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しおりを挟むさつきを好きだと言って一緒に居てくれるユタの存在は、今も、自分が存在するのに必要な心の大部分を締めている。
「今はあの時よりも……ユタさんは俺にとって、大切で、かけがえのないひとです」
「恋人として?」
こくりと頷いたさつきに、ユタは微笑む。
「俺たちすごく相性がいいよね。特に、身体は。さつきとセックスするとすごく気持ちいいし、幸せな気持ちになれる。さつきはどう?」
「あ……俺、は……ユタさんとしたのが初めてで……いつも、気持ちよくしてもらってて……」
「俺とするの好き?」
さつきは顔を赤くして再び頷いた。
「ここに来る、と思うだけで期待して勃起してた位だもんね。セックスが無かったら、さつきを繋ぎ止められなかったかもしれないな。出会った頃、さつきと掲示板やメールでやり取りしていた時は、こんなに早くさつきと実際に会って恋人になれるとは思わなかった。さつきが大学に入って、成井田くんのことを相談された時はすごくショックで、焦って……。あの日、去年のクリスマスの日。さつきを見つけられて、本当に良かった」
ユタと初めて対面したのは、去年のクリスマスだった。
忘年会で、成井田に恋人が居ることを知り、酩酊する程酒を飲んで駅のホームで項垂れていたところをユタに話しかけられた。
あの時は、よく見つけてもらえたと思う。
自分でも驚くほど自暴自棄になっていて、ユタに会えなかったらどうなっていたかわからない。まさか、その日のうちにユタと体を繋げ、この様な関係になるとは思いもしなかったが、出会えていなかったら、その日一人で帰宅できたかもあやしい。
「あ……俺も、ユタさんに会えて、すごく嬉しい、です」
「……うん。嘘じゃないね」
ユタの探るような視線に瞳の奥を覗かれて、さつきはどくりと、鼓動を大きく揺らした。
ユタに出会えて嬉しい気持ちは、本当の感覚だ。
しかし、さつきが泥酔したのは失恋をしたせいで、その相手はユタではない。そしてその相手は、今は自分への好意を仄めかしている。しかも、断っても諦めきれないと言って、さつきの心を揺さぶる。
ユタに会いながらこんな気持ちを抱えているのは、ユタへの裏切り行為だ。
俯くさつきの耳元に唇を寄せたユタは「なかなか忘れさせてあげられなくて、ごめんね」と囁き、さつきを抱き締めた。
「俺の力不足だね。コウちゃんの体は俺のこと気に入ってくれてるけど、心は……難しいな」
ユタとの関係を大切にしたいと思うのに、自分の移り気のせいでユタを傷付けている。
力無くさつきの肩に顔を埋めるユタに、さつきは申し訳ない気持ちでユタの背中に腕を回した。
「ごめんなさい……。ユタさんに、悪いところは一つもありません、お、俺が……ユタさんと一緒にいたいのに、いつまでもこんな、気持ちでいるから……」
ユタは顔を上げて緩く首を振り、さつきの唇を親指で撫でる。
「コウちゃんが自分でどうにも出来ないのは、解ってるから。でも、俺と居る時に、コウちゃんの心に別の人が映ってるのを感じると、俺も結構こたえるんだ」
瞳を覗き込むユタの目を直視出来ず、さつきは目を伏せた。
もし逆の立場だったら。ユタが自分とは別の人を好きだと知ったら、立ち直れない程ショックを受けるだろう。
移り気は人を傷付ける。
「……ごめんなさい。どうしたら、いいのか……解らなくて」
自分は酷い人間だ。
こんなに自分を大切にしてくれる、唯一の人を傷つけ続けている。ちゃんと愛し返すことが出来ない。自分が何を考えているのか、どうしたいのかわからない。
俯いたままのさつきの頬を撫でながら、ユタが声色を変えて聞いた。
「コウちゃんは、自分の心を知りたい?」
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