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猫とカブトムシ
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多くの場合、願いは叶わないものだ。転生前もそうだったし、こっちに来てからも痛感している。
それでも願わずにはいられない。これ以上敵が出てきませんようにと。
オレたちパーティは敵を求めて洞窟探索を行なっているのだから、この願いが叶う可能性はゼロに等しかったのだが。
「いたぞ」
ヤムトの嬉しそうな声が聞こえた時、オレの心の中に「叶えられた願いは叶わなかった別の誰かの願い」などという詩的なフレーズが浮かんでいた。
ところが次にヨールが口にしたモンスター名を耳にして、ポエミックな気持ちなど吹き飛んでしまった。
「あれはアンデッドナイトだな」
「アンデッドナイトだって!?」
知識としては知っている。
魔法で護られたダンジョンに出現することがある不死のガーディアンだ。
もちろんオレはそんなダンジョンに足を踏み入れたことなどないし、今後も踏み入れるつもりはない。だから不必要な知識だと思っていた。
酒の席で酔っ払ったモリが「これまでに遭遇したヤバすぎるモンスターベストスリー発表!!」などといって上げていたモンスターの一体だから、何となく覚えていたのだ。
だから詳しいことは知らない。ただゾンビとは格の違う強敵であることだけは間違いない。
「やはりいたか」
ルシッドが言った。
「予想してたんなら先に言ってくれれば、全力で前衛を固辞したんだが」
オレがそう言うとルシッドは不思議そうな顔をした。
「死霊魔術を操る識人がいるのだから、護衛としてアンデッドナイトがいるのは当然だろう?」
「オレにとっては当然じゃないんだよ」
ダンジョン探索に慣れた熟練の冒険者だけに通じる常識をオレに求められても困る。
「いずれにしてもアレを倒すためには、お前の力が必要だ」
「は? なにバカなことを言ってるんだ?」
そう言いながらもオレは、膨れ上がっていく不安感をどこか他人事のように眺めていた。
流石にそろそろ気付いていた。どうやらここ最近のオレはツイていない。たぶん厄年とか天中殺とか大殺界とかボイドタイムとかそういうヤツに入っている。
今のこれもきっとそういう流れの一環なのだ。
オレの胸中など気付くこともなくルシッドは続ける。
「アンデッドナイトを倒すには鎧を操っている精神体を攻撃するしかない。鎧に幾らダメージを与えても無意味だ」
「なるほど。でも何でオレなんだよ」
料理ならば少しぐらいは期待してもらってもいが、戦うことを期待されても困る。戦闘用のスキルも能力もないのだ。
ルシッドは少し苛立たし気に言う。
「精神体は通常の攻撃ではダメージは与えられない。魔法か魔法の武器、あるいはミスリル銀などの特殊な素材で出来た武器じゃないと効かないんだ」
「この剣か」
シルバーの爪から作られたこの剣は一般的にいうところのミスリルソードというやつになる。
「でもその精神体とやらは鎧で護られてるわけだろ? 幾らミスリルの剣でも鎧に弾き返されて終わりだぞ」
「だから継ぎ目や隙間を狙うのだ。できるだろう? 貴様の腕なら」
「できねえよ」
腕の立つ剣士ならそういう芸当もできるのかもしれないが、あいにくオレにそんな技量はない。
あ、だけどそれならもっと良い方法があるな。
「ルシッド、この剣貸してやるよ」
オレの大盤振る舞いの申し出に対し、ルシッドは首を横に振った。
「貴様の方が適任だ。ヤムトが隙を作るからそこを狙え」
「おい、お前だけ戦わないつもりか」
「オレは識人をやる」
この国において、貴人や識人は絶対的な存在だ。
中世ヨーロッパの貴族みたいな立場であると同時に、オレたち平民が逆立ちしたって太刀打ちできない強さを持っている。
強さについて例えるなら、貴人と平民とでは猫とカブトムシぐらいの差がある。
ルシッドが幾ら強くても、それはカブトムシの中で強いというだけで、ボテボテしたデブ猫やヨボヨボの老猫を相手にしても勝てることはまずない。
であるからして、たとえ酒の席であっても平民が大っぴらに貴人を批判するような事は絶対にしない。
ましてや、やるとかどうとかなどと口にするのは狂人の所業である。
そしてそれを実行しようというのならば結果は見に見えている。巻き添えを喰らわないように先に縁を切っておきたいぐらいだ。
「よし、アンデッドナイトは任せとけ」
オレは胸を叩いた。
そこでようやく首を巡らせて、視界に入れないようにしていたアンデッドナイトへと目を向けた。
暗闇の中、レミックの魔炎の所々に錆が浮いたいかつい板金鎧が、レミックの魔炎の灯りを受けて立っていた。
面頬の奥で目の形をした赤い光が怪しく揺らめく。
凶暴さも殺気も感じさせない佇まいだが、それがかえって悪魔的で幽霊的でホラー的だ。
アンデッドナイトの後ろには大きな両開きの扉があった。グネグネとした意匠の金装飾が施されており場違いなこと甚だしい。天然の横穴にわざわざ扉を嵌め込んであるようだ。
識人よりマシとはいえアンデッドとの戦闘もやはり嫌すぎる。
すぐにでも逃げ出したいのだが、ヤムトが嬉しそうに「行くぞ」と声をかけてきたので、オレは仕方なく頷いだ。
それでも願わずにはいられない。これ以上敵が出てきませんようにと。
オレたちパーティは敵を求めて洞窟探索を行なっているのだから、この願いが叶う可能性はゼロに等しかったのだが。
「いたぞ」
ヤムトの嬉しそうな声が聞こえた時、オレの心の中に「叶えられた願いは叶わなかった別の誰かの願い」などという詩的なフレーズが浮かんでいた。
ところが次にヨールが口にしたモンスター名を耳にして、ポエミックな気持ちなど吹き飛んでしまった。
「あれはアンデッドナイトだな」
「アンデッドナイトだって!?」
知識としては知っている。
魔法で護られたダンジョンに出現することがある不死のガーディアンだ。
もちろんオレはそんなダンジョンに足を踏み入れたことなどないし、今後も踏み入れるつもりはない。だから不必要な知識だと思っていた。
酒の席で酔っ払ったモリが「これまでに遭遇したヤバすぎるモンスターベストスリー発表!!」などといって上げていたモンスターの一体だから、何となく覚えていたのだ。
だから詳しいことは知らない。ただゾンビとは格の違う強敵であることだけは間違いない。
「やはりいたか」
ルシッドが言った。
「予想してたんなら先に言ってくれれば、全力で前衛を固辞したんだが」
オレがそう言うとルシッドは不思議そうな顔をした。
「死霊魔術を操る識人がいるのだから、護衛としてアンデッドナイトがいるのは当然だろう?」
「オレにとっては当然じゃないんだよ」
ダンジョン探索に慣れた熟練の冒険者だけに通じる常識をオレに求められても困る。
「いずれにしてもアレを倒すためには、お前の力が必要だ」
「は? なにバカなことを言ってるんだ?」
そう言いながらもオレは、膨れ上がっていく不安感をどこか他人事のように眺めていた。
流石にそろそろ気付いていた。どうやらここ最近のオレはツイていない。たぶん厄年とか天中殺とか大殺界とかボイドタイムとかそういうヤツに入っている。
今のこれもきっとそういう流れの一環なのだ。
オレの胸中など気付くこともなくルシッドは続ける。
「アンデッドナイトを倒すには鎧を操っている精神体を攻撃するしかない。鎧に幾らダメージを与えても無意味だ」
「なるほど。でも何でオレなんだよ」
料理ならば少しぐらいは期待してもらってもいが、戦うことを期待されても困る。戦闘用のスキルも能力もないのだ。
ルシッドは少し苛立たし気に言う。
「精神体は通常の攻撃ではダメージは与えられない。魔法か魔法の武器、あるいはミスリル銀などの特殊な素材で出来た武器じゃないと効かないんだ」
「この剣か」
シルバーの爪から作られたこの剣は一般的にいうところのミスリルソードというやつになる。
「でもその精神体とやらは鎧で護られてるわけだろ? 幾らミスリルの剣でも鎧に弾き返されて終わりだぞ」
「だから継ぎ目や隙間を狙うのだ。できるだろう? 貴様の腕なら」
「できねえよ」
腕の立つ剣士ならそういう芸当もできるのかもしれないが、あいにくオレにそんな技量はない。
あ、だけどそれならもっと良い方法があるな。
「ルシッド、この剣貸してやるよ」
オレの大盤振る舞いの申し出に対し、ルシッドは首を横に振った。
「貴様の方が適任だ。ヤムトが隙を作るからそこを狙え」
「おい、お前だけ戦わないつもりか」
「オレは識人をやる」
この国において、貴人や識人は絶対的な存在だ。
中世ヨーロッパの貴族みたいな立場であると同時に、オレたち平民が逆立ちしたって太刀打ちできない強さを持っている。
強さについて例えるなら、貴人と平民とでは猫とカブトムシぐらいの差がある。
ルシッドが幾ら強くても、それはカブトムシの中で強いというだけで、ボテボテしたデブ猫やヨボヨボの老猫を相手にしても勝てることはまずない。
であるからして、たとえ酒の席であっても平民が大っぴらに貴人を批判するような事は絶対にしない。
ましてや、やるとかどうとかなどと口にするのは狂人の所業である。
そしてそれを実行しようというのならば結果は見に見えている。巻き添えを喰らわないように先に縁を切っておきたいぐらいだ。
「よし、アンデッドナイトは任せとけ」
オレは胸を叩いた。
そこでようやく首を巡らせて、視界に入れないようにしていたアンデッドナイトへと目を向けた。
暗闇の中、レミックの魔炎の所々に錆が浮いたいかつい板金鎧が、レミックの魔炎の灯りを受けて立っていた。
面頬の奥で目の形をした赤い光が怪しく揺らめく。
凶暴さも殺気も感じさせない佇まいだが、それがかえって悪魔的で幽霊的でホラー的だ。
アンデッドナイトの後ろには大きな両開きの扉があった。グネグネとした意匠の金装飾が施されており場違いなこと甚だしい。天然の横穴にわざわざ扉を嵌め込んであるようだ。
識人よりマシとはいえアンデッドとの戦闘もやはり嫌すぎる。
すぐにでも逃げ出したいのだが、ヤムトが嬉しそうに「行くぞ」と声をかけてきたので、オレは仕方なく頷いだ。
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