70 / 99
剣の切れ味
しおりを挟む
洞窟の入り口方向へ意識を集中するが、ゾンビたちは一向に現れない。
迷いが生まれる。ルシッドたちの加勢をするべきか。
隣を見ると、硬い表情のレミックがそれでも洞口の入り口に向かってワンドを構えていた。ルシッドたちのところで戦いたい気持ちを抑え込んで、後方を警戒しているのだ。
数体のゾンビを相手取って戦うなんてオレ一人では荷が重い。正直なところレミックがいてくれるのがありがたい。
「来るよな」
独り言が口から零れ落ちる。
それに応えたわけではないのだろうが、レミックが強く短い声で「来たわ」と言った。
エルフは耳が良いと聞いたことがある。たぶんオレにはまだ聞こえていない足音が聞こえたのだろう。
とか思っているうちに、オレの耳にもドタドタとした音が届けられた。
コントか何かで大げさに走りまわる演技をしているかのような音だ。
「なあ、愚か者の火ってもう一個出せないか?」
今さらながらに、戦闘を行うには明るさが乏しいことが不安になってきた。
先ほどまで一行を先導していた魔法の明かりは今、ルシッドたちの近くにある。レミックは夜目が効くといっていたので平気だろうが、オレの前方三メートルほど向こうはもう暗闇に呑み込まれている。
「はい」
レミックはすでに鬼火を用意していた。指先を振ってそれをオレの頭上に飛ばす。
ゆらゆらと揺れるオレンジ色の明かりがオレの周囲の闇を追い払った。
「ありがたい」
スポットライトに照らされているような形なので、普通ならば格好の的になるところだが、どのみちアンデッドは視力に頼ってターゲティングしてきているわけではないだろうう。
「火炎弓撃」
短い呪文の詠唱。同時に狙撃銃のように構えたレミックのワンドの先から炎の矢が放たれる。
炎の矢は暗闇を切り裂いて飛び、こちらに駆けてきていた敵に命中した。
炎が爆ぜ、敵が後ろに飛ぶ。
洞口の外にいた敵のように見えた。だが炎の矢に照らし出されたの首と左腕があらぬ方向にねじ曲がっていた。やはり生きている人間ではない。
「すごい威力だな」
「有効なのは今の距離だけよ。これ以上接近されたら魔弓撃系は使えないわ。ここからは魔撃系で戦うから、あなたは私の盾になりなさい」
人に盾になれと躊躇なく命令できるメンタリティはある意味尊敬できる、気もする。
もともと呪文を詠唱するレミックの盾役になるのがオレの役割だ。
洞窟の外でルシッドが倒した敵は七人いた。まだあと六人との近接戦闘が待っているのなら、オレが無事でいられるはずがない。
それでも泣き言をいってグダグダしているとかえって生存確率を下げてしまうことになるのも分かっている。
「ルシッドみたいな必殺技があればなあ」
愚痴りながらもオレはミスリルの刃を脇に構えつつ前に出た。
頭上の鬼火が照らし出した敵は二体。洞窟が狭いため三人以上は横並びになれないのだろうが残りもすぐ後ろに続いているだろう。
と、右側の敵を炎の矢が撃った。小さな爆発とともに敵が吹き飛び横の壁にぶつかって崩れ落ちた。
「今のでホントに終わり」
レミックがそう言った時には、オレは左側の敵に斬りかかっていた。
金属同士のぶつかる不快な音が鳴り響く。
オレの攻撃が敵の剣で受け止められたのだ。
「ゾンビのくせに器用な」
気を取り直して、二撃、三撃と打ち込むも全て受け止められる。というか弾き返される。
すごい力だ。こちらの打ち込み以上の威力で弾かれている。
そういえばアンデッドは理性がある人間に比べて、リミッターが働かない分力が強いと聞いたことがある。
「にしても、こんな風に剣を使えるなんてゾンビらしくないな」
四撃目はフェイントを入れた。
敵の正面に踏み込むと見せかけてクイックターンで側面に入り込む。と同時に太腿の外側を斬りつける。
深々とした手応えがあった。すぐさま抜き、傾いだ敵の首に向けて全ての体重を乗せて剣を振り下ろした。
バスケットボールが転がるかのようにごろりと敵の首が転がった。
自分でやっておいてなんだが、トラウマものの光景だ。心臓が動いていないからか血が噴き出さないのだけがまだ救いだ。
「もともと死んでる。もともと死んでる。もともと死んでる」
声に出して自分に言い聞かせる。
左側に剣を振るう。
次のゾンビが迫ってきているのは目の端で捉えていた。
切っ先が掠っただけの空振り。だがすぐにこの場を離れる。
別の一体がレミックの方へ向かっていたからだ。
「炎撃」
レミックのワンドから炎の塊が放たれた。
礫ほどのサイズだがそれを正面からもろ顔にくらった敵は体勢を崩してよろめいた。生きる死者に痛覚はないはずだが火に対しての反射は残っているのかもしれない。
そこに斜め後ろから背中に追いすがる形で斬りつけた。
ミスリルの刃は右肩から腰の中央あたりまでを易々と切り裂いた。敵の上半身の右側三分の一ほどがぶらんと下がり、その断面には切断された骨や筋が見えた。
「すごいわね」
レミックが言った。声が引き攣っているような気がする。
「いや、こんな残酷なことするつもりは……」
オレは口ごもった。
つもりのあるなし以前に、そもそもオレにこんなことをする技量はない。シルバーがくれた剣の切れ味が異常なのだ。
迷いが生まれる。ルシッドたちの加勢をするべきか。
隣を見ると、硬い表情のレミックがそれでも洞口の入り口に向かってワンドを構えていた。ルシッドたちのところで戦いたい気持ちを抑え込んで、後方を警戒しているのだ。
数体のゾンビを相手取って戦うなんてオレ一人では荷が重い。正直なところレミックがいてくれるのがありがたい。
「来るよな」
独り言が口から零れ落ちる。
それに応えたわけではないのだろうが、レミックが強く短い声で「来たわ」と言った。
エルフは耳が良いと聞いたことがある。たぶんオレにはまだ聞こえていない足音が聞こえたのだろう。
とか思っているうちに、オレの耳にもドタドタとした音が届けられた。
コントか何かで大げさに走りまわる演技をしているかのような音だ。
「なあ、愚か者の火ってもう一個出せないか?」
今さらながらに、戦闘を行うには明るさが乏しいことが不安になってきた。
先ほどまで一行を先導していた魔法の明かりは今、ルシッドたちの近くにある。レミックは夜目が効くといっていたので平気だろうが、オレの前方三メートルほど向こうはもう暗闇に呑み込まれている。
「はい」
レミックはすでに鬼火を用意していた。指先を振ってそれをオレの頭上に飛ばす。
ゆらゆらと揺れるオレンジ色の明かりがオレの周囲の闇を追い払った。
「ありがたい」
スポットライトに照らされているような形なので、普通ならば格好の的になるところだが、どのみちアンデッドは視力に頼ってターゲティングしてきているわけではないだろうう。
「火炎弓撃」
短い呪文の詠唱。同時に狙撃銃のように構えたレミックのワンドの先から炎の矢が放たれる。
炎の矢は暗闇を切り裂いて飛び、こちらに駆けてきていた敵に命中した。
炎が爆ぜ、敵が後ろに飛ぶ。
洞口の外にいた敵のように見えた。だが炎の矢に照らし出されたの首と左腕があらぬ方向にねじ曲がっていた。やはり生きている人間ではない。
「すごい威力だな」
「有効なのは今の距離だけよ。これ以上接近されたら魔弓撃系は使えないわ。ここからは魔撃系で戦うから、あなたは私の盾になりなさい」
人に盾になれと躊躇なく命令できるメンタリティはある意味尊敬できる、気もする。
もともと呪文を詠唱するレミックの盾役になるのがオレの役割だ。
洞窟の外でルシッドが倒した敵は七人いた。まだあと六人との近接戦闘が待っているのなら、オレが無事でいられるはずがない。
それでも泣き言をいってグダグダしているとかえって生存確率を下げてしまうことになるのも分かっている。
「ルシッドみたいな必殺技があればなあ」
愚痴りながらもオレはミスリルの刃を脇に構えつつ前に出た。
頭上の鬼火が照らし出した敵は二体。洞窟が狭いため三人以上は横並びになれないのだろうが残りもすぐ後ろに続いているだろう。
と、右側の敵を炎の矢が撃った。小さな爆発とともに敵が吹き飛び横の壁にぶつかって崩れ落ちた。
「今のでホントに終わり」
レミックがそう言った時には、オレは左側の敵に斬りかかっていた。
金属同士のぶつかる不快な音が鳴り響く。
オレの攻撃が敵の剣で受け止められたのだ。
「ゾンビのくせに器用な」
気を取り直して、二撃、三撃と打ち込むも全て受け止められる。というか弾き返される。
すごい力だ。こちらの打ち込み以上の威力で弾かれている。
そういえばアンデッドは理性がある人間に比べて、リミッターが働かない分力が強いと聞いたことがある。
「にしても、こんな風に剣を使えるなんてゾンビらしくないな」
四撃目はフェイントを入れた。
敵の正面に踏み込むと見せかけてクイックターンで側面に入り込む。と同時に太腿の外側を斬りつける。
深々とした手応えがあった。すぐさま抜き、傾いだ敵の首に向けて全ての体重を乗せて剣を振り下ろした。
バスケットボールが転がるかのようにごろりと敵の首が転がった。
自分でやっておいてなんだが、トラウマものの光景だ。心臓が動いていないからか血が噴き出さないのだけがまだ救いだ。
「もともと死んでる。もともと死んでる。もともと死んでる」
声に出して自分に言い聞かせる。
左側に剣を振るう。
次のゾンビが迫ってきているのは目の端で捉えていた。
切っ先が掠っただけの空振り。だがすぐにこの場を離れる。
別の一体がレミックの方へ向かっていたからだ。
「炎撃」
レミックのワンドから炎の塊が放たれた。
礫ほどのサイズだがそれを正面からもろ顔にくらった敵は体勢を崩してよろめいた。生きる死者に痛覚はないはずだが火に対しての反射は残っているのかもしれない。
そこに斜め後ろから背中に追いすがる形で斬りつけた。
ミスリルの刃は右肩から腰の中央あたりまでを易々と切り裂いた。敵の上半身の右側三分の一ほどがぶらんと下がり、その断面には切断された骨や筋が見えた。
「すごいわね」
レミックが言った。声が引き攣っているような気がする。
「いや、こんな残酷なことするつもりは……」
オレは口ごもった。
つもりのあるなし以前に、そもそもオレにこんなことをする技量はない。シルバーがくれた剣の切れ味が異常なのだ。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
56
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる