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ゾンビを投げる

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 振り返りざま、先ほどパスした敵に斬りかかる。
 ゾンビの反応速度が鈍いのか、それとも虚をつくことができたのかは分からないが、横なぎの剣戟けんげきは防御されずに胴を搔っ捌いた。

 腹の裂け目から内容物をぞろりと落としながらも、敵はこちらに踏み込んでくる。だが振るう剣は鈍い。軌道がぐらぐらだ。
 痛みは感じないだろうが、大きな損傷を受けて正常な挙動が行えないようだ。

 敵の剣を易々とかいくぐってもう一度横なぎの一撃を放つ。
 今度は完全に胴が上下に別れた。上半身がずり落ちると、さすがに下半身も立っていられないらしく、ともにもつれるように崩れ落ちた。

炎撃ファイアボルト!」

 さらに迫ってくる次の敵には、レミックの魔法の炎が浴びせかけられた。

「はっ!」

 衝突した炎が散じるのとほぼ同時にオレが唐竹割りの一撃を加えた。
 ふつうならばこんな大雑把な攻撃は行わない。頭部の骨は硬く、刃が弾かれる可能性が高いからだ。
 だがこのミスリルの剣ならばいける気がした。
 案の定、アニメのスーパーロボットが敵怪物にとどめを刺す時のように、ゾンビは左右真っ二つに切り裂かれた。

「すごいけど、流石にちょっと引く」

 レミックがボソッと言った。

「ルシッドとかヤムトとパーティー組んでるやつに引かれるのは心外なんだが」

 破壊力でいえば、ルシッドの光の斬撃を飛ばすやつとかヤムトの三連撃のほうがずっと上だ。それにこれはオレの実力ではなく、無闇矢鱈と切れ味が良いこの剣ならではの攻撃なのだ。
 むしろこの剣が勝手に斬りかかっている感触すらある。

「いや、あのママチャリ野郎のことだからそれもあり得るのか」

 思い返してみれば、遠くから不意に飛んできた矢を斬り捨てたのだってオレの実力ではないし、例え偶然だとしてもそれは神懸かった偶然である。
 自動追尾だとか自動照準みたいな能力が剣に付与されているとすれば、それも納得がいく。

「何をぶつぶついってるの。次がきてるわよ」

 さらに二体の敵がすぐ近くまできていた。

炎撃ファイアボルト!」

 レミックが右側の敵に向けて炎の弾を撃ちだした。
 それを横目に、左側の敵を迎え撃つために剣を上げたところで、オレは思わず声をあげた。

「避けただと!?」

 レミックの火炎魔法を、ゾンビは上体を前屈させて躱した。ボクシングのダッキングのような動きだ。
 あの至近距離で放たれた魔法攻撃を避けるなんて芸当、生きている人間でも難しい。とてもゾンビの動きには思えない。
 だが今は驚いている場合ではない。オレが剣で二体同時に相手しなければならないのだ。

「来やがれ」

 挑発の意思を込め、腕を下げて剣先を地面に向ける。
 二体同時に襲われれば無事ではいられないだろう。だが一体がレミックに向かってもオレには助けられない。
 囮になるような危ないことはしたくないが、レミックにもしものことがあった場合、ルシッドに殺される未来が確定する。
 運良くといおうか運悪くといおうか、両方のゾンビがオレをターゲットに定めたらしく、剣を振りかざして襲い掛かってきた。

右を斬れば左に、左を斬れば右に斬られることになるだろう。究極の選択ってやつだ。
 その時、オレの頭上を大きな黒い影が通り過ぎた。
 一瞬遅れてごうと風が唸り、オレの髪や服がはためいた。

「ヤムト」

 レミックが仲間の名を呼んだ。
 黒い影はヤムトだった。着地点は右側のゾンビ。
 ヤムトの飛び蹴りを受けてゾンビの頭部がぐしゃりと吹き飛んだ。

「ライダーキックみたいだな」

「なんだそれは」

 一体を蹴り飛ばしただけでなく、ヤムトはもう一体のゾンビの腕も捻り上げていた。
 その一体を無造作にオレのほうに向かって投げた。

「って、ちょっと待て」

 ゾンビを投げるとか意味が分からない。それでもオレは、下げていた切っ先を反射的に斬りあげた。
 飛んできたゾンビが逆袈裟の軌跡を描く刃で両断されオレの左右に落ちた。

「真っ二つにすればさすがのゾンビももう動かぬだろうが、少しやりすぎではないか?」

 ヤムトが眉根を寄せてそういった。

「ゾンビ投げるやつにいわれたかねえよ」
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