残し、カーテシーを見せるとスペクターやスケルトンと共に姿を消した。
 残されたレナ達は直ぐに行動に移った。
 この近辺で今のゼロの治療に対応できる治療院は風の都市にしかない。
 一刻も早く風の都市に戻る必要があるため、足の速いアイリアが先にいる王国軍の兵士の下に走って馬車を呼んできて、ゼロを乗せて搬送することにした。
 ゼロの搬送の途中で北に向かう聖騎士団と魔導部隊の集団とすれ違う。
 その数は合わせて優に100人を超える。
 それ程の聖騎士と魔導師をもって対処に当たるドラゴン・ゾンビにゼロは立ち向かい、見事に足止めに成功したのだ。
 しかし、そのゼロは今生死の境にいる。
 レナ達は風の都市へと急いだ。
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