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尋問

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「オーケイ」

 ヨールが言った。

 前方は静かだ。矢を射かけてきた三人は始末されたのだろう。
 その様子こそ見えなかったが、恐ろしいほどの手際だ。弱い敵ではなかったはずだ。先だっての戦闘を見る限り訓練された戦士のようだった。
 それほどにルシッドとヤムトが強いのだろう。
 ふと、ルシッドにケンカを吹っ掛けられた時のことを思い出した。
 フライドコカトリスパーティーの時の立ち合いでは全く本気ではなかったのだ。いや、本気でないことはもちろん分かっていたが、実力の半分も出していなかった事を今実感した。
 だからどうという事もないが、改めてどうしてオレなんかを勧誘したのかとは思う。

「ここにいるのはそれで全部だ」

 ヨールがそう続けた。

「殺してしまってないだろうな」

 賊の目的と人数を訊き出さなければいけないのだ。
 オレの問いかけには前衛の二人に代わってヨールが答えた。

「二人生きてるが、そのうちの一人はもうダメな感じっぽいな」

「生命感知の魔法はそこまで分かるのか」

「使う者の腕次第ってとこだな。生命反応にも色々な揺らぎっていうか波みたいなのがあって、それをどこまで感じ取れるかなんだ。
 オレのお師匠さんなんかは蟻の一匹一匹まで感じ取れるって言ってたぜ。それはそれでうるさそうだけどな」

 敵が侵入者に生命感知を使える術者がいることを想定していたかどうかは分からない。だが例え想定していたとしてもヨールの感知を掻い潜るすべがあるとは思えない。
 ヨールの探知と二人の戦士の戦闘力があれば怖いものなど何もないはずだ。
 だけどオレの胸中には理由の分からない不安が立ち昇ってきていた。

「行くよ」

 ヨールとレミックがさっさと進んだのでオレも慌てて追いかける。

 ルシッドとヤムトが横たわった人間のそばに立っている。

「二人残っているんじゃなかったのか?」

 オレが訊くと、

「あちらの方は声を発することもできなかったのでとどめを刺しておいた」

 何でもなさそうな様子でヤムトが答えた。
 他の面々もそのことについてはまったく興味がなさそうだ。
 このパーティにとっては敵の命を奪うことは虫を殺す程度のことでしかないらしい。
 魔物の命を奪うことにすらためらってしまうオレとは根本的な覚悟が違うようだ。
 ゴクリと唾を飲み込みオレは横たわった人物に目を落とす。脇腹が深く切られていた。とめどなく流れ出る血が地面に黒い水たまりを作っている。こっちも長くはないだろう。

生命感知センスライフを使ってるから今は真偽感知センスライは使えねえ。ルシッド頼むわ」

 ヨールが言った。

 嘘を見破る魔法は僧侶の十八番だが、ルシッドはもちろん僧侶ではない。そもそもルシッドは魔法を使えなさそうなんだが。

「分かった」

 頷いたルシッドは剣を抜くと敵の手のあたりに振り下ろした。
 続いて屈み込むと何かを拾い上げる。

「げ」

 思わず声が出た。
 ルシッドが指先で摘んでいるのは敵の小指だ。身に着けていたグローブごとであるからまだ生々しさはマシだが異様な光景であることに違いはない。それを敵の顔に向かって放り投げた。
 切られた瞬間には声を上げなかった敵も、自分の顔に落ちてきた物が何なのかを理解して「ひっ」と短い悲鳴をあげた。

「ここで何をしてるのか、仲間はあと何人残っているのかを答えろ。答えるまで一本ずつ落としていく」

 だめだ、とても見ていられない。
 拷問から目を逸らすのと、こんなとこで吐くのとでは後者の方がかっこ悪いので、オレは迷わず後ろを向いた。

「傷が深いから痛みじゃ効果ないってことか」

 ヨールがボソリと言った。
 痛みというのは、それよりも強い痛みがあると感じなくなると聞いたことがある。ルシッドは痛みではなく指が落とされていくという恐怖を用いるつもりなのだ。

 オレたち冒険者にとって荒事は必要不可欠だし、敵を脅すことが必要な場合もある。このパーティはこういう部分も含めて一流だということなのだろう。そしてやはりオレには付いていけそうにない。
 いや、付いていけそうにないだけじゃなく胸の奥がざわつく。
 ヒューマニストではないつもりだったし、そもそも向こうはこちらの命を奪うつもりで攻撃を仕掛けてきているのだから、自衛のための措置として尋問はなにも間違いじゃない。
 なのにひどく落ち着かない。どこかで味わった事のある違和感が胸の中を占めつつある。

 ──ああ、これはさっきの

 思い出した。
 なんの事はない。つい先ほどの、繁みからレミックに向かって矢が放たれた時に感じた気持ちの悪さと同じものだ。

「えっ、てことは!?」

 違和感の正体に気付いたと同時に、オレは剣を抜きつつルシッドたちに向かって駆け出した。
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